6 / 18
#6 玻璃の窓
しおりを挟む
翌日。ヨウは再び祭殿にいた。
一夜限りの祭が終わり、男達は朝から鉱山へと出て行った。祭殿を片付けるのは女や子供たちの役目だった。
ひとりすることもないヨウはイハサヤの家にいても落ち着かず、なにか手伝えることでもないかと出てきたのだが、その頃には片付けもあらかた終わっていたようで、三々五々帰宅する女たちとすれ違った。
「あんた、昨夜はとても良かったよ」
と、声をかけてきたのはハナだ。
「ありがとうございます……」
と言いかけたヨウのそばに素早くやってくると、ハナは小さく囁いた。
「スアンちゃんはまだお御堂にいるよ、迎えに行っておあげ」
祭殿は村の奥まったところにあった。たいそう古びているが石造りのしっかりした造りで、その窓にはこの辺りではめったに見かけない玻璃が嵌め込まれている。窓はところどころ破れて玻璃も欠けたり割れたりしていたが、他の家々と同様丁寧に修繕してあって、往時にはさぞや立派であったろうことが容易に想像できた。
祭殿の辺りは、かつては集落の中心であったらしい。その先にもまだ家はあったが、今は朽ちて倒れかけたり、人気のないものばかりだった。
階段を上ったところで扉が開き、スアンが姿を見せた。
「あっ、おじさん……!」
スアンは驚いたような声を上げたが、すぐに笑顔になり
「どうしたの、こんなところへ」
と、訊ねた。
「もしかして、迎えにきてくれたの……?」
「いえ」
ヨウはばつの悪そうな様子で答えた。
「その、なにかお手伝いできることがあれば、と思ったんですが……、もう片付けはおしまいのようで」
「残念、もう終わっちゃったわ。おばさんたちもお昼には鉱山に行かなきゃだから」
そう言いながら扉をヨウのために押し開け、スアンが続けた。
「どうぞ、せっかくここまで来たんだもの。お参りしていって」
と促されて、ヨウは扉の内に入った。
窓からさんさんと光が降り注ぎ、内は石造りの建物とも思えぬ明るさだ。椅子などがなく広間のようになっているのは常からのようだ。 陽の光が玻璃のひび割れに虹色に反射し、床や壁のそこかしこがきらきらと輝いていた。
「立派でしょう、明るくて綺麗で。これだけの玻璃、どこにもないのよ」
スアンは誇らしげに言った。が、目の前の男が盲人であることに思い至り、
「……ごめんなさい」
と、口ごもった。
「いえ」
ヨウはそう言うと笑って続けた。
「嬢ちゃんはこのお社が本当にお好きなんですねえ。嬢ちゃんの口ぶりで、どんだけ大事に思っているかわかる。昨夜の祭もみなさんたいそう高揚していらした。このお社は、この村の誇りなんですね」
「そうなの」
スアンは花がほころぶような笑顔になった。
「このお御堂はお祖父ちゃん達が建てたのよ。ひいお祖父ちゃんの代から一生懸命働いて、お金を作って。今建てようと思ったって、とうてい建てられやしない。街の人にだって無理よ」
スアンの頬は紅潮してかがやき、その声には熱がこもっている。
「このお御堂は村の宝よ。もしかしたらおじさんは、ここに入った最初の『余所の人』かもしれないわ」
「それは、光栄なことで……」
スアンは心なしか淋しげに応えた。
「だって余所の人がこの村に来ることなんて、めったにないもの」
それを聞き、ヨウはやたらにものものしかった集落の門番を思い出した。
この集落が近隣とあまり上手くいっていないことは、すでにイハサヤから聞いている。目の前の少女を助けるためだったとはいえ、自分のしたことは悪手だったかもしれない……と、ヨウはかすかに思った。
一夜限りの祭が終わり、男達は朝から鉱山へと出て行った。祭殿を片付けるのは女や子供たちの役目だった。
ひとりすることもないヨウはイハサヤの家にいても落ち着かず、なにか手伝えることでもないかと出てきたのだが、その頃には片付けもあらかた終わっていたようで、三々五々帰宅する女たちとすれ違った。
「あんた、昨夜はとても良かったよ」
と、声をかけてきたのはハナだ。
「ありがとうございます……」
と言いかけたヨウのそばに素早くやってくると、ハナは小さく囁いた。
「スアンちゃんはまだお御堂にいるよ、迎えに行っておあげ」
祭殿は村の奥まったところにあった。たいそう古びているが石造りのしっかりした造りで、その窓にはこの辺りではめったに見かけない玻璃が嵌め込まれている。窓はところどころ破れて玻璃も欠けたり割れたりしていたが、他の家々と同様丁寧に修繕してあって、往時にはさぞや立派であったろうことが容易に想像できた。
祭殿の辺りは、かつては集落の中心であったらしい。その先にもまだ家はあったが、今は朽ちて倒れかけたり、人気のないものばかりだった。
階段を上ったところで扉が開き、スアンが姿を見せた。
「あっ、おじさん……!」
スアンは驚いたような声を上げたが、すぐに笑顔になり
「どうしたの、こんなところへ」
と、訊ねた。
「もしかして、迎えにきてくれたの……?」
「いえ」
ヨウはばつの悪そうな様子で答えた。
「その、なにかお手伝いできることがあれば、と思ったんですが……、もう片付けはおしまいのようで」
「残念、もう終わっちゃったわ。おばさんたちもお昼には鉱山に行かなきゃだから」
そう言いながら扉をヨウのために押し開け、スアンが続けた。
「どうぞ、せっかくここまで来たんだもの。お参りしていって」
と促されて、ヨウは扉の内に入った。
窓からさんさんと光が降り注ぎ、内は石造りの建物とも思えぬ明るさだ。椅子などがなく広間のようになっているのは常からのようだ。 陽の光が玻璃のひび割れに虹色に反射し、床や壁のそこかしこがきらきらと輝いていた。
「立派でしょう、明るくて綺麗で。これだけの玻璃、どこにもないのよ」
スアンは誇らしげに言った。が、目の前の男が盲人であることに思い至り、
「……ごめんなさい」
と、口ごもった。
「いえ」
ヨウはそう言うと笑って続けた。
「嬢ちゃんはこのお社が本当にお好きなんですねえ。嬢ちゃんの口ぶりで、どんだけ大事に思っているかわかる。昨夜の祭もみなさんたいそう高揚していらした。このお社は、この村の誇りなんですね」
「そうなの」
スアンは花がほころぶような笑顔になった。
「このお御堂はお祖父ちゃん達が建てたのよ。ひいお祖父ちゃんの代から一生懸命働いて、お金を作って。今建てようと思ったって、とうてい建てられやしない。街の人にだって無理よ」
スアンの頬は紅潮してかがやき、その声には熱がこもっている。
「このお御堂は村の宝よ。もしかしたらおじさんは、ここに入った最初の『余所の人』かもしれないわ」
「それは、光栄なことで……」
スアンは心なしか淋しげに応えた。
「だって余所の人がこの村に来ることなんて、めったにないもの」
それを聞き、ヨウはやたらにものものしかった集落の門番を思い出した。
この集落が近隣とあまり上手くいっていないことは、すでにイハサヤから聞いている。目の前の少女を助けるためだったとはいえ、自分のしたことは悪手だったかもしれない……と、ヨウはかすかに思った。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる