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第29話
しおりを挟む朝は意外と早く訪れて、小鳥の声で目覚めた。
目の前に青川くんの寝顔があり、昨日何があったかを思い出す事に時間はまったく必要なかった。
私達は向き合って抱き合う姿で寝ていたようで、えらく密着していた。
私が少し身じろぎをするとネックレスがちゃらりと鳴った。
私と彼の揃いのネックレス。
こんなことだけで愛しさがほら、こんなに溢れてしまう。
今だけ青川くんは孤独や償いから解き放たれた顔をして、昨夜の疲れを言い訳に安らかに眠っている。
そして私は彼の胸元に顔を埋めた。微笑みを零しながら。
幸せってまさにこのことなんだろうなぁと思いながらもう一眠りしようとしたら
「ん…。起きたの?」
かすれた柔らかい眠たげな声が頭の上から聞こえてきた。
「ううん…今からまた寝る所…。」
彼は私の髪を撫でると、
「…鈴の髪好きだ。長くてさらさらで気持ちいい。」
そう言って私をまた胸へ引き寄せぎゅっと抱きしめた。
皮膚の感覚、体温がダイレクトに伝わる。
「…このまま、こんな時間が止まればなんて思うなんて、俺も相当だな。」
彼はふっと笑った。
「よく聞くセリフだけど…止まってほしいと本当に感じると笑えなくなるね。」
私も微笑んだ。
「時間を共有する幸福感が、俺を焦せらせる時もあるよ。」
「なぜ?」
「こんなに幸せでいいのか不安になる。」
「わかるわ。でも、それはいい意味で?」
「…両方。鈴は不安にならないかい?絶頂に幸せな時 何かが起きる気がって。」
「…ならないわ。今まで苦しんできた分の幸せだもの。私は、苦しみながらでも上京してきてよかった。…でなければ今の仕事にも就けない。つまり、貴方にも出会えなかった。あなたは、今まで出会った誰よりも私の人生の衝撃かつ運命。とても幸せなの。私は、いつかやってくる不幸なんて考えたく無い派。」
「…。やっぱり面白いね、鈴は。」
微笑みながら髪をかきあげる青川くんにはやっぱり歌手の青川優なんだと感じさせる魅力、色気を感じる。
いや、青川くんが髪をかきあげる行為自体が好きなのかもしれない。
「私が面白いなら、青川くんは不思議な人よ。」
「あっはは、そうだね。俺はどうしようもないRock'n rollerだからね。悔しいほど鈴は俺の求めるアンサーに合ってる。さては、鈴もRockしてる?」
私を抱きしめながら笑う青川くんの顔を見つめながら私は、彼にとって音楽は全てを受け入れてくれるゆりかごなのではないかと思った。
音楽なら、どんなに痛々しくて激しい想いをぶつけても受け入れてくれる。だから、音楽に生きるしかなかったんじゃないのかな。
「…青川くんが音楽にぶつけてる激しい想いを私にもぶつけてくれていいんだよ。」
青川くんは驚いた顔をした。すると、私の上にかぶさり
「…じゃあまたやる?」
と、つぶやいた。
私は顔がカッと赤くなった。
どうすればいいのかわからなくて口をパクパクさせていると
私の頬を指でなぞり
「鈴は可愛いね…。俺のこんなにも激しい想いをぶつけたらきっと鈴は壊れてしまわないか不安なんだ。…どこかで幸せは贅肉だと微笑む奴がいる。今俺は、幸せすぎるよ。なんか、どっかのセリフみたいだけど。何もかも壊れてしまわないか、苦しいくらい怖がってる。だから…受け止めてくれるのはもうちょっと後でいい。まだ怖がらせてほしい。」
意味わかんないよね、と青川くんは微笑み またベッドの上でスプリング音を鳴らしよじりながら私を抱きしめる格好に戻った。
「…俺は16?くらいでデビューしてここまでやってきたけど、寄ってくる奴は金や俺の名前を食い散らかすためにやって来ただけだった。
それか、まったく寄ってこない。俺は動物か何かか?
…俺はそういうのすぐわかってしまうから、やっぱり孤独なのかとやるせなさを感じた。
今俺は22だけど、孤独感は16歳の少年のままだった。
でも今追いついたよ。…鈴はどんな人よりも魂が違う。
俺を受け入れるために生まれてきたみたい。…神さまは捨てたもんじゃないね。」
「…神さまはいる?」
「ああ、いるよ。だって今この瞬間、生きている。鈴と一緒にいる。何よりの幸せ。」
「青川くんの言う通り、幸せって失う事を怖がらせてくるわね。私も青川くんと同じよ。」
「朝日が早く起きろと急かすよ。…水飲む?」
そう言って下着姿のままベッドを降り、青川くんは冷蔵庫に向かった。
その後ろ姿は、孤独を感じてるいつもの青川くんなんかではなく、この世に1人だけの素敵な青川くんだった。
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