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第3章 凰家の足跡
得られたもの
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後宮記部に残されていた記録からわかったことは三つ。
一つは、徳妃が東宮を出産した前後の記録が改竄されている可能性が高いこと。
もう一つは、犠牲となった三夫人のお渡りの際、やはり特に変わったことはなかったということ。
お渡りが重なるたびに体調を崩していったということで、閨ごとの際何か変わったものを口にしたりしていないかと思ったが、そういったこともなく、つつがなく終わったようだった。その場に焚かれていた香や酒に何か混ぜられているのかと思ったが。香は待機していた侍女頭も嗅いでいるはずで、特に体調を崩した等の情報はなく、酒も直前に毒味役が確かめている上、毒物が混ぜられていれば反応する銀製の盃を使っている。
そのほか記録を読んでわかったことは——。
「どの妃との逢瀬も大変盛り上がっていたようだな」
かっ、と羅刹の顔が赤くなる。
「雲嵐、そういうこと迂闊に口に出さないでください!」
「なぜだ、事実だろう」
記録を確認した二人は、再び羅刹の荒屋で茶をしばいていた。雲嵐曰く、外朝よりも落ち着いて話ができるらしい。
「はぁ、もう。そういうところですよ、紅梅さんに反感を持たれたのは」
彼女の話によると、妃の不審死が起こった直後に、刑部の指示で宦官が調査に来ていたらしい。彼らは記録を読みながら下世話な話を繰り返したため、その場にいた彤史たちは大変不快な思いをしたという。
経緯を聞けば、慇懃な態度でやってきた雲嵐に反感を持つのもわかる。特に、姉が妃であった紅梅は。
歴史を辿るのは好きだ。だけどこうして他人が知られたくない部分を暴くのは気持ちいいものではない。
「それでお前の見解は」
「徳妃の件が気になります」
「それは悪霊騒ぎには関係がないだろう」
「『悪霊』が、徳妃の隠された記録に関連した人物の可能性もあります」
雲嵐はおしだまる。陽気な仮面の絵面だけが騒がしい。
「消された歴史の一片が、今ある歴史を覆すことだってあります。徳妃の情報を隠されたままでは、私は正しい判断を下すことはできません」
キッパリとそう言い切れば、南の部族の仮面が、はあ、と深いため息をつく。
「それも、そうだな」
雲嵐は立ち上がり、上着を翻す。
「ついてこい。消された歴史を知り、一生付きまとう身の危険に向き合う覚悟があるのならば」
◇ ◇ ◇
雲嵐に案内されたのは、朱雀大路に面した妓楼の一つ。「桜桃館」という立派な看板が掲げられ、二階の窓からは妓女らしき美女たちが通りをゆく男どもに手をふっている。
「ここは、私はちょっと……」
「俺は女を買いに来たわけじゃない」
「え、じゃあどうしてここに」
「ついてこい」
促されるまま豪華絢爛な門をくぐれば、襦裙を肩まで着崩し、豊満な胸の谷間を見せた三十路くらいの妓女が奥から現れた。
「あら、誰かと思えば雲嵐じゃないかい。ずいぶん可愛いお客さんを連れて。っていうかあんたそのお面はどうしたの」
「変装だ」
「いや変装って。前は長い前髪で隠すとかしてたじゃないの。なんでまたそんな逆に目立つ格好を」
「最近ちょっと気に入っている」
「前々から変な奴だとは思ってはいたけど。拍車がかかったねえ」
柳のような眉尻を下げながら、妓女は呆れた顔をする。「変な奴」であることには定評があるらしい。
「弥生はいるか」
「なあんだ、アタシと遊んでくれるんじゃないわけ。あんたならちょっとくらい負けてやってもいいのに」
ぽってりした唇に黒めがちな瞳。溢れんばかりの色気を武器にして、女は雲嵐に上目遣いを向ける。男なら落ちない奴はいないだろう。そう思っていたのだが。
「早く案内しろ」
「つれないねぇ。まあ、わかってるけど」
カラカラと笑う妓女は、ついてきな、と手招きをする。部屋がある二階に案内されると思いきや、通されたのは帳場。丸眼鏡をかけた好々爺と気の強そうな老婆が忙しそうに書類を捌いていた。
「おかあさん。雲嵐が来たよ。弥生に案内するよ」
「ああ、なんだね。今日は若いもん連れて。引きこもりのあんたが珍しい」
おかあさん、と呼ばれた老婆は、雲嵐を見、羅刹を一瞥する。
「泊まっていくかい?」
「用事が終われば帰る。こいつには構うな」
「なんだ。たまには客を連れてきな。せっかくあんなところに住んでんだからさ」
羅刹は雲嵐を見つめる。意外だった。この無口な男が、妓楼でこんなに砕けた調子で話をするとは。
いいとこのお坊ちゃんみたいだし。それなりに遊んでいるのかな。
妓女は雲嵐に鍵を渡す。受け取った雲嵐は、帳場の奥へ歩いていく。羅刹もそれに続くが、気になって振り向けば、妓女がこちらを見ていた。
口角を上げ、にっと微笑む彼女の胸には、小さな刺青があった。
花のように見えたが、それにしては形が歪な気がした。
一つは、徳妃が東宮を出産した前後の記録が改竄されている可能性が高いこと。
もう一つは、犠牲となった三夫人のお渡りの際、やはり特に変わったことはなかったということ。
お渡りが重なるたびに体調を崩していったということで、閨ごとの際何か変わったものを口にしたりしていないかと思ったが、そういったこともなく、つつがなく終わったようだった。その場に焚かれていた香や酒に何か混ぜられているのかと思ったが。香は待機していた侍女頭も嗅いでいるはずで、特に体調を崩した等の情報はなく、酒も直前に毒味役が確かめている上、毒物が混ぜられていれば反応する銀製の盃を使っている。
そのほか記録を読んでわかったことは——。
「どの妃との逢瀬も大変盛り上がっていたようだな」
かっ、と羅刹の顔が赤くなる。
「雲嵐、そういうこと迂闊に口に出さないでください!」
「なぜだ、事実だろう」
記録を確認した二人は、再び羅刹の荒屋で茶をしばいていた。雲嵐曰く、外朝よりも落ち着いて話ができるらしい。
「はぁ、もう。そういうところですよ、紅梅さんに反感を持たれたのは」
彼女の話によると、妃の不審死が起こった直後に、刑部の指示で宦官が調査に来ていたらしい。彼らは記録を読みながら下世話な話を繰り返したため、その場にいた彤史たちは大変不快な思いをしたという。
経緯を聞けば、慇懃な態度でやってきた雲嵐に反感を持つのもわかる。特に、姉が妃であった紅梅は。
歴史を辿るのは好きだ。だけどこうして他人が知られたくない部分を暴くのは気持ちいいものではない。
「それでお前の見解は」
「徳妃の件が気になります」
「それは悪霊騒ぎには関係がないだろう」
「『悪霊』が、徳妃の隠された記録に関連した人物の可能性もあります」
雲嵐はおしだまる。陽気な仮面の絵面だけが騒がしい。
「消された歴史の一片が、今ある歴史を覆すことだってあります。徳妃の情報を隠されたままでは、私は正しい判断を下すことはできません」
キッパリとそう言い切れば、南の部族の仮面が、はあ、と深いため息をつく。
「それも、そうだな」
雲嵐は立ち上がり、上着を翻す。
「ついてこい。消された歴史を知り、一生付きまとう身の危険に向き合う覚悟があるのならば」
◇ ◇ ◇
雲嵐に案内されたのは、朱雀大路に面した妓楼の一つ。「桜桃館」という立派な看板が掲げられ、二階の窓からは妓女らしき美女たちが通りをゆく男どもに手をふっている。
「ここは、私はちょっと……」
「俺は女を買いに来たわけじゃない」
「え、じゃあどうしてここに」
「ついてこい」
促されるまま豪華絢爛な門をくぐれば、襦裙を肩まで着崩し、豊満な胸の谷間を見せた三十路くらいの妓女が奥から現れた。
「あら、誰かと思えば雲嵐じゃないかい。ずいぶん可愛いお客さんを連れて。っていうかあんたそのお面はどうしたの」
「変装だ」
「いや変装って。前は長い前髪で隠すとかしてたじゃないの。なんでまたそんな逆に目立つ格好を」
「最近ちょっと気に入っている」
「前々から変な奴だとは思ってはいたけど。拍車がかかったねえ」
柳のような眉尻を下げながら、妓女は呆れた顔をする。「変な奴」であることには定評があるらしい。
「弥生はいるか」
「なあんだ、アタシと遊んでくれるんじゃないわけ。あんたならちょっとくらい負けてやってもいいのに」
ぽってりした唇に黒めがちな瞳。溢れんばかりの色気を武器にして、女は雲嵐に上目遣いを向ける。男なら落ちない奴はいないだろう。そう思っていたのだが。
「早く案内しろ」
「つれないねぇ。まあ、わかってるけど」
カラカラと笑う妓女は、ついてきな、と手招きをする。部屋がある二階に案内されると思いきや、通されたのは帳場。丸眼鏡をかけた好々爺と気の強そうな老婆が忙しそうに書類を捌いていた。
「おかあさん。雲嵐が来たよ。弥生に案内するよ」
「ああ、なんだね。今日は若いもん連れて。引きこもりのあんたが珍しい」
おかあさん、と呼ばれた老婆は、雲嵐を見、羅刹を一瞥する。
「泊まっていくかい?」
「用事が終われば帰る。こいつには構うな」
「なんだ。たまには客を連れてきな。せっかくあんなところに住んでんだからさ」
羅刹は雲嵐を見つめる。意外だった。この無口な男が、妓楼でこんなに砕けた調子で話をするとは。
いいとこのお坊ちゃんみたいだし。それなりに遊んでいるのかな。
妓女は雲嵐に鍵を渡す。受け取った雲嵐は、帳場の奥へ歩いていく。羅刹もそれに続くが、気になって振り向けば、妓女がこちらを見ていた。
口角を上げ、にっと微笑む彼女の胸には、小さな刺青があった。
花のように見えたが、それにしては形が歪な気がした。
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