王様の猫2 ~キミは運命の番~ 《獣人オメガバース》

夜明けのワルツ

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第1章

過去の記録

「王宮書庫にて見つけたものでございます。異世界転生者について、この国のみならず、国外の事例をもまとめたものになります」

ソファのアランの対面に座すと、老医師が差し出したのは深緑色の皮の装丁がなされた古書だった。表紙には細かい傷があり、角が少し丸みを帯びている。
それを凝視したまま受け取ろうとしない王にため息を噛み殺し、老医師は古書をローテーブルの上に置いた。すかさずテーブルに飛び乗った子猫がしきりに匂いを嗅いでいる。

「ご自身でお読みになられますか?」
「いや…朝議まであまり時間がない。わかったところまで説明してくれ。この書のどのあたりまで目を通した?」
「ざっと一通りは…。事例数としましてはそう多くはありませんでしたので」
「では頼む」

頷き、老医師は静かに語りだした。

「過去に発見された異世界転生者が、どこにあらわれどうすごしたか。そしてどのようにして亡くなっていったのかは、のちほどご自身でお確かめください。この書に目を通した上での見解をのべさせていただきますと、ツガイ様の前世は獣人、もしくは《ニンゲン》であると考えられます。獣人相手に人見知りせず、室内での生活様式に慣れておられますし……言葉の理解も幼獣のレベルを大きく逸脱しておられますし」

それまで古書をにらむように見ていたアランが、聞きなれない単語に怪訝そうな顔を向けた。

「獣人はともかく《ニンゲン》、とはなんだ?」
「はい。ニンゲンとは、こことは違う世界に生息する生き物で、獣人によく似た姿形をしておりますが、けものとしてのさが、つまり野生の本能や習性を持たないものたちです。本来われわれは幼獣から成獣になると、本能により誰に教えられずとも自然と人化するようになるのですが、元ニンゲンである場合は自然な人化はありえません。生まれたときから人型をなしているため、人化するという感覚がわからないようです。また、獣としての本能より理性が勝るため、本人の強い意思が働かないかぎりずっと獣型のまま過ごされていきます」
「本人の強い意思…」

はい、と老医師が頷いた。ためらいがちに続ける。

「そして本能が働かないため…人化しないかぎり獣人をツガイと認識しないようです」
「…どういうことだ?」
「ずっと獣型のままですと、そのうち思考レベルが落ちていき…完全な獣となるようです。同じ種の異性にしか発情せず、オメガであってもオスは子を腹に宿すことはありません。ただの獣にアルファは存在しませんので。普通のオスとしてメスを孕ませることは可能なようですが」
「つまり…、このままでは私を《ツガイ》と認識できないのか? たとえ運命の相手であっても」
「はい…。おそらくは」

アランはぐらりとめまいを感じて両手で顔をおおった。そばにやって来た子猫が気遣うように寄り添い、腕にひたいをこすり付ける。「ミ~」と鳴く声が「大丈夫?」と言っているかのようだ。
愛しさと切なさに胸が苦しくなって、すくい上げるようにして胸に抱き込み、目もとや鼻筋にくちづけた。「大丈夫だよ」とささやき、顔をあげる。そう、悲しんでいるばかりではなにも始まらない。
元獣人であれば問題はないわけだし、ニンゲンと決まったわけでもない。たとえそうだったとしても可能性が全くないわけではないのだ。

「……では、まずは成獣になるまでは様子見か」
「はい。元獣人の可能性もございますので」
「成獣になっても自然と人化しなければ、元ニンゲンということになり、この子に人化したいと思わせるのがツガイとなるための第一歩、なのだな?」
「さようでございます」
「古書の中の事例ではどのような働きかけがなされていたのだ?」
「それは……ここでは少しはばかりが」

アランの腕の中の子猫に目をやり、老医師がことばを濁す。ふむ。子猫がことばを理解しているのならば手の内は見せすぎない方がいいのだろう。
人型になったほうが利点がある、又は、好きなときに獣化すればよいと子猫に理解させなけば。それにはどうすればよいのか。 
目の前の古書を撫でた。──この中にきっとそれらの答えがある。だが、もう朝議の始まる時間だ。残念だが終わってから改めて目を通すとしよう。

アランは老医師を従え、子猫を抱いたまま朝議の間に赴いた。集まっていた重臣たちは皆一様に疲れた面持ちだったが、子猫の姿に気づくといくぶんシャキッとしたようだ。すました顔をしながらも耳や尻尾が好奇心にピクピクさせているものが何人も見受けられる。

定刻どおりに始まった朝議にて、アランは子猫を自らの運命のツガイであると明言し、見つけた状況とメダリオンがないことを説明した。
身元確認のため、国内の猫科獣人の幼獣で行方不明者がいるかどうか探すよう命じた。身元が確定するまではアランの名を刻んだメダリオンをつけさせることとし、昨夜のうちに指示しておいたメダリオンと首輪は夕刻に仕上がり予定との報告に頷く。
子猫の世話係については、ザラスから老医師の助手の黒ウサギ獣人を推薦された。

「ツガイはいるのか?」
「いえ。数年前に亡くしてからは独り身ですが、それ以来発情しなくなったようです…」

部屋の後方で控える老医師に、大丈夫なのか? と問うと老医師が口を開く前に、私が保証します、とガレウスが言った。
なぜ騎士団長であるガレウスが老医師の助手についてそんな発言をするのかわからず、アランは沈黙した。だが見返す相手の強い視線になにか事情があるのだと察し、とりあえず頷いた。あとで詳しく話すようにと目で伝えると、ガレウスは目礼で応じた。

子猫は朝議の間ずっとアランの腕の中でおとなしくしていた。
これから大事な話し合いがあるが、みなに紹介するために一緒に来てほしいと言うと「ミ~」と快諾した。不届きものにさらわれては大変だから、私の部屋以外では腕に抱かれままでいてほしいと言えばまた「ミ~」と了承の返事。言葉は通じずとも意思の疎通ははかれていることに、嬉しいような切ないようななにやら複雑な気持ちになった。

重臣たちからの諸々の伝達事項を聞き、指示をいくつかだして朝議は終了となった。
席を立ち、ガレウスに合図をすると朝議の間をあとにし私室へと戻った。ガレウスはアルファでツガイのいない身であるが、子猫にはまったく関心を向けなかった。だれか想う相手がいるのだろう。
朝議の途中で眠ってしまった子猫を寝室のベッドに寝かせると、居間にもどる。
私室の入り口横の壁際に直立のまま控えていたガレウスに「それで?」と続きを促した。

「助手とは知り合いか?」
「名前はフィリーと言います。彼の亡くなったツガイのラリーは騎士団に所属しておりました」
「そうか。…なぜそのラリーは死んだのだ」
「病気です。原因不明の熱病にかかり、あっという間の出来事でした」
「だからフィリーは医師の助手になったのか…」

はい、と答えるガレウスは完全な無表情だったが、必要以上に感情を殺しているようだった。
老医師の助手を脳裏に思い浮かべる。たしか黒ウサギだったか、肩までの黒髪の華奢な青年だ。少年といってもいいほどはかなげな雰囲気に、黒いピンとのびた長い耳…。亡くなったものに操をたてるさまはさぞかしいじらしく、保護欲をさそうことだろう。
アランはガレウスの顔をまじまじと見つめた。…ははぁ、なるほど。

アランの心の動きを察し、ガレウスの熊耳がピクリと動いた。この男にしては珍しくムッとしたらしい。

「彼はだれともツガウ気がなく、医療のみちを志し、老医師の助手として静かに生きていきたいと望んでおります。亡くなった部下のためにもその望みを叶えたやりたいのです」

ですが、と続けた。

「フィリーが城に来るようになってから、彼に言い寄り不埒な真似をするものが増えてきたようで…。騎士団員には仲間のツガイだったものを守る意識がありますが、今回の通達により城内の団員の数が減ります。私も城内に足を踏み入れる数は減るでしょう。だから心配なのです。フィリーは穏やかでよく気のつく誠実な若者です。医術の心得もあります。王医どのについて勉強に励みたい彼にとっても、王の私室内ほど安全な場所はありませんので」

彼をかくまってやってほしいと頼まれ、アランは応じた。ままならぬ恋に苦しむガレウスに共感し同情したからだ。

一応子猫と引き合わせ、反応を見てから正式に通達を出すと念を押すと、ガレウスは深々と一礼をして退出していった。

それから数分後に黒ウサギのフィリーが老医師に連れられてやってきた。昨夜桶を運びいれたときのすましがおとはうってかわって、緊張に肩をこわばらせている。
私室内に足を踏み入れるとぴょこんと頭を下げる。頭の上の長い耳がはねた。








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