蘇生勇者と悠久の魔法使い

杏子餡

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呪われた多尾族と嘆きのセイレン

第106話

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  大好きなお風呂に微炭酸の入浴剤を入れるとこんな感じだった、しゅわしゅわと心地の良い音が耳元で聞こえ程よく全身に刺激を与えてくれる。

「やべぇ…」

  ネルタクとディアナを一瞬で溶かした強酸性のスライムに、勢い任せで挑発したイサムは簡単にその敵の体内へと取り込まれていた。唯一抵抗出来たのは風呂桶を自身の頭に被せた事位だったが、スライムはそれに触れたくないのか風呂桶の周辺だけ小さい空間が出来ている。

「んぎぎぎぎぎ! 全然動けない! マジでやばい!」

 頭に乗せた風呂桶のおかげで顔だけは動くが、それ以外は指先すら動かせず完全に硬直していた。一方、目の前に居た動く存在を体内に取り込んだスライムは、捕食して満足したのかゆっくりと動き始める。

「ぐふぅぅ! こんにゃろぅ! そう簡単に俺を溶かせると思うなよ。お前なんかすぐに倒して…!」

 と言いつつも全く動けないイサムは、ゆっくり進み出すスライムに身を任せるしかなく、透明な体を通して外の風景がゆっくり変わり始める。そんな中、不意に視線を空へと向けると上空からゆっくり落ちてくる大きな塊に気が付く。

「ん? んん!? おいおいおいおい…あの大量の巨大な氷の塊って…ユキか!? 何やってんだよ!」

 国全体の魔法を無効化していた巨大な紫色の膜を、轟音と共に押し込みながら現れたのは空を埋め尽くす程に大きな氷の塊だった、しかもその数は一つや二つではない。

「はぁ…アイツ、この国ごと押しつぶす気かよ!」

 イサムはユキに急いで念話を行おうとするが、その巨大な氷の隙間からこちらへ向ってくる何かに気が付き目を凝らす。

「あれ…は…? こっちに近付いて来てる…のか…?」

 透き通る氷が降り注ぐ空の光を受けて輝く何か。イサムを取り込むスライムに徐々に近付いてくる赤く揺らめく塊、それは真っ直ぐと狙い済ましたかのようにスライムとイサムの元へ襲い掛かって来る。

「炎? の…塊!? 斬撃だ! 助かった! エリュオンだ!」

 空を覆う紫色の膜が無くなって行くのと同時に魔法が使える様になった、それはエリュオンとユキがその原因を取り除いたからだとイサムでも分かる。

「ふう、俺のピンチに気が付いたんだな…ん? じゃぁ何でユキは氷の塊落として来るんだ?  まぁここからが出たらエリュオンに聞けば良いか」

 ホッとスライムの中で一息つきながら空を見上げ、顔を下ろした瞬間にもう一度落ちて来る炎を見返す。

「……なんか斬撃多くないか?」

 見上げる度に頭に乗せている風呂桶がズレ落ちそうになるのを堪えながら、必死にスライムから脱出を図ろうと手足を動かす、そんな事はお構いなくと眼上の先に二つ三つと増え斬撃が続けていく。

「いやいやいや、あぁ…そうだ、当たっても大丈夫なのは分かってる! でも! 今喰らうと風呂桶が! ぎゃぁぁぁ!」

 間髪入れる事無く激しい衝撃がイサム達を襲う、避ける事無く燃え上がったスライムは一気に蒸発、そしてイサムの予想通り頭からズレ落ちた風呂桶も目の前で蒸発する。

「風呂桶が! 俺の風呂桶が溶けた! マジかよ! 溶けるとか無いわ!」

 一度めの斬撃で跡形も無く消えていくスライムと焦げた匂いのみを残して消えた風呂桶、そしてその次に降り続く斬撃をイサムだけが喰らい続ける。複数回地面に叩きつけられた所でゆっくりとエリュオンが空から降りてくる。

「何やってんのよイサム!」

 うつ伏せに倒れているイサムに話しかけるエリュオンだったが、少しだけいつもの元気が無い。

「俺の風呂桶がぁ…エリュオン…もう少し優しく助けてくれよぉ」
「馬鹿言ってないでさっさと立ちなさいよ、他二人もやられたみたいね」

 渋々立ち上がるイサムだったが、エリュオンの声に元気が無かった理由が直ぐに分かる。

「他の二人も? おいエリュオン! 腕どうしたんだ! 片腕が無いぞ!」
「うるさいわねぇ…分かってるわよ! 暫くコアに戻るから、上に居るユキを貴方が何とかしてよね…」

 口調はいつもと変わらない、だが滲み出ている汗がその痛みを表している。肩口から綺麗に切断されたその腕は、血が噴き出す前に一瞬で固められたようだった。

「ユキが止血したのか…かなり痛そうだな…」
「そうよ…とにかくイサムがあの精霊の主なんだから大人しくさせて…じゃぁしばらく眠るわ…フレイムタンは置いておくわね…」

 言い終わると直ぐにフレイムタンを地面に突き刺しエリュオンは光の粒へと変わる。コアに戻されるのを嫌う彼女が自分自身でコアに戻る、それは余程の事があったのだろうとイサムは何も言わずに体の中へ光が消えて行くのを待った。

「さて、エリュオンの言うとおり本人に直接聞いてみるか…」

 突き刺した剣の柄に肘を置き、空へと視線を上げユキに念話を送ろうとした。

「おい! ユッッ!」

 突然イサムが吹き飛ぶ、周囲の街路樹をなぎ倒しながら瓦礫と化した建物を突き破った所でようやく止まる。何が起こったか分からないイサムは、瓦礫を押し広げながら景色が見える場所へ出てくる。だが間髪居れずに背後から倒され、次ぎはうつ伏せのまま手足を押さえつけられる。

「ぐはっ! 誰ださっきから! 俺を吹き飛ばしたのもお前だな! さっさと離せ!」

 顔を見る事は出来ない、だが体に何かが乗り頭両腕両足を、しっかりと押さえつけられている。

『…誰? それはこっちが聞きたい、ここで何してる? 何故死なない?』

 聞こえる声は幼い、だが今までと同様に暗く冷く体へ圧し掛かるその声は、姿を見なくても闇の魔物だと分かる。

「殺す気で吹き飛ばしたってのは知ってるよ…お前だなこの国をこんなにしたのは? 押さえつけてないでさっさと離せ」
『…お前じゃない。この国を壊したのはゴブリン、【スキラ】はただ見てただけ…ふふ…』

 笑い声と同時に押さえつける力は強くなる、だがそれでも平然としている相手にスキラと名乗る闇の魔物は、押さえつけてながら頭を掴み上へと持ち上げる。

「見てただけ? ふざけるなよ、この国にどれくらいの人が居たのかは分からないが、命を何だと思ってるんだ!」
『…偉そうに』

 魔法が使える様になった為、両手に蘇生魔法を発動し裏拳をする形でスキラへ攻撃を試みる。その瞬間にイサムの視界はまたブレて瓦礫へと突っ込む、それでも必死に体勢を持ち上げてスキラを視界に入れる。

『…気持ちの悪い攻撃をする奴…』
「やっぱり当たらない…か…ん? ん?」

 目線の先に居たのは蒼いワンピースを着たヒューマンの女性だった、しかし良く見ると何かおかしい。表情の無いその顔は作り物の人形にも見える。そしてイサムの予想通り蒼いワンピースのスカート部分に切れ目が複数入り徐々に広がり始め、前髪を綺麗に切り揃えた美人だと思うその顔は、顔面の皮を後ろに引っ張られ凝視できない程に醜くつり上がって伸びていく。

「こわっ! ホラーじゃねぇか!」

 イサムの声など無視して姿は変わり続ける。蒼いフードに見立た外套膜(がいとうまく)は上半身を覆い、全身に黒い縁取りの黄色い模様、足が八本ある軟体動物に似たミウ族に変貌する。顔は隠れて見えないが、両腕に装備している水色の篭手は、まるで水を封じ込めた様に絶え間無く篭手の中を流れている。

「成程な…擬態って事か…? 豹柄とかあれか…いかにも毒ありますみたいな…」

 生物でカラフルな奴は危険、そんなテレビ番組を見た事がある。まさに今対峙しているスキラもそれに当てはまるだろう、テレビで見た危険生物【ヒョウモンダコ】と似た姿とその模様から、毒々しさが滲み出ている。

『…この姿を見た。殺す』
「ミウ族か…自分の仲間達がいる国を見捨ててゴブリンに力を貸したのか?」
『…仲間?』

 仲間と言う言葉に周辺の空気が少し振るえる。身構えるイサムだが、すっかり忘れていた上空の巨大氷同士がぶつかり大きな音が響きわたる。

「やっべっ! ユキの事すっかり忘れてた…! おい! スキラだったな、どうするんだ? 上の氷が落ちてきたらこの辺りも危ないんじゃないか?」
『…どうもしない。セイレンが決める事…それに寧ろその方が良い』

 ボソっと声を発しただけで焦った素振り等を見せ事はない。イサムも目線を逸らせば攻撃されると分かっているので何も出来ずに相手の出方を待っている。そんな中、突如大きな揺れを地面から感じる。

「ん? 地震か?」

 イサムが感じる振動は収まる事無く徐々に強くなり始める、周辺を流れる水路やミウ族が海へ行き来する為に作られた綺麗な池の水も波打ち始め、空へ次々と噴き出し始める。

「うわっ何だ? 水が!?」

 イサムが驚き噴き出す水へ視線を向ける、その瞬間をスキラが見逃す筈も無く一瞬でその間合いを詰める。

「しまっ…!」
『…遅い』

 腕から手まで全て覆う綺麗な篭手、まるで水で作られたと見間違う程に透き通る青い拳が、イサムの顔面を直撃する。

「がふっ!!」

 斜めに回転した後、地面を削りながら吹き飛ばされたイサムは、自身が巻き上げた砂埃の中へと消えていく。

『…こいつ弱い。お前の警戒は必要なさそう』

 イサムではない誰かに話すスキラ、その言葉が合図だったのか水柱の様に噴き出し続けているその水が一際大きく膨れ上がり、そのまま量を増やし続けながら空から落ちてくる巨大な氷塊に直撃する。轟音と氷の軋む音がぶつかり、驚く事にその巨大な氷塊が空中で静止する。そしてイサムが飛ばされた方向に巻き上がった砂埃も消えかけ始めたが、その中に人影が見える。

『…随分頑丈な奴』

 スキラがもう一度身構えるが、そこから現れた男は涙を流し、鼻水を垂らし、有り得ない程に号泣していた。イサムの涙を見て呆気に取られるスキラが呟く。

『……泣いて怖気づいても遅い、この姿を見た奴等は形が崩れるまで殴り殺す…』
「ぐすっぞっぞんなんじゃない! ズギラ…! おまえ゛……お前…オエェェェ」

 泣き過ぎて嗚咽するイサムを見て鼻で笑うスキラだったが、イサムの一言でフードに隠れて見えない表情が変わる。

「酷すぎる! こんな酷い事を゛! お前がこの国を恨む理由が分がった!」
『…っ! 何お前…!? 何も知らないくせに!』
「ぐすっ…この世界には混合種が生まれないんだろ? なんでこんなに酷い目に!」
『…殺す』

 攻撃を喰らった瞬間、イサムの中にスキラの過去の記憶が流れ込んできた。それはイサムがコアを所有する者だからなのか、それとも彼の持つ能力なのかは分からない。だが、スキラの経験した苦しみや悲しみがイサムに流れ込んで来る。しかし自分の過去しかも思い出したくない過去を、嘘か本当か知られたスキラは激しい怒りが込み上げてくる。そして涙で視界が遮られているイサム目掛けて飛び上がり拳を振り下ろすと、止める事無く殴り始めた。
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