蘇生勇者と悠久の魔法使い

杏子餡

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リア族の地下帝国と嗜好の食材

第90話

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 周囲を壁に囲まれた東の町ラスタルは他の三つの町に比べると然程栄えてはいない。それは、北と南の町を結ぶルサ鉄道の路線はあるが、東に向かう路線が無く大きな国へと結ぶ移動手段が乏しいからだ。その理由は、この町からさらに東にあるミウ族の街ガルスまでの間に存在する広大な荒野、その地下に巨大な巣を数千年掛けて作り上げたリア族達が居るからだ。

 彼らは縄張り意識が非常に強く、荒野を無断で通ろうものなら、容赦無く襲い掛かる野蛮な種族である。しかも主食が人だと言うのだから、命知らずの冒険者以外通る者など殆どいなかった。

 そのラスタルの西の入り口前に転送されたイサム達は、大迷宮を囲む他の三つの町と明らかに違うこの町を見上げてイサムが声を漏らす。

「他の町とは何か違うな…何かから身を守るような壁だ」
「そうね…門番みたいなのも居るわ」
「まぁ恐らくは私達リア族からだろうな……だが昔はこんな壁などなかったはずじゃが…」
「そうですね…やはり何かあったのでしょうか?」

 入り口に近づくと槍を持った門番らしき男が話しかけてくる。

「見ていたぞ、転移魔法で現れた様だが冒険者には見えないな? 行商か何かだな」
「ああ、冒険者ではないがこの先の荒野を越えて【バレンルーガ】に向うつもりだ」

 それを聞いた門番が見下すように笑う。

「はっはっは! 荒野に何が居るか知っていてそんな事言ってるのか? 見た感じそれ程強そうには見えないがな!」
「なに? 私に言っているのか?」
「クルタナ様、気持ちを抑えて下さい。たかが門番の戯言です」
「おい女! 今なんと言った? たかが門番だと!」
「門番でなければ何ですか? 力で男が勝てると思っているならそれは大間違いですよ?」

 クルタナが門番の挑発に乗ったはずなのに、いつの間にかサヤが門番と一食触発の言い合いを始めた。どちらも武器に手をやり、抜刀はしていないがいつでも斬り合える様に身構えている。だがそれをすぐ様イサムが間に入り止める。

「おいおい!  ちょっと待った、俺らは喧嘩してる時間なんて無いんだ。悪かったな、ロロの大迷宮からの帰りで皆疲れているんだ」
「ふん、町の中で問題を起こせば直ぐに出て行ってもらうからな!」
「ああ、分かったよ」

 渋々道を明けてイサム達と町の中へと通す門番にエリュオンが舌を出しながら通り抜けていたが、相手も我慢してこれ以上何か言ってくる事は無かった。

「他の町に比べてあまり良い環境ではなさそうだな」
「そうじゃな、あの門番の卑猥な目を思い出すと腹が立つ」
「斬っても良かったんですが…」
「いや…サヤ、絡んでくる奴をその度に斬るのはあまり良い事じゃ無いと思うぞ」
「あっそうですね…どうやら私もこの世界に慣れ過ぎてしまった様です…」

 しょんぼりと肩を落とすサヤに、話を聞いたエリュオンが口を開く。

「良いじゃない、私も女を見下す男って大嫌い」
「僕もそう思う」
「妾もそれには賛成致しますわ」
「もちろん私もです!」

 イサムの仲間達は女性ばかりなので、こういう時には団結力が生まれ会話も盛り上がるらしい。

「まぁこの世界は強い女性も多いからな、見下す男なんてのは大概弱い奴だ。そんな奴等の挑発に乗って、こちらが不利になれば更に面倒な事になりかねない。今後は、なるべく俺が対応するからな。時間がかかるとイシュナ達を助けられなくなる」
「分かったわ」
「私も分かりました」

 町に入った一行は、食材探しの旅で各国を回った際の情報を酒場で得たとクルタナがイサムに伝える。そこで、まずは情報を得る為に酒場へと向う。といっても日中は軽食などを営んでいる店らしく、疎らながらも客が数人はいた。イサムはカウンターに向うとマスターらしき人に情報を求める。

「とりあえず仲間達に飲み物をくれ。それと教えて欲しい、ここから東に抜けてバレンルーガへ向おうと思う。それと、迷宮を囲む他の町と比べるとこの町は随分と違う感じがするな」

 イサムはそう言いながらマスターに情報量としてチップを渡す。映画などで見た知識だが、意外と通用するらしくマスターは普通に答えてくれた。

「東へ行くのはお勧めできないな、知っていると思うがリア族の巣が地下にある以上は、恐らくたどり着くまでにあいつらの腹の中さ…この町を囲む壁を見ただろう? 二年前に凶暴なリア族が現れてな、町の三分の一をそのリア族一体に壊滅させられた」

 その話を聞いてカウンターテーブルの椅子に座ったクルタナが勢いよく立ち上がる。

「なんじゃと! その話本当か!?」
「いちいち嘘をつく筈がないだろ? とにかくそれ以降この町はリア族の襲撃に備えて、町を壁で取り囲み二年前の悲劇を起こさない様にしているんだ」
「でも、町は魔法使いを刺激しない様に襲う事は無かったんじゃ? それに、どうやってそんな奴を倒したんだ?」
「突如現れた水色の髪の女性があっと言う間に倒してしまったよ。彼女が何処の誰かは分からなかったが、町の者達は本当に感謝している」

 カウンターの中で別のスタッフもウンウンと頷いている。ロロルーシェはイサムの世界に三年は居た為、救助出来なかったはずである。なので髪色が水色のノルかメルが助けに行ったのだろうと直ぐに気が付いた。

「それで、またリア族は来たのじゃろうか?」
「いや…あれが最初で最後だ、今の所はな。その為に壁を建てて、町の四方を警備しているんだ」
「警備ね…二年も来てないなら、気を抜くのも当たり前なのかもね…」
「ん?  入り口で何かあったのか?  まぁ大目に見てやってくれ、あんた等みたいな美人が沢山いりゃあ絡みたくもなるさ」
「えっ? そう? やっぱりほっとけないわよねぇ?」

 そう言いながらエリュオンはイサムをチラリと見る。

「はいはい、美人なのは分かってるよ。今はそれよりも情報だろ? それで何で一体だけだったんだろう、リア族は少ない種族じゃないだろ?」
「勿論じゃ、私が知る限りでも三百万は居たはずじゃ」

 それを聞いて仲間達も意気を飲み込む。そして目の前に居るマスターも同じく驚きを隠せ無い様だ。

「三百万ってのが本当なら、こんな壁なんてひとたまりも無いな。だが、現れたのは一体のみだ。思い出しても冷や汗が出る、あれは通常のリア族ではなかったな。まるで魔物の様な感じだった…」
「魔物…荒野で死んだリア族が魔物となり彷徨った挙句に町を襲ったのじゃろうか……」
「分かりませんね……それで町を襲ったと考えるのはちょっと無理があります……」
「そうなると誰かに仕組まれた可能性があるのではないでしょうか?」
「私もそう思います、我らリア族を魔物に落とし罪を擦り付けるような、そんな気がしてなりません」

 クルタナの後ろに立って待機しているガタとニトも、リア族としての誇りを汚された気がして腹が立っているようだ。

「ガタとニトもそう思うか……やはり早く母に会わねばならぬようじゃな…」
「そうだな、マスター情報をありがとう」
「そうか、命あっての物種だ荒野を抜けるのはお勧めしないからな。ああそれと、これはおまけで教えといてやろう。一月前にガルスから荒野を運よく越えた冒険者の話では、ミウ族の国も今大変らしいぞ。詳しい事は分からないが、物を売るには少々厳しいかもしれない」
「なるほど…分かった。頭に入れておくよ」

 そう言うとイサム達は酒場を後にして東の出口へと向う。また別の門番に止められるが、イサムが視界の隅に常時表示させていたマップに仲間の反応が映る。

「ん? 仲間が傍にいるな、壁沿いに進んだ先で動かないぞ。行ってみよう」

 また絡まれると面倒なので、早めに門番にチップを渡して町の外へ出たイサム達は、壁沿いの反応のある方向へと進んでいく。そしてその場所へと辿り着くが誰もいない。

「あれ? おかしいな、確かに反応はこの場所なんだが……?」

 イサムはそのまま歩いていくと見えない壁にぶつかる。触れると確かに硬くて大きな何かがそこにあった。その瞬間イサムが所持している銃が激しく振動してグリップに描かれている、自分の尾を食べる蛇の紋章が輝きだす。

「この見えない壁が仲間って事? それとイサムの胸元が光ってるけど、武器じゃない?」

 エリュオンが見えない壁を叩くとガンガンと、まるで鉄で出来た箱を叩いている様な音がする。

「あっ! ルルルが銃に反応するって言ってたな」

 銃をホルスターから抜くと、その見えない壁に近づける。するとその壁が徐々に姿を現した、それは人を乗せるには大き過ぎる位の車。ラリーなどではカミオンと呼ばれるトラックの事で、銃と同じ紋章が白い車体に描かれている。

「車かよ! てか誰が運転するんだ!? 俺…ペーパードライバーなんだけど……」
『ヘイボーイ! 待ちくたびれたよぅ!』
「ん? 誰だ? 姿が見えないのに声が聞こえたな? 車の中か?」

 突如男性の声が聞こえるが、その辺りを見渡しても誰も居ない。イサムは運転席を覗き込むが、そこにも居なかった。

『ヘイヘーイ! ここだーよ!』

 その大きな鉄の塊は、前輪を持ち上げ器用に体を曲げる様にお辞儀をする。イサム達は呆気に取られて言葉も出ない。

『ん? みんなどうしたんだい? 【マックス】の名前はマックスって言うんだ! これから宜しくね!』

 ブォンブォンとエンジンを吹かす様な音を上げ前輪を回転させる。

「えーっと、マックスだったな…一旦落ち着こう、まずは車体を曲げるのを止めようか…」
『りょうかーい!』

 ドシンと言う音と共にマックスは車体を元の状態に戻す。そしてゆっくりと深呼吸したイサムは尋ねる。

「マックス、ルルルが言ってた移動手段ってお前の事だよな?」
『もっちろんさー! ルルルレディからイサムボーイを運んでくれと頼まれたんだ!』
「そうか…それでマックスもコアなのか?」
『ノウノウ! マックスは最新の魔導AIさ! カッコいいだろー!』
「ああそうだな…カッコいいのは分かったが、この車って三人乗りだよな? 後ろにはタイヤとかが積んであるのをテレビで見た事があるぞ」

 イサムは昔、砂漠や荒野を走るレースをテレビで見た事があった。その凄い迫力に感動したが、それと同時に過酷な環境に必要な物資を荷台に積んで運んでいた記憶があった。しかし、それは全くの杞憂だった。

『はっはー! 確かに前には三人しか乗れないけど、後ろを覗いてくれよ!』

 マックスの言葉に従い、一同が一番後ろへ回り後ろの扉を開ける。その中には車体の大きさとは全く比例しない大きな部屋が存在していた。

「魔法で家の室内を大きくしてるのと同じ原理か! 凄いな!」
『そうさ! マックスは凄いのさ! さぁ乗ってくれよ! 冒険の始まりだ!』

 イサムと巣へのナビゲート要員にクルタナ、危険を察知する為にディオナが前方に乗り、他の仲間たちは取り合えず後ろに乗る事になった。軽快なマックスに周りは少し引いているが、その室内は快適で走行の振動を全く感じさせないままク、数時間が経ちクルタナが案内した巣への入り口まで難なく移動する事が出来た。この時はまだ、誰も入り口の先にある脅威に気が付いていなかった。
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