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第三章 大型新人
嵐がやってくる
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黒い風が鳴いている。
カラスの大群が飛び立ち、黄金色の虫が予感を告げた。
白い長髪をたなびかせ、黒いスーツの男は大木の上から視線を鋭くする。
「試練だな」
男はタバコを咥え、火をつける。たなびく紫煙は風に流れて雲海の一部となった。
「いつかはやってくることと覚悟をしていても。あまちゃんのあいつに果たして乗り越えられるかどうか」
「お館様、次はどちらへ」
紬の着物に身を包んだ老婆が、頭を低くし男に尋ねる。老婆を一瞥し、男はもう一度煙を蒸す。
「我が屋敷に戻るとしよう。世話になった人間だ、最後の挨拶はしておかねばなるまい」
「御意。では籠を用意いたしましょう」
老婆が口笛を吹けば、何もないところから籠が現れた。
籠は主人を誘うように大きく口を開ける。
大柄な男は手品のように、小さな籠の中へとおさまった。
◇◇◇
「ああああ、もう! 忙しい! マイケルの出勤日が減ったら突然忙しくなったじゃない! 編集長、さっさとバイトなりインターンなり雇ってくださいよ!」
「だから刹那、わざわざ首を伸ばして耳元で怒鳴らないでおくれよ。鼓膜が破れてしまう」
「採用は? 採用活動は? ちゃんとやってるんでしょうね」
「さてさて、そろそろおやつを用意しないと……」
「ああ! 逃げたわね! こんのぐーたら編集長!」
「まあまあ、刹那ちゃん」
「佐和子! あんたもなんとか言ってよ。あんたの頼みなら、あの重たすぎる腰も上がるかもしれないわ」
「いやあ、それはどうかな……」
久々の晴天に恵まれた平日の昼下がり。外出から戻って早々、刹那に捕まり罵詈雑言を浴びせられ続けていた永徳。ようやく彼女から逃げおおせた永徳の背中を、自席から眺めていた佐和子は、怒りが収まりきらぬ様子の刹那を宥めていた。
「しかし、びっくりよねえ。あのマイケルが人気あやチューバーだったなんて。どっちかっていうとおとなしくて、目立つのが嫌いなタイプだと思ったのに」
「そうだねえ。私もびっくりしたよ」
大盛況で幕を閉じたサトリのダンスコンテスト。優勝者のグループはもちろん、前座を飾ったマイケルにも取材が殺到したようだった。この機を逃さぬようにと、マイケルはインターンをやめ、週二日のアルバイトへと契約を切り替えたそうだ。今はダンサーとして活躍するという夢に邁進するため、ダンスの練習と動画編集に時間を使うことに決めたと言っていた。
結果、彼がこなしてくれていた雑務が、すべての編集部員に振り分けられることになり、大きな負担になっている。マイケルのありがたさを実感しつつも、「早く代わりを雇え」という声は日々大きくなっていた。
「佐和子の知り合いで働いてくれそうな人はいないの?」
「うーん、なかなか人間を誘うのは、ハードルが高いんだよねえ」
「まあ、そうよねえ……。米村さんも長期休暇に入っちゃったし。家政婦も探さないといけないし。空前絶後の人手不足だわあ」
「長期休暇? 旅行か何か?」
そういえばここ数日、姿を見かけていない。昼食も弁当配布になっていて、編集部員が業者から受け取りをして配布をしていた。
「違うわよ。ほら、ずっと腰が痛いって言ってたじゃない? いよいよ働くのに支障が出てきちゃって、編集長に長期休暇を申し出たみたい。早く治るといいんだけどねー。また米村さんの煮付けが食べたいわ……」
煮付けの味を思い出したのか、じゅるりとよだれを吸い込む刹那を前に、佐和子は心配顔になる。
「おう、皆の衆。揃ってるな!」
大声でそう言いながら宗太郎が編集室へ入ってきた。今日はいつにも増して態度が大きい。編集部員全員が見渡せる場所に仁王立ちすると、宗太郎は胸を張る。
「諸君は人手不足でお困りだろ? そこでだな、この仕事ができて顔の広い宗太郎が人肌脱いでやった」
「もったいぶらないでさっさと言いなさいよ」
刹那が悪態をつけば、宗太郎は舌打ちをする。しかし不機嫌は長くは続かず、また自画自賛顔になる。
「おや、宗太郎おかえり。どうしたんだい?」
片手にお茶の乗ったお盆、もう一つの手にはドーナツの箱を持った永徳が、ヌッと現れる。宗太郎は胸を張ったまま永徳に近づき、バンバンと肩を叩く。
「編集長が仕事しねえから、俺が代わりにやってやったよ! ほら、入ってこい。大型新人のお出ましだ」
全員が襖から入ってくると思い、そちらを見ていたが。開く気配がない。
「おい、入ってこいよ」
「はいはい、そう急かさずに。さっきからここにおりますにゃ」
宗太郎の声に反応した女の声は、佐和子の頭上から聞こえた。ゆっくりと顔を上げてみれば、黄金色のアーモンドアイと視線がぶつかる。
「う、わわわ!!」
「おや珍しい。あやかしの職場で人間が働いているとは」
大型新人は、天袋から体を垂らしていた。そのまま体を捻るように編集室に着地し、ぺろぺろと自分の手を舐めている。見た目は猫そのままだが、首には一眼レフをかけ、背中にリュックを背負っていた。洒落た青いスカーフが似合う、毛並みのいい白い大きな猫だ。
「化け猫の鈴華だ。敏腕ライターとして界隈では有名なんだぜ? そいつを口説き落としてきたんだ。すっげえだろ?」
マイペースに毛繕いをする鈴華、その横で高笑いをする宗太郎を前に、編集部員一同はしばし呆気に取られていた。
カラスの大群が飛び立ち、黄金色の虫が予感を告げた。
白い長髪をたなびかせ、黒いスーツの男は大木の上から視線を鋭くする。
「試練だな」
男はタバコを咥え、火をつける。たなびく紫煙は風に流れて雲海の一部となった。
「いつかはやってくることと覚悟をしていても。あまちゃんのあいつに果たして乗り越えられるかどうか」
「お館様、次はどちらへ」
紬の着物に身を包んだ老婆が、頭を低くし男に尋ねる。老婆を一瞥し、男はもう一度煙を蒸す。
「我が屋敷に戻るとしよう。世話になった人間だ、最後の挨拶はしておかねばなるまい」
「御意。では籠を用意いたしましょう」
老婆が口笛を吹けば、何もないところから籠が現れた。
籠は主人を誘うように大きく口を開ける。
大柄な男は手品のように、小さな籠の中へとおさまった。
◇◇◇
「ああああ、もう! 忙しい! マイケルの出勤日が減ったら突然忙しくなったじゃない! 編集長、さっさとバイトなりインターンなり雇ってくださいよ!」
「だから刹那、わざわざ首を伸ばして耳元で怒鳴らないでおくれよ。鼓膜が破れてしまう」
「採用は? 採用活動は? ちゃんとやってるんでしょうね」
「さてさて、そろそろおやつを用意しないと……」
「ああ! 逃げたわね! こんのぐーたら編集長!」
「まあまあ、刹那ちゃん」
「佐和子! あんたもなんとか言ってよ。あんたの頼みなら、あの重たすぎる腰も上がるかもしれないわ」
「いやあ、それはどうかな……」
久々の晴天に恵まれた平日の昼下がり。外出から戻って早々、刹那に捕まり罵詈雑言を浴びせられ続けていた永徳。ようやく彼女から逃げおおせた永徳の背中を、自席から眺めていた佐和子は、怒りが収まりきらぬ様子の刹那を宥めていた。
「しかし、びっくりよねえ。あのマイケルが人気あやチューバーだったなんて。どっちかっていうとおとなしくて、目立つのが嫌いなタイプだと思ったのに」
「そうだねえ。私もびっくりしたよ」
大盛況で幕を閉じたサトリのダンスコンテスト。優勝者のグループはもちろん、前座を飾ったマイケルにも取材が殺到したようだった。この機を逃さぬようにと、マイケルはインターンをやめ、週二日のアルバイトへと契約を切り替えたそうだ。今はダンサーとして活躍するという夢に邁進するため、ダンスの練習と動画編集に時間を使うことに決めたと言っていた。
結果、彼がこなしてくれていた雑務が、すべての編集部員に振り分けられることになり、大きな負担になっている。マイケルのありがたさを実感しつつも、「早く代わりを雇え」という声は日々大きくなっていた。
「佐和子の知り合いで働いてくれそうな人はいないの?」
「うーん、なかなか人間を誘うのは、ハードルが高いんだよねえ」
「まあ、そうよねえ……。米村さんも長期休暇に入っちゃったし。家政婦も探さないといけないし。空前絶後の人手不足だわあ」
「長期休暇? 旅行か何か?」
そういえばここ数日、姿を見かけていない。昼食も弁当配布になっていて、編集部員が業者から受け取りをして配布をしていた。
「違うわよ。ほら、ずっと腰が痛いって言ってたじゃない? いよいよ働くのに支障が出てきちゃって、編集長に長期休暇を申し出たみたい。早く治るといいんだけどねー。また米村さんの煮付けが食べたいわ……」
煮付けの味を思い出したのか、じゅるりとよだれを吸い込む刹那を前に、佐和子は心配顔になる。
「おう、皆の衆。揃ってるな!」
大声でそう言いながら宗太郎が編集室へ入ってきた。今日はいつにも増して態度が大きい。編集部員全員が見渡せる場所に仁王立ちすると、宗太郎は胸を張る。
「諸君は人手不足でお困りだろ? そこでだな、この仕事ができて顔の広い宗太郎が人肌脱いでやった」
「もったいぶらないでさっさと言いなさいよ」
刹那が悪態をつけば、宗太郎は舌打ちをする。しかし不機嫌は長くは続かず、また自画自賛顔になる。
「おや、宗太郎おかえり。どうしたんだい?」
片手にお茶の乗ったお盆、もう一つの手にはドーナツの箱を持った永徳が、ヌッと現れる。宗太郎は胸を張ったまま永徳に近づき、バンバンと肩を叩く。
「編集長が仕事しねえから、俺が代わりにやってやったよ! ほら、入ってこい。大型新人のお出ましだ」
全員が襖から入ってくると思い、そちらを見ていたが。開く気配がない。
「おい、入ってこいよ」
「はいはい、そう急かさずに。さっきからここにおりますにゃ」
宗太郎の声に反応した女の声は、佐和子の頭上から聞こえた。ゆっくりと顔を上げてみれば、黄金色のアーモンドアイと視線がぶつかる。
「う、わわわ!!」
「おや珍しい。あやかしの職場で人間が働いているとは」
大型新人は、天袋から体を垂らしていた。そのまま体を捻るように編集室に着地し、ぺろぺろと自分の手を舐めている。見た目は猫そのままだが、首には一眼レフをかけ、背中にリュックを背負っていた。洒落た青いスカーフが似合う、毛並みのいい白い大きな猫だ。
「化け猫の鈴華だ。敏腕ライターとして界隈では有名なんだぜ? そいつを口説き落としてきたんだ。すっげえだろ?」
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