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呪われた多尾族と嘆きのセイレン
第105話
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イサム達がバーゲストの集団と戦っていた頃、タチュラは突然感じた空気の変化に足を止める。
「何でしょう…? 空気が震えてますわ…」
空気が震える、それは何かが始まる前触れ。遥か上空、エリュオンが向った場所で何かが起きている。そう感じたタチュラは、散開さえていた自身の分身達を一箇所へと集める。その後をゆっくりとついてくるスライム達は、お互いがお互いを引き寄せ合いながら、徐々に大きくなっていく。
ロロルーシェの魔法によってヒューマンに近い姿を得たが、その喜びも束の間で以前の姿に戻ってしまった。今は魔法が使えないと思ってはいるが、確認の為に大きくなったスライムの集合体に向けて糸を放ちながら魔法を唱えた。
「大きくなり過ぎですわ、切り刻めば小さくなるかしら! この【糸鋸】で! ……そうですか…やはり魔法はまだ使えない…と言う事ですわね。まったく、何しているのでしょうかあの子は…」
糸に魔素を注入し鋭利な刃物にする魔法を発動しようと試みたが、詠唱の掛け声が周囲に響いただけで何も起こる事は無く、スライムに向って飛んだ糸は力なく地面へと落ちる。溜息をつきかけ、そこから空へと徐々に目線を上げていくと、少し離れた上空から何やら黒い塊がゆっくりと落ちてくるのが見える。
「ん? 膜の外側から入ってきた様に見えましたが…まさかあの子…やられて無いでしょうね? あれだけ豪語して上へと向かったのに困ったものですわ」
二階建ての住居程の高さを、軽く超える大きさになりつつある液状の魔物達を分身に任せ、その真上を飛び越えながら黒い塊の方向へと足早に移動する。幸いに、そのスライム達は飛び越えるタチュラを無視して分身の後を追いかけ始めた。そして黒い塊の落ちたであろう場所に辿り着くと、怪しげで不快な声が聞こえる。
『くそガァ! くそ精霊ガァ!』
タチュラはゆっくりと体を縮め身を隠すと、声の主を確認する。
『なんじゃぁなんじゃぁ! 氷の精霊が居ると知っておれバ、その準備も出来たのに何故教えン!』
『……』
『ええイ! 役立たずのセイレン! 貴様なぞ使役したワァシが愚かじゃッタわイ!』
『……』
『だぁまれッ! だぁまれッ! こうなってはワァシも本気の本気をだぁさねバなるまイ! ワァシがあんな精霊に怖気づくとは! なぁに、たぁかが氷の精霊! 恐れる相手ではなイ! どのみちワァシの作り出したコの【魔封障壁】の中へ入れバ魔法は使えナイ!』
『……』
『ケひひっひ! 五月蝿いワ! 精霊の分際デ、戦いたくなイだと? ケヒヒヒヒヒッ! 馬鹿を言エ! 聞けばお前らは姉妹じゃろうテ、どちらかが消滅するまで戦エ! ワァシの言う事は絶対じゃァ!』
そこに居たのは醜悪な顔をしたゴブリンだった。両腕は凍り真上に上げているのが滑稽だが、地面に寝転び一人で足をバタつかせ、大声で空へ向って叫んでいる。誰かとの念話に集中しているのだろう、傍で身を隠すタチュラに一切気が付いて無い様だ。
(氷の精霊って事はユキですわね…魔封障壁? まさかこいつがこの紫色の障壁を作った張本人! ならこいつを殺せば魔法が使えるのかもしれないですわ!? でもその前に…)
気配を殺し声に耳を傾けていたタチュラは、すぐさまゴブリンに向けて糸を放ち身動きが取れない様に巻き付ける。
『ギィィ!? ダァレだ! グギギうっ動けん!』
「話は聞かせて貰いましたわ。魔法を封じる障壁を解除するか、それとも死ぬか選びなさい」
凍りついた両腕も足も全てを巻きつけ、目と口のみ開放する。ゴブリンサモナーはいきなり拘束された事に焦りを感じたが、それ以上に驚きの声を上げた。
『きっ貴様ハ【白モク族】! あり得ン絶滅したはずじゃっ! 何故コンナ場所にッィィィ!』
拘束している糸が軋むほどゴブリンサモナーの体に食い込む。タチュラは何故か聞き覚えのあるその言葉に、無意識で糸の巻きつける力を強くする。
「白モク族? くっ! 何!? 妾の事を何か知っているの?」
『知らン知らン! それよりもさっさとこの糸を外せェィィィ!』
白モク族と言う名を聞いた瞬間、タチュラは激しい頭痛に襲われる。だが糸への意識ををしっかりと保とうと頭を振り、ゴブリンが逃げない様に更に糸で固定する。
『アギィ!』
「しっ質問しているのは妾ですわ、話さないのならこれで終わり」
徐々に糸を強く締め付けていく、その締め付けが脅しではない事を即座に感じたゴブリンは、大げさに焦りながら懇願する。
『まグヒィ! イヤイヤ、待て待て待て待テ! 思い出しタ! 詳しく話すかラ少し糸を緩めてくレ…まずはワァシの目を見ろ!』
「目を? それは何故ですか? くっ!」
突然ゴブリンの目が妖しく光り輝き、目を逸らす事が出来ずに凝視してしまう。
『ギヒヒヒヒ! 見たナ! さぁ哀れな白モク族の生き残りヨ、さっさとこの煩わしい糸を外セ!』
急に大きな態度でタチュラに命令をするゴブリンサモナーは、目をギョロリと動かしながらモゾモゾと体をくねらせる。タチュラはボーっとしながら糸を外そうとはしない。
『何をしている馬鹿ガ! さっさと外せと言っているだろウ!』
「馬鹿? いきなり態度が変わりましたね、目が光っただけで何を強気になっているのですか?」
更に糸の締め付けを強くなり、骨の軋む音が聞こえ始めて徐々に大きくなっていく。
『イギヒィィ! 何故だ! 何故【夢見(ゆめみ)の瞳】が効かなイ! 貴様も仮初の命を持つ者カ!?』
「それがどうしたのです、それにユメミノヒトミ? 夢を見させる瞳と言う事ですか? まさかナイトメア…?」
『ギッギギギ! 何故その精霊の名を知ってル!』
これ以上糸を締め付ければ、このゴブリンの体は微塵に千切れるだろう。それを絶妙な力加減で痛みだけを与え続けているタチュラだったが、小さく治まりつつある頭痛と共に、今まで思い出す事の無かった昔の記憶が微かに頭の中を過ぎる。
『グヒッ!』
「もう一度言います、全て答えなさい。貴方が助かる選択肢はこれ一択ですわ」
『ギ…わっわガッタ…いう…言うがら…』
少しだけ糸を緩めると、一回り大きく姿を変え鋭く尖った前足をそっとゴブリンの頭へ添える。
「次に嘘をつけば即殺しますわ」
『観念スル…正直に話すと約束しよウ…』
ゴブリンサモナーは観念したのか、淡々とこの国を崩壊させた事、ナイトメアの事、そして白モク族の事を話した。
『これがワァシの知ってる全てじゃワイ…早く開放してくレ。さっさとこの国を離れると約束もしよウ』
「なるほど…つまりこの国の人達を殺して、その魔素で障壁を作ったわけですか…それでその方法を知っていたのは精霊ナイトメア…」
『ああ、そうじゃ…ワァシらが住んでおる島に今から千年以上前に現れて、何やら使役したい者を追いかけて来たとか言っておったガ、未だそれが成されたとは聞いておらン…』
「島ですか…、その島はゴブリン達以外の種族は居ないのですか?」
『あとはヒューマン共が数ヶ所に小さな村ヲ作って住んで居るガ、ありゃぁワァシらの餌みたいなものジャからな、それと奴隷オーガがちらほら居るナ』
「奴隷と…餌…ですか…」
ナイトメアが追い掛けている者とは、イサムが夢の中で見たという竜族の事だろうとタチュラは直ぐに理解した。ただその話の中には、ゴブリンもオーガもましてや白モク族など一言も無かった。同じ場所かどうか断定は出来ないので期待出来ないと話を変えた。
「それで、さっき貴方が念話していた相手…セイレンですわね? 貴方に膝をつくとは到底思えませんわ、恐らく先程の【夢見(ゆめみ)の瞳】でしたっけ? あれで使役してるのですか?」
『よぉく分かったナ、あの技は相手を催眠状態にし使役する技…じゃぁガ、お主の様な仮の命を持つ者には効かン』
「その割には言う事を聞いていないようでしたわね」
『そうなんじゃぁヨ…彼奴の力も強大ゆえに完全に使役できる事は難しイ…ジヴァの姉妹とは、ゲッヒヒッいやはや納得がいく』
「ただ…疑問があるのですが、本当にナイトメアが教えたのですか? 精霊がそう容易く自身の技を教えるとは思えませんわ」
『…教えては貰っておらン…ワァシの能力じゃわイ…。ワァシは見たり受けたりした相手の技を真似出来ルスキルを持っておるからノ…ナイトメアがあの島に来た時に、島に住む者全てに催眠をかけたんじゃ。ワァシも勿論その技で一時魅了されて居ったガ、このスキルのお蔭で完全には操る事が出来なかったラしいナ』
「あら、自分の手の内を簡単に明かすなんてまだ何か策があるのですか?」
薄ら笑みを浮かべて笑うゴブリンサマナーだったが、未だ解放しないタチュラに対して苛立ちを隠せなくなってきていた。
『五月蝿いわイ…さっさと解放されたいだけじャ! ナイトメアの居るあの島から逃げ出し、ようやく自由になったと思えばこれじゃ…いつになったらお主はこの糸を外してくれるのか? ワァシは嘘偽り無く話した、約束は守るべきじゃないのカ?』
「そうですわね、ですがまだ白モク族について結論がでておりませんもの。貴方が話したのは、大昔に同じ島に暮らしていた者達と言う事だけ。今はゴブリンと奴隷のオーガ、餌のヒューマンしか居ない島…では何故、白モク族は居なくなったのですか?」
『知らん、白モク族は同じ島にいた事は記憶しとるガ、いつの間にか絶滅して居なくなったんジャ』
巻き付けている糸が徐々に強くゴブリンを締め付けていく。
『まぁテまぁテ! 正直に話したダロウ!? それ以外は知らン!』
「嘘をつきなさい!」
『ギヘッッ!』
死なない様にと手加減して巻きつけていた糸に力が入り、ゴブリンの両足が砕かれる音が聞こえる。
『ギヒィィィ! 白モクの分際で貴様ァァァ!』
「黙れゴブリン族! 妾の…妾達の住処を奪い去り…一族を滅亡に追い込んだ恨み! 今ここで晴らしてやろう!」
『やはり生き残リだったのカ! あの混合種を操れなかった時点でこの国を離れる出来じゃッタァァ!』
「死ね! 死ね! 死ね!」
『ギャフッ』
その言葉を最後にタチュラとゴブリンが会話する事は無く、振り下ろされた前足は頭を潰し瞬きを数回する程の短い時間を終えると、赤黒い血飛沫を全身に浴び染まった白い髪の女性だけがその場所には立っていた。
「何故忘れていたのか…これ程の怒り、これ程の悲しみ…!」
人の姿へと形を変えたタチュラは、所々に亀裂が入り光が差し始めつつある紫色の膜を見上げ、大粒の涙を流す。ただこの国へ来た時には無かったはずの角の様なモノが額には生えている。
「ゴブリン共め! 絶対に許さない、妾の愛しい人達を奪ったあいつ等を許さない! 全て殺してやる!」
人の姿になった事で具現化された服の袖で、タチュラは涙を拭き取り周囲を見渡せる高い場所へと登る。スライム達が居た場所へ目をやると、只の糸へと姿を変えて消えていく分身にゴブリンサモナーによって使役されていたそのスライム達も次々と形を維持出来なくなり崩れ始めていた。
「戻らないと…」
建物から飛び降りたタチュラはそのまま駆け出し、誰も居ない街の中へと消えていった。
「何でしょう…? 空気が震えてますわ…」
空気が震える、それは何かが始まる前触れ。遥か上空、エリュオンが向った場所で何かが起きている。そう感じたタチュラは、散開さえていた自身の分身達を一箇所へと集める。その後をゆっくりとついてくるスライム達は、お互いがお互いを引き寄せ合いながら、徐々に大きくなっていく。
ロロルーシェの魔法によってヒューマンに近い姿を得たが、その喜びも束の間で以前の姿に戻ってしまった。今は魔法が使えないと思ってはいるが、確認の為に大きくなったスライムの集合体に向けて糸を放ちながら魔法を唱えた。
「大きくなり過ぎですわ、切り刻めば小さくなるかしら! この【糸鋸】で! ……そうですか…やはり魔法はまだ使えない…と言う事ですわね。まったく、何しているのでしょうかあの子は…」
糸に魔素を注入し鋭利な刃物にする魔法を発動しようと試みたが、詠唱の掛け声が周囲に響いただけで何も起こる事は無く、スライムに向って飛んだ糸は力なく地面へと落ちる。溜息をつきかけ、そこから空へと徐々に目線を上げていくと、少し離れた上空から何やら黒い塊がゆっくりと落ちてくるのが見える。
「ん? 膜の外側から入ってきた様に見えましたが…まさかあの子…やられて無いでしょうね? あれだけ豪語して上へと向かったのに困ったものですわ」
二階建ての住居程の高さを、軽く超える大きさになりつつある液状の魔物達を分身に任せ、その真上を飛び越えながら黒い塊の方向へと足早に移動する。幸いに、そのスライム達は飛び越えるタチュラを無視して分身の後を追いかけ始めた。そして黒い塊の落ちたであろう場所に辿り着くと、怪しげで不快な声が聞こえる。
『くそガァ! くそ精霊ガァ!』
タチュラはゆっくりと体を縮め身を隠すと、声の主を確認する。
『なんじゃぁなんじゃぁ! 氷の精霊が居ると知っておれバ、その準備も出来たのに何故教えン!』
『……』
『ええイ! 役立たずのセイレン! 貴様なぞ使役したワァシが愚かじゃッタわイ!』
『……』
『だぁまれッ! だぁまれッ! こうなってはワァシも本気の本気をだぁさねバなるまイ! ワァシがあんな精霊に怖気づくとは! なぁに、たぁかが氷の精霊! 恐れる相手ではなイ! どのみちワァシの作り出したコの【魔封障壁】の中へ入れバ魔法は使えナイ!』
『……』
『ケひひっひ! 五月蝿いワ! 精霊の分際デ、戦いたくなイだと? ケヒヒヒヒヒッ! 馬鹿を言エ! 聞けばお前らは姉妹じゃろうテ、どちらかが消滅するまで戦エ! ワァシの言う事は絶対じゃァ!』
そこに居たのは醜悪な顔をしたゴブリンだった。両腕は凍り真上に上げているのが滑稽だが、地面に寝転び一人で足をバタつかせ、大声で空へ向って叫んでいる。誰かとの念話に集中しているのだろう、傍で身を隠すタチュラに一切気が付いて無い様だ。
(氷の精霊って事はユキですわね…魔封障壁? まさかこいつがこの紫色の障壁を作った張本人! ならこいつを殺せば魔法が使えるのかもしれないですわ!? でもその前に…)
気配を殺し声に耳を傾けていたタチュラは、すぐさまゴブリンに向けて糸を放ち身動きが取れない様に巻き付ける。
『ギィィ!? ダァレだ! グギギうっ動けん!』
「話は聞かせて貰いましたわ。魔法を封じる障壁を解除するか、それとも死ぬか選びなさい」
凍りついた両腕も足も全てを巻きつけ、目と口のみ開放する。ゴブリンサモナーはいきなり拘束された事に焦りを感じたが、それ以上に驚きの声を上げた。
『きっ貴様ハ【白モク族】! あり得ン絶滅したはずじゃっ! 何故コンナ場所にッィィィ!』
拘束している糸が軋むほどゴブリンサモナーの体に食い込む。タチュラは何故か聞き覚えのあるその言葉に、無意識で糸の巻きつける力を強くする。
「白モク族? くっ! 何!? 妾の事を何か知っているの?」
『知らン知らン! それよりもさっさとこの糸を外せェィィィ!』
白モク族と言う名を聞いた瞬間、タチュラは激しい頭痛に襲われる。だが糸への意識ををしっかりと保とうと頭を振り、ゴブリンが逃げない様に更に糸で固定する。
『アギィ!』
「しっ質問しているのは妾ですわ、話さないのならこれで終わり」
徐々に糸を強く締め付けていく、その締め付けが脅しではない事を即座に感じたゴブリンは、大げさに焦りながら懇願する。
『まグヒィ! イヤイヤ、待て待て待て待テ! 思い出しタ! 詳しく話すかラ少し糸を緩めてくレ…まずはワァシの目を見ろ!』
「目を? それは何故ですか? くっ!」
突然ゴブリンの目が妖しく光り輝き、目を逸らす事が出来ずに凝視してしまう。
『ギヒヒヒヒ! 見たナ! さぁ哀れな白モク族の生き残りヨ、さっさとこの煩わしい糸を外セ!』
急に大きな態度でタチュラに命令をするゴブリンサモナーは、目をギョロリと動かしながらモゾモゾと体をくねらせる。タチュラはボーっとしながら糸を外そうとはしない。
『何をしている馬鹿ガ! さっさと外せと言っているだろウ!』
「馬鹿? いきなり態度が変わりましたね、目が光っただけで何を強気になっているのですか?」
更に糸の締め付けを強くなり、骨の軋む音が聞こえ始めて徐々に大きくなっていく。
『イギヒィィ! 何故だ! 何故【夢見(ゆめみ)の瞳】が効かなイ! 貴様も仮初の命を持つ者カ!?』
「それがどうしたのです、それにユメミノヒトミ? 夢を見させる瞳と言う事ですか? まさかナイトメア…?」
『ギッギギギ! 何故その精霊の名を知ってル!』
これ以上糸を締め付ければ、このゴブリンの体は微塵に千切れるだろう。それを絶妙な力加減で痛みだけを与え続けているタチュラだったが、小さく治まりつつある頭痛と共に、今まで思い出す事の無かった昔の記憶が微かに頭の中を過ぎる。
『グヒッ!』
「もう一度言います、全て答えなさい。貴方が助かる選択肢はこれ一択ですわ」
『ギ…わっわガッタ…いう…言うがら…』
少しだけ糸を緩めると、一回り大きく姿を変え鋭く尖った前足をそっとゴブリンの頭へ添える。
「次に嘘をつけば即殺しますわ」
『観念スル…正直に話すと約束しよウ…』
ゴブリンサモナーは観念したのか、淡々とこの国を崩壊させた事、ナイトメアの事、そして白モク族の事を話した。
『これがワァシの知ってる全てじゃワイ…早く開放してくレ。さっさとこの国を離れると約束もしよウ』
「なるほど…つまりこの国の人達を殺して、その魔素で障壁を作ったわけですか…それでその方法を知っていたのは精霊ナイトメア…」
『ああ、そうじゃ…ワァシらが住んでおる島に今から千年以上前に現れて、何やら使役したい者を追いかけて来たとか言っておったガ、未だそれが成されたとは聞いておらン…』
「島ですか…、その島はゴブリン達以外の種族は居ないのですか?」
『あとはヒューマン共が数ヶ所に小さな村ヲ作って住んで居るガ、ありゃぁワァシらの餌みたいなものジャからな、それと奴隷オーガがちらほら居るナ』
「奴隷と…餌…ですか…」
ナイトメアが追い掛けている者とは、イサムが夢の中で見たという竜族の事だろうとタチュラは直ぐに理解した。ただその話の中には、ゴブリンもオーガもましてや白モク族など一言も無かった。同じ場所かどうか断定は出来ないので期待出来ないと話を変えた。
「それで、さっき貴方が念話していた相手…セイレンですわね? 貴方に膝をつくとは到底思えませんわ、恐らく先程の【夢見(ゆめみ)の瞳】でしたっけ? あれで使役してるのですか?」
『よぉく分かったナ、あの技は相手を催眠状態にし使役する技…じゃぁガ、お主の様な仮の命を持つ者には効かン』
「その割には言う事を聞いていないようでしたわね」
『そうなんじゃぁヨ…彼奴の力も強大ゆえに完全に使役できる事は難しイ…ジヴァの姉妹とは、ゲッヒヒッいやはや納得がいく』
「ただ…疑問があるのですが、本当にナイトメアが教えたのですか? 精霊がそう容易く自身の技を教えるとは思えませんわ」
『…教えては貰っておらン…ワァシの能力じゃわイ…。ワァシは見たり受けたりした相手の技を真似出来ルスキルを持っておるからノ…ナイトメアがあの島に来た時に、島に住む者全てに催眠をかけたんじゃ。ワァシも勿論その技で一時魅了されて居ったガ、このスキルのお蔭で完全には操る事が出来なかったラしいナ』
「あら、自分の手の内を簡単に明かすなんてまだ何か策があるのですか?」
薄ら笑みを浮かべて笑うゴブリンサマナーだったが、未だ解放しないタチュラに対して苛立ちを隠せなくなってきていた。
『五月蝿いわイ…さっさと解放されたいだけじャ! ナイトメアの居るあの島から逃げ出し、ようやく自由になったと思えばこれじゃ…いつになったらお主はこの糸を外してくれるのか? ワァシは嘘偽り無く話した、約束は守るべきじゃないのカ?』
「そうですわね、ですがまだ白モク族について結論がでておりませんもの。貴方が話したのは、大昔に同じ島に暮らしていた者達と言う事だけ。今はゴブリンと奴隷のオーガ、餌のヒューマンしか居ない島…では何故、白モク族は居なくなったのですか?」
『知らん、白モク族は同じ島にいた事は記憶しとるガ、いつの間にか絶滅して居なくなったんジャ』
巻き付けている糸が徐々に強くゴブリンを締め付けていく。
『まぁテまぁテ! 正直に話したダロウ!? それ以外は知らン!』
「嘘をつきなさい!」
『ギヘッッ!』
死なない様にと手加減して巻きつけていた糸に力が入り、ゴブリンの両足が砕かれる音が聞こえる。
『ギヒィィィ! 白モクの分際で貴様ァァァ!』
「黙れゴブリン族! 妾の…妾達の住処を奪い去り…一族を滅亡に追い込んだ恨み! 今ここで晴らしてやろう!」
『やはり生き残リだったのカ! あの混合種を操れなかった時点でこの国を離れる出来じゃッタァァ!』
「死ね! 死ね! 死ね!」
『ギャフッ』
その言葉を最後にタチュラとゴブリンが会話する事は無く、振り下ろされた前足は頭を潰し瞬きを数回する程の短い時間を終えると、赤黒い血飛沫を全身に浴び染まった白い髪の女性だけがその場所には立っていた。
「何故忘れていたのか…これ程の怒り、これ程の悲しみ…!」
人の姿へと形を変えたタチュラは、所々に亀裂が入り光が差し始めつつある紫色の膜を見上げ、大粒の涙を流す。ただこの国へ来た時には無かったはずの角の様なモノが額には生えている。
「ゴブリン共め! 絶対に許さない、妾の愛しい人達を奪ったあいつ等を許さない! 全て殺してやる!」
人の姿になった事で具現化された服の袖で、タチュラは涙を拭き取り周囲を見渡せる高い場所へと登る。スライム達が居た場所へ目をやると、只の糸へと姿を変えて消えていく分身にゴブリンサモナーによって使役されていたそのスライム達も次々と形を維持出来なくなり崩れ始めていた。
「戻らないと…」
建物から飛び降りたタチュラはそのまま駆け出し、誰も居ない街の中へと消えていった。
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