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33.甘い口づけ
しおりを挟む目の前にいた彼の身体に腕を伸ばして、触れることを拒絶されていないと感じ取る。
それからは何かを考えるより先に身体が動いていた。
縋るように彼の背中に腕を回して、顔を胸板に押し付けて、ぎゅっと抱きついて、開いた口から発した声は、情けないほど小さくて、みっともないほど震えている。
「っ七種……?!」
「……わ、私……っ」
だけど、もうそれが自分なんだとわかっている。だが、今もう一度勇気を出さなきゃ、ちゃんと言わなきゃ、なんの為に川崎さんにあれほどの啖呵を切ったのかわからなくなってしまう。
彼の役に立ちたい、彼の為になることをしたい。その感情が大前提だが、あえて目を逸らし続けていた本音は別だ。
「……わ、……私、か、川崎さんじゃなくても、……月村さんの隣にいていい権利、あげたくない。私がずっとここにいたい……っ」
「……七種?」
「だ、だって、私、月村さんとずっと一緒にいたい。月村さんに大事にしてもらいたいし、甘やかしてもらいたいし、月村さんのこと大事にしたいし、疲れたと思うなら、癒してあげたい……っ」
ずっと見ないフリをしていたのだ。
その感情を認めてしまったあとの自分がどうなるかなんて、わからなかった。
わからなかったから怖くて、自覚したあとの自分がどうなってしまうか全然想像できなくて、だから駄々をこねる子供のようにずっと視線を逸らし続けていた。
けれど私はもう27歳の大人と言われる年齢で、いつまでも子供のままではいられない年齢で、覚悟を決めなきゃいけないタイミングだったのだ。
私が、彼と離れたくないと思うのも、傍にいたいと思うのも、全部。全部、自分のその感情からくるもので、今じゃなくてもきっといつかぶち当たっていた問題だと思うけれど、それでも今この時に自分の気持ちと向き合わなかったら、過去と決別して、戦う覚悟を決めて、ちゃんと前を向かなかったら、きっと、いつか自覚しなければいけない時に、月村さんはもう隣にはいてくれなかったはずだ。
春花に言われたとき、頭で想像した彼との未来に嫌悪感はなくて、津田島さんに鈍感なのと聞かれたときは、戸惑う心のどこかで図星を突かれた気分になった。
それが全部これの答えなんだと、今ならわかる。
きっと自分以外のまわりの人には気がついていた事なんだろう。
ずっと私一人が逃げていたこと、全部。きっとみんなは気がついていたのに、見ないふりをしてくれていた。私が自分で気が付くべきことだと、ヒントだけくれて、ずっと黙っていてくれた。
誰かに言われたから、誰かがこういったから、そんな考え方をして、道に迷うことも、きっとあのふたりは気が付いていたんだろうと思う。
自分で自覚して、その心の中に生まれた感情の存在を認める勇気を、自ら持たなかったら、私はきっと、こんなふうにはっきりと言葉にはできない。
「……す……好き、……好きです……っ! 私、月村さんのことが好きです……っ」
「……七種……」
「つ、月村さんが……っ私のこと彼女だって言ってくれたとき、本当はすごく嬉しかった。そういう役に選んでくれたことも、私のこと可愛いって言ってくれることも、ほ、本当はすごく嬉しくて、……ずっと、一緒にいたいって思うのに、いつもどおりにできなくて、いつか月村さんに嫌われちゃうんじゃないかってずっと怖くて……っ」
認めたくない、その感情は認めたらいけないものだ。そう本能的に悟って目を逸らし続けていたのは、彼が私と恋人関係になりたくないと思っていると思っていたからだ。
月村さんは私と恋人同士に間違われていたとき、すごく不愉快そうな顔をしていた。その表情がいつまでも胸に残っていて、私は無意識にそのことに怯えていたのだ。
だけど、もうなんでもいい。
彼は私を彼女の役に選んでくれた。過去を乗り越える為に協力してくれると言ってくれた。
何度も、何度も助けてくれて、その度に、嫌な顔一つせず、私のことを「俺の女」と言ってくれた。
もう、それだけで十分だ。
拒絶されることは怖い。振られて傍にいられることも怖い。けれど、もう発露したこの感情から目を背けることも無視し続けることもできない。
黙っていることなんてできなくて、彼に抱きしめてもらえるのも、温もりを感じれるのも、これが最後かもしれないと思うだけで、ぎゅっと腕に力がこもった。
もう一回。
あと一回でいい。
私に、私の心に生まれたこの感情を伝える勇気を、ありったけの勇気を私にください。
「……好きです。隣にいたいです。嫌われたくない。……月村さんにも、私のこと、好きになって欲しいです……っ」
「……なんなんだお前」
「……っ」
かけられた言葉が酷く重く響く。
一気に膨らんだ恐怖に肩がびくりと跳ねたが、彼から離れたくない一心でぎゅっとその人の服を握り締めた。
完全な拒絶はまだ、示されてない。
この気持ちを諦めたくない。
私は、この人が好きで、好きで、まだ、この恋は始まったばかりで、何もしないうちから諦めたくなかった。
頬をぎゅっと押し付けて瞼を固く閉じると、少し痛いと感じるほどの力で強く抱きしめられていた。
「……俺が本腰入れて待つしかないかって、そう決めたのに、なんでお前、いつの間に覚悟決めてんだよ。驚いただろうが」
「……ご……ごめんなさい……っ?」
「―――俺も好きだ。七種のこと、ずっと守っててやりたい。傍にいて、可愛がってやりたい」
「……ぅ……え……っ」
「謝んなくていいから、もう、逃げるなよ」
「……ぅ、嘘……っ」
身体を強く抱きしめられて、頬を擦り寄せられて、頭を撫でられて、伝わる甘さは今までの比じゃないのに、彼の言葉が信じられなくて、微かに身じろぎした私に、耳元で小さく笑う声が聞こえた。
「―――逃げるなよ」
彼はそう言って、私の身体を壁に押し付けて、そっと、唇を押し付けてきた。
「……萌、好きだ」
一度離れた唇が再び重なって、先程よりも強く押し付けられて、私は自然と瞼を閉じて、そのキスを受け入れていた。
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