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第30話
しおりを挟む白い霧に包まれてぞろぞろと動く群衆。
その中に紛れて私たちは寄り添い歩いていた。
なるべく朝早くに出る事にしたので人も少ないと思っていたが、やはり正月の朝は神社へ向かう者が多くて、混んでいる。
青川くんはサングラスをかけて暖かそうなジャケットを着込み、冷えた空気に対抗するように眉をひそめていた。
私は周りに気付かれてしまわないか心配だった。ただでさえ、オーラがこんなにも出ているのに。
ほら、今通り過ぎた女の人も青川くんをじっと見ていた。
だが、彼はそんな事も知らんぷりで
「…さむっ。鈴、寒くない?」
そう言って震え、私の手と自分自身の手をを彼のポケットに突っ込んだ。
彼は微笑み、これで寒くないと呟いた。
昨日は青川くんの家で年を越した。まだ、青川くんと出会ってあまり経っていないけれど これからもずっと一緒にいたい存在にいつの間にかになっていた。
神社に着き、五円玉を何枚か握りしめ賽銭箱に投げ入れ、青川くんとこれからも一緒に居れる事を願った。
お祈りが終わると、青川くんは腹が減ったと言い トルネードポテトを買っていた。
屋台のおばさんは、青川くんをまじまじと見つめながら商品を渡していた。
「お待たせ。…鈴は何を神様にお願いしたの?」
トルネードポテトを熱そうにかじりながら問いた。
「言ってしまったら、叶わないじゃない。」
私は意地悪な顔をしてみた。
青川くんはうろたえた様な顔をして、
「た、確かに。あっ、じゃあこれ食べる?」
そう言って私の口にポテトを突っ込んだ。
「美味しい。」
「だよね。昔、祭りで食べて美味しかったのを思い出してさ。」
「祭りとか青川くん行くんだね。」
「まぁね、でもお忍びだよ。ほんと、やんなっちゃう。歌手もいいことばかりじゃないさ。 …今年の夏祭りさ、一緒に行こうね。」
「行きたいね。かき氷食べたい。」
そんな話をしながら、神社の中を歩いた。
色々な神様に挨拶をして、お守りを買ったりした。
「案外 気付かれないね。」
「まぁね。」
「じゃあ、この気付かれない勢いに乗ってどこかに行こうよ。」
青川くんはサングラス越しでもわかるくらい驚いた顔をした。
「えっ、どこに?」
どこにしよう。…あっ。
この間、同僚の子から遊園地の無料券を貰った。
財布の中にしまってある。
遊園地にしよう。
「この間、会社で遊園地の無料券貰ったから。遊園地に行かない?」
彼は喜んだ顔にぱっと変わり
「あはは、遊園地なんていつぶりだろう。」
そして彼は私の手を繋いで、走った。
速くて付いていけない。転びそう。
でも、風になっている気分だった。
彼は嬉しそうにこっちを振り向いて
遅いぞ、鈴と笑いながら少年の様に無邪気に走っていた。
今だけは、大人という鎖や重しを振り払ってはしゃいでもいいよね。
彼も私も、大人なんだ。いつからか、大人なら無邪気にはしゃいではいけません。というような掟を自分に突きつけていた。落ち着いたそぶりを見せていた。
…でもこれが本当の私たちなんだ。
そう思い、私も
「待って!」
そう言って全力で走ると、少年の後を追う少女になれた。
コーヒーカップに乗ると、青川くんは声を上げながらハンドルを回し、またジェットコースターに乗れば手を挙げて思い切り楽しんでいた。
メリーゴーランドに乗ると、柵の外にいる大人たちが静かにこちらを見ている。
私は、それを白馬に乗りながら見つめ返す。
現実と理想の狭間が浮かび上がっているように見える。
移ろいゆく景色。鈍いスピードで上下に走る馬たち。
どうして、大人にならなくてはならないの?
心は少女のようにきらめいていても、年だけは大人になり、大人なのだから…というレッテルが貼られる。
ふと、青川くんを見てみると。黒い馬に乗り、未来を見つめるかのようにまた、柵の外を見ていた。
サングラス越しでもわかる。また、寂しい青川くんになった。
冷たい風に逃れたいばかりに眉をひそめる今朝と同じ青川くん。
寒がりなのは、身体ではなく心なんだ。
人の温かさ、愛が欲しいから身体を擦り寄せるんだ。
…私たちは観覧車に乗った。
青川くんはサングラスを外し、息の詰まりそうなくらい切ない目をした。
観覧車の中で流れる時間が止まったような気がした。
すると、ぽつりぽつりと話し始めた。
「鈴… 俺は、うまく生きていけるかな?もう、何もかも失うのが怖い。でも、もっと失うと怖いのは鈴なんだ。…鈴は俺の前から消えない?」
一人ぼっちの少年の目だった。でも、輝いていた。
「青川くん。失う事は、また手に入れることよ。私も失う事は怖いわ。涙が出る時もあるの。でも、そんな時は大切なものを失った世界を思い浮かべてみるの。そうしたら、もし消えた時 悲しみに沈み込む深さは和らいでくれる。…私は消えたりしない。ずっと、あなたのそばにいるわ。私は、泡沫にもなれずに生きている。這いつくばるって決めたもの。大切な人のそばで生きるために。」
そうして、抱きしめた。多分、彼は涙を流していた。でも、気付いていないふりをした。
観覧車の中の時間が動き始めたことをはっきりと感じた。
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