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3.再会
しおりを挟む好きですも、嫌わないでも、どうして私なの? も、何一つ聞けたことはない。
きっと子供特有の癇癪で狙い撃ちにされたのだろうということも分かる。
彼女達の言い分はいつもよくわからなかった。
「生意気」だとか、「ちょっと男にモテるからって」と言われても、男子は等しく女子に習えで私をいじめていたし、女子はみんな私を助けてはくれなかった。
友達が欲しいと願い続けて、だがそれは叶えられることはなく。
毎朝教室に向かえば辛辣で酷く、私を傷つけるためだけに書かれたイタズラ書き。朝の日課はその落書きを消すことから始まった。
反応を返せばそれを面白がられてさらに酷いイジメが始めることは理解していたから、毎日毎日ただただ必死に虚無な人間を装った。
変わりたい、変えたい、この環境から逃れたい。そう願ったのは何度も。
でも私には彼らに逆らう勇気も、反逆する勇気もなかった。
そうして過ごした中学までの12年間。
高校は地元から遠く離れた、誰もいない全寮制の女子高を選んだ。
女子の集団にいることの難しさは体感していたが、それでも究極の選択だったのだ。
高校生になれば男子の体格はいよいよ女子のそれとは変わっていく。
どんな酷いことをされるのかと思うと苦しくて怖かった。
男子のいる学校で間違えて、女子の不況を買ってしまったときのしっぺ返しが怖くて、それなら、男子がいないところの方がいい。
女子の暴力だけならばまだ耐えられる。幸い私を知る人は誰もいないのだ。
高校へ入るまでの短い春休みの間、必死で勉強した。
化粧も、服も、性格も。
演じることはしんどかったが、それでもそれが私の生きるための唯一の方法だと思っていたのだ。
大人しい自分は心の中だけで生きられる。
外に見える部分はすべて、作り上げた自分だけだった。
いつだって気は抜けなくて、派手な自分を演じて、疲れたと思ってもやめることはできない、それが唯一の防衛策だった。
それが今、こんな弊害を持ってくるなんて。
自分で選んで決めたことだ、後悔などする資格はない。これでよかったと思うべきなんだ。
目の前に居並ぶ男性の姿を直接視界に入れないように視線を僅かに外しながら、乾杯の音頭に合わせてグラスを合わせた。
「やー、可愛い子ばっかりで俺どきどきしちゃうなぁ!」
「やだー村中さんったら―!」
二人の声に合わせて女子たちがくすくすと可笑しそうに笑う。
今のやり取りのどこが面白かったのか全くわからなかったけれど、ここは笑うところなんだろう。
私も少し遅れて合わせるように潜めた声で笑った。
「じゃあとりあえず自己紹介しよっか! まず男からね! 俺は村中大吾(ムラナカダイゴ)29歳。職業は画家やってまーす」
「呉本颯樹(クレモトサツキ)です。同じく29歳。職業はITエンジニアしてます。大吾お前ちょっとテンション高すぎだろ」
「大吾は浮かれてるんだって、本当可愛い子ばっかだしなぁ。あ、俺は津田島海翔(ツダジマカイト)といいます。30歳。職業は映像系のクリエイターやってます。平たく言うと、プロディーサーとでもいうのかな。まぁ興味ある子はどんどん聞いて」
津田島と名乗った彼の自己紹介に、女性達はにわかに沸いた気がする。
確かに映像関係という職種の人と出会う機会は早々滅多にないからだろうが、私はそんな事が気になるわけでもなんでもなく、とにかく早く帰りたくてしかたなかった。
「―――月村陽葵(ツキムラヒナタ)、32歳。職業はデザイナーです」
凛と通った声に、一瞬だけその場が静まったような気がする。
確かに男の人だとわかるその声に、私は確かに聞き覚えがあった。
多分つい最近聞いたばかりだ。穏やかで優しい。なのに力強くて、その声を聞いた瞬間浮かんだ顔に慌てて視線をあげて、息を呑んだ。
「デザイナーって言っても、服とかじゃなくてアクセサリー系のデザイナーです。口下手だからあんまり話さない思うけど、ごめんね」
それは間違いなく、一昨日、仕事の帰り道にぶつかってしまった人だった。
白い肌に、黒い髪。
整った鼻筋に、ガタイのいい身体。
それに何より、忘れることの出来なかった、その整った顔立ち。
驚いた私は何も言葉を発することが出来なくて、固まったままだった。
女子は頬を染めて小さな声でよろしくお願いしますと口々に呟いた。
彼は至って無表情、笑うこともなけれあ愛想を振りまく様子もない。
自分のグラスに入ったビールを飲んで、小さく息をついていた。
「―――何?」
「いっいえっ」
ジッと見つめてしまっていたせいか、切れ長の瞳に見つめ返されて慌てて視線をそらした。
彼は、きっと私のことなど覚えてないんだろう。
静かになったテーブルの空気を仕切り直すように村中さんが声をあげて呆然としていた女の子達も慌てて話し始めた。
私もだ、彼女達に習ってその場の空気に合わせたせいで、月村と名乗った彼から視線を外した。
だから、彼がそのとき、私をみてどんな表情を浮かべていたのかは、知らない。
◇◇◇◇◇
それなりに盛り上がり、進んだ合コンはほどよくお酒も入ってみんな陽気になっている。
こうなってしまえば私が会話に入らなくても問題なくなっていて、必要以上に男性に近づくこともないだろう。
何度か席替えをさせられて、その度に違う男性に両隣を挟まれて怖かったが必死で耐えた。
みんなかっこよかったし、女子の年齢は26歳だったのにたいして年上だということがよかったのだろうか。
最初は月村さん一人に集まっていた注目も、それなりに分散しているように見える。
そして今、私の隣には口下手だと公言していた彼が、黙々とお酒を飲みながら座っている。
何かを話したほうがいいのだろうが、話題が見つからない。
おまけに彼は全身から話しかけるなオーラを出しているような気がして、迂闊に話しかけられない。
仕方なく私も、さほど強くないお酒をちびちびと、だが確かに消費するハメになった。
ジュースみたいな感覚で飲めるカクテルが強いことは知っている。
調子に乗って飲み続けたら痛い目に遭うことも知っているから、それほど飲みたくはなかったけれど、他にできることといえばつまみを食べることだけだ。
ため息をつきたい気持ちを堪えて、またグラスに口を付けた。
「…あんまり強くないなら、そこらへんにしとけば」
「…え」
突然話しかけられた声に驚いて、一瞬反応が遅れた。
その声の主は、相変わらずつまみを食べて、お酒を飲んでいる。
恐る恐るその顔を伺うと、やっぱり無表情だった。
「無理して飲むこともないだろ。酔っ払って恥書きたくないならそこでやめとけばっつってんの。ソフトドリンクだってあるんだし、変えれば」
「あ、あ…えと…はい…」
その言葉に逆らうことが出来なくて、おとなしく店員さんに烏龍茶を頼んだ。
すぐに運ばれてきたそれはほどよく冷えていて、アルコールで火照った身体にはちょうどよかった。
小さく息をついて、ちらりと隣に座るその人に視線を投げると、彼は呆れたように笑う。
何故、たいして話してもいない人にそんな呆れた視線を向けられなければいけないのかと思ったが、彼は私より6歳も年上で、お酒の席でどんなことがあるかなどわかっているのだろう。
大人の忠告は聞いたほうがいいんだろうとなんとか自分を納得させて、烏龍茶を口に含んだ。
「…あんた、生きるのめんどくさそう」
「……は?」
「必死に周りで合わせてて、疲れそうだな。もっと素直に生きればいいのに」
彼の喉が、飲み干したビールを運ぶ様を体現していた。
私はといえば、言われた言葉の意味が理解できなくて、ただただ固まるだけだった。
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