男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ

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第1章 夢は叶えるためにある

後宮の悪霊

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 皇帝の寝所や後宮が位置する内朝の一室。
 黒い胡服に身を包み、苦悶の表情を浮かべる皇帝を前に、雲嵐はひざまずき、頭を垂れていた。

「雲嵐」
「はい」
「どうだ。芙蓉妃の死因は分かったか」
「医官による調査は終わりましたが、芳しい結果はなにも」
「またも収穫なしか。これで三人目だぞ。あまりにも続きすぎている」

 まだ三十路半ばの皇帝の頭髪には白が混じるようになっていた。顔立ちはまだ若さを保っているが、目の下には色素の沈着が見られる。

 十代のころは鷹のようだと誉めそやされた精悍さも、もはや見る影もない。

 天敵を狩り尽くした安堵感は、人をこうもふ抜けさせるのか。
 雲嵐は蔑むように鼻で笑った。

 かつてこの男の劣等感と嫉妬心を煽り、鬼に変えさせた一族はもういない。
 残ったのは籠の鳥が一羽。いつでも捻り潰せる程度の弱々しい雛鳥だ。

「お前がやったのではあるまいな」
「まさか、私にそのような恐ろしいことは」

 怯えているのだろうか。
 その雛鳥にさえも。

「後宮の悪霊だなどと……。そんなものがいてたまるか」
 吐き捨てるように言うが、その声は震えていた。

 引き戸が引かれ、金色の髪を後ろに束ねた宦官が入ってきた。彼は皇帝のすぐそばに跪くと、小声で伝達をする。

「悪霊騒ぎが大きくなったせいで、最近は娘を差し出すのを厭う家が増えてきている。後々お前にも影響することなのだぞ」

 心にもないことを言う。
 苦虫を潰したような顔をするのをやっと堪える。ここでも仮面が被れたらいいのに、と雲嵐は思った。

「官は怯えてあてにならぬ。お前が後宮へ赴き、直接悪霊について調査の上、速やかに問題を解決しろ。くれぐれも内密に。目立つ行動は控えよ」

 そう言って皇帝は椅子から立ち上がり、扉の向こうへと消えていった。その後ろ姿を追うように、束ねた金の後ろ髪を揺らしながら、宦官も立ち去っていく。

「悪霊、ね」

 雲嵐は目を伏せ、しばしその場に佇んでいた。


 ◇ ◇ ◇


 後宮に巣食う悪霊。
 その噂については、聞いたことがあった。なんでも陛下が寵愛する妃嬪を、次々に呪い殺すのだという。

 雲嵐によると、現れる悪霊は上級妃の姿をしているらしい。虚ろな目をこちらに向け、何やらぶつぶつと呟いているそうだ。
 悪霊を見るようになった妃は、夜中の立ち歩き、一人ごとが増えたりと、不可解な行動が増えていく。そしてだんだんと衰弱していき、水も食事も喉を通らなくなり、最後には儚くなってしまうのだという。

 それを怖がってか、後宮の妃嬪は皆、自主的に地味な服装を通し、皇帝の目に触れることを極力避けるようになった。本来なら出世のため、皇家と縁を結びたいはずの官吏たちでさえも、娘を後宮に積極的に差し出すものが減ってきているそうだ。

 悪霊ねえ。馬鹿馬鹿しい。そんなものが本当にいるわけがないのに。
 羅刹は食堂で包子を頬張りながら鼻息を漏らした。

 現在の皇帝には十八歳の東宮が一人。それ以外は皆幼い姫で皇子はいない。東宮に万が一のことがあった時のために、後継者候補としてもう一人二人皇子が欲しいはず。この状況はまずいのだろう。

 それで怪しげな食客が動いている。羅刹は熊猫の面を思い出し、鼻の頭に皺を寄せた。調査を監督する候補に、もうちょっとマシな官吏はいなかったのだろうか。しかも彼は初対面の羅刹に調査を丸投げしている。
 いくら状元及第といえど、新人官吏の自分に依頼するなど、頭がおかしいとしか思えない。弱みを握ってこき使うと言っても、もっと経験を積んだ有能な官吏に指示を出すべきなのではないか。

 まぁたしかに、男女両方からこの事件を調査できるっていう点では、適任なのかもしれないけどさ。
 食事を終え、仕事の開始前まで史書でも読みに行こうかというところ。あたりが騒がしくなったのに気がついた。

「皇帝陛下だ」
蔡華さいか様もご一緒だ」

 慌ててその場で拳を合わせ、膝をつく。視線だけ動かし、やや遠方にいる二人を見て声を漏らしそうになった。
 まず皇帝陛下ではなく、その隣にいる男に目を奪われてしまった。禹国では珍しい、錦のような豊かな髪を、後ろで束ねている。傾国の美女とはよく言うが、そういう人が存在するなら、まさにこういう人だと思うほどの麗人だった。

 あれ、でも胡服をきている。

「はあ、あれで宦官ていうのが勿体無いよな」
「あれだけの美貌だ。俺は宦官でもいい」
「下手な女をもらうより、蔡華様を嫁にもらいたいよ、俺は」

 周囲の下世話な会話により、羅刹は彼の正体を知った。宦官。後宮に仕えるため、イチモツを切り落とした男。または罪を犯し、宮刑となった物だ。

 皇帝の側仕えをするほどだから、前者だろうか。
 あまりの美しさに、恋愛のれの字も興味がない羅刹でも思わず見惚れてしまった。

「羅刹」
「うわあっ!」
「なんだ、うわあとは」
「その低音で突然後ろから話しかけないでくださいよ! びっくりするじゃないですか。しかもあなたの場合、熊面……ってなんですかそれは」

 突如背後に現れた雲嵐は、今日は笑い顔の妃嬪の大頭面を被っていた。
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