BEST TIME

yon

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第32話

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正月休みも終わり、仕事が始まった。



パソコンを相手にする作業が疲れる。


こめかみが痛い。ヒールもすり減る。



アパートの階段を這い上がるように登り、玄関にたどり着いた。



なぜか、電気が付いていた。




急いでドアを開けると、机に向かいノートを書いている青川くんがいた。



…そういえば遊園地の帰りに、合鍵を渡したのだった。


青川くんが、クリスマスの時たくさん待たせてしまったから俺も時々鈴の家で待つ。と、合鍵をせがんだので渡したのを思い出した。



「青川くん…!来るなら言ってくれればよかったのに。」



青川くんは、ふっと笑いギターを手に取ると



「サプライズ!…鈴の部屋で作詞作曲したら面白そうって思って。今日は泊まらせて?」


そう言うとわざと可愛らしく微笑み両頬に人差し指を当てへらりとした。



「わかった、夜ご飯今から作るね。」



ありがとう。と青川くんは言うと、スッと顔を変え




『歌手の青川優』の顔になった。



ぼそぼそと歌ったり、うーんと悩んだりして、ギターでメロディを弾いたりしている青川くんを見つめながら、夕飯のカレーを作った。









「鈴、これ聴いて。」


私が夕飯を作り終わり盛り付けていると、おもむろにそう声をかけた。



私は頷き、青川くんの側に座った。




青川くんは、照れ笑いをし、ギターを弾き小さな声で歌い始めた。




『街に1つぽつんと 置いてある 空き缶を自分と重ねる

  君の手を繋ぎながら 道を歩く 寒がりな僕に温もりを

  くれる君に 愛しく寄り添いながら 君を見てるよ 

  離したくない 置いていかないで

 こんなにも愛しているから…



 朝の光にゆすられて 目覚める また街の冷たさに怯える僕

 君の寝顔に口づける 抱きしめる 抱きしめ返してくれる君を

 離したくはない 冷たい街の鼓動が 僕に聞こえる

 涙拭っておくれ 僕のそばにいて

 こんなに愛しているから…


  Wow…  Wow…


  離したくない 置いていかないで


  こんなにも愛しているから…  』



どうかな?と、青川くんは眼を伏せて恥ずかしそうに笑った。



私は、いつのまにか目に涙を溜めていた。



これは、青川くんの精一杯の心の叫びなんだ、と思うと

青川くんを抱きしめずにはいられなかった。


「素敵な歌だよ…!私も愛してる。言葉で上手くは言えないんだけれども、歌って愛を語れる素晴らしいものだね…。私はもっとあなたを知りたい。さっきよりも愛してる。」



青川くんは、感情的な私をまん丸な目で見た。


そのあと、お互い顔を見つめ吹き出した。




カレーがいつもより美味しかった。

愛しい人が傍に居るだけで何もかも美味しい。


こんな甘美な夢を見続けていいのだろうか。


私もそろそろだなとふっと笑った。彼も同じことを思っていたのかふっと笑った。



それから2人は、ベッドで温もりを分け合った。


等身大の自分の愛を持ち寄り、自分なりに愛しい人を包んだ。


痛い、苦しい、気持ちいい。どうでもよかった。


一緒に時間を共有している。今、愛しい人の目には自分の姿しか写っていない。


自分の与える刺激に涙目で応えてくれる。



自分のものにした感覚を忘れまいと、身体に傷をつくりあった。



彼が、背中に口付けを落とす。私は、彼からの刺激に悶える。


私が悶えるほど、彼は微笑んで無口になっていく。

余裕がなくなってゆくのがわかる。


私をひっくり返すと、胸元や首元にも口づけを落とす。


彼の汗が滴り落ちる。彼は、髪をかき上げ私をまた見つめる。


光る目を真っ直ぐには見られない。眼を伏せてしまう。


恥じらいが私を覆う。そんな私を見て彼は口角を上げた。


そして、唇に温かい熱を持った唇が、優しく触れる。


その優しさに涙が出そうになる。


愛しさが溢れてどうすればいいのかわからなくなる。


私も、彼の身体に口付けてみた。彼は、私に平気でしているくせに顔を赤くして目を手で覆った。


そして、私達の吐息は重なる。私は、何も考えられなくて

彼の背中にしがみついた。彼は、また前回のように私を心配した。


大丈夫?…大丈夫?


眉を寄せ苦しそうに息をしながら耳元でささやく。


私も余裕がなくて、詰まった声しか出すことが出来ない。


愛しい。ただ愛しい。題名のない愛だけれども、こんなに壮絶な愛を初めて知った。




休みの日、店からコーヒを飲みながら町並みを見つめている時、ふと恋人たちが目に入る。

色恋なんて楽しいのだろうか。…どうでもいい。本物の愛なんて信じれるものだろうか。ドキドキとは何?意味がわからない。油断しすぎだ。


そんなことを思っていた自分が馬鹿だなと今思った。


疲れは私の身体を襲い、ベッドの深層の深い誰にも手の届かないような所へ私は沈んでいくような気分だった。そう、まるで深海だった。


私が沈んでいく前に、彼が私の耳元でこうつぶやいた。






「愛してる。」
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