蘇生勇者と悠久の魔法使い

杏子餡

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雪の大地と氷の剣士

第56話

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 六百年前のイフリ山で起こった大災害で、一つの都が地図から消えた。突如活動を始めた精霊イフリトの体から溢れる溶岩によりその街は沈んだと言われている。その亡くなった数千人の中で生き残った…いや、闇として生かされた者が三人いる事は誰も知らない。
 
 その三人とは、闇に騙されて自身の欲望のままに行動した青年メテラス。その青年からの求愛を断り自分の夢を叶えたかった少女エリュオリナ。そして、メテラスとエリュオリナと共に育った義兄弟のネルタクである。



「メテラス兄様! エリュオリナ! どこに居るの!」

 突然噴火したイフリ山から流れ出る溶岩から都を守る為に、大きく展開された防御魔法障壁。しかしそれにより障壁の上を這う様に溶岩が広がり、結果として都を覆い尽くして巨大なドーム状の空間が出来上がる。

「この臭い…硫黄ガスが充満しているの…? 温度も上昇している…このままじゃ都の人達が死んでしまう!」

 実の兄であるメテラスと幼馴染のエリュオリナが心配で家まで行ったが、姿が見えないと他の家族も心配していた。溶岩に覆われていく空を見ながら、混乱する人達を必死で掻き分け探したが結局見つからなかった。

「母様…やはりエリュオリナとメテラス兄様は、何処にも見当たりません!」

 自宅に戻ったネルタクがエリュオリナの実の母親にそう言うと、彼女を抱きしめて安心させようとする。

「大丈夫ですよ、この混乱に人も多く乱れています。そのうち帰ってきますよ」
「そうだと良いのですが…この薄い空気と暑さの中で、ずっと外に居たら体がおかしくなりそうです」

 明らかに温度の上がったその都では、既にぐったりとして地に座っている者も多い。

「僕たちは、ここで死ぬんでしょうか?」

 突如そう言う我が子同然に育てたネルタクに言われて、エリュオリナの母親は頭を撫でながら優しい笑顔を見せる。

「もしそうだとしても、私達はこの山と都の中で精一杯生きたと胸を張らなければなりません」
「怖いです…母様!」
「大丈夫…母もあなたとずっと一緒ですよ」

 ネルタクをより一層抱きしめる母の温もりを感じながら、涙を堪える。そこへこの都の長、ネルタクの実の父親が尋ねて来る。

「良かった、お前達も無事だったか。どうやらメテラスとエリュオリナの姿が見えないらしくてな。ここかと思ったのだが、違うみたいだな」
「僕も探したんですが、見当たらなくて…」
「そうか…無事ならいいのだが…」
「それよりも長、この事態を打開することは出来ないのですか?」

 メテラスの父、この都の長は首を振り無言のまま答える。

「そんな…死ぬのを待つばかりなんて…」

 育ての母の涙がネルタクの頬に当たる。それが当たり前であろう、いくら死を覚悟していると言っても本当に死ぬ時は誰だって怖い。

「母様……」
「ネルタク…あぁ…本当にごめんさない…何もしてあげられなくて…」

 それでも防御魔法の効果により、いまだ都の空気は淀みつつも数日は生き残れる可能性があると山と魔法に詳しい魔術師が話していた。死を目前に悲しみに暮れる都の人々を嘲笑うかの様に、天井の分厚い溶岩の壁を崩す事は出来ず、横から穴をあけて別の場所へと出ようという試みも始まっていた。

 しかし、次第に倒れていく人々を次の災害が襲う。それは死者の魔物化である、大量の人が死んでいる為に浄化が施された施設に安置出来なかったのが災いしたのか、突如襲い掛かる隣人や家族に逃げ惑う人々を、止む得ないと戦える者は武器を手に取る。

「おかしい! こんなに早く魔物化するなんて!」

 災害から二日後に突如死体が魔物化して人を襲いだしている。都の長はその対応に追われているが、明らかに早いスピードで魔物になる人間が多すぎるのだ。しかも、襲われた者も魔物になってしまうので規模はさらに広がっていく。

 そんな中ひたすらメテラスとエリュオリナを探していたネルタクが帰宅した時にある異変に気付く、家の中が酷く散乱しており、手伝いの者が家の中に入ってすぐの場所で倒れている。

「まさか! 母様! どこですか!」

 他の家よりも多きな家だったが、部屋数は限られている。必死に探すとネルタクの足が止まる、父親の書斎で母親を見つけたのだ。それも父親を今まさに殺している所だった。

『げは! げは! げは!』

 楽し気に父親の肉を引き裂く育ての母親の姿を見て、恐怖と涙が溢れる。

「そんな…なんで……母様…」

 その言葉に気が付いた母親が次に狙うのはネルタクである。ネルタクは駆け出した、背中にはエリュオリナと対になっている武器アイスブランドを担いで、でもこれで母親を斬る事は出来ない。
 必死に逃げるが、母親はいつまでも追いかけて来る。周りを見ると、魔物化した者が大量に都に溢れていた。涙で前が見えなくなるが、それでも必死に逃げた。しかし、心のどこかではもう助からないと思っていたのだろう。ネルタクは振り返り、そして背中の剣を抜き構える。

「母様…僕も一緒に行きますね」

 ネルタクは覚悟を決めた、母の暴走を止め自分も死のうと。そして飛び掛かって来る母親を突き刺した。

『ネ゛…ネ゛ルダグ……』

 それが今まで育ててくれた母親の最後の言葉だった。自分の名前を呼んでくれた母親に感謝して、彼女も死を受け入れようと、凍った母を刺した剣を抜き自分の首にあてようとした時だった。目の前に突如黒い闇が現れる。

『あらぁあの二人と同じ気配を辿ったら可愛い子が居たわねぇ…』
「なっ何者だ!」

 首にあてた大剣を闇に構える、それを嘲笑うかの様に黒い服を着た女性が闇から現れる。おかしいと思うのは彼女が逆さまである事だろう。

『貴方、この都が何でこうなったか知りたくない?』
「なんだと! 知っているのか!」
『んふふふふふ! もちろんよぅ! イフリトを目覚めさせて山を噴火させた張本人!』
「誰だ! 教えてくれ!」

 もはや死ぬだけだと思っていたネルタクだったが、死ぬ前に元凶を聞いても良いだろうと剣を下げた。

『昨日演武を踊ったお姫様よぉ』
「まさか! エリュオリナがこんな事する訳ないだろう!」
『んふふふふ! それは貴方が勝手に考えている事でしょう? あの子の夢を知ってる?』
「夢? そんなの…メテラス兄様と結婚してこの都の為に生きる事じゃ?」
『んふふふふふふふ! 馬鹿ねぇぇぇ! あの子はこの都を出て色々な場所を巡る旅をしたいと言う夢があったのよぅ! 貴方達を捨ててね!』
「そんな馬鹿な! 都を出るなんて! それじゃぁ僕が辛い思いをして生きてきた意味が無い!」

 幼い時に家の為に家族が変わった。それが自分の為であり家族の為だと言われてきたからだ。今まで必死に感情を押し殺して生きて来たのに、その交換した相手はそこから逃げようとしていたのだ。

「そんなの許せない! お前…あの子…エリュオリナがどうなったか知らないのか?」
『んふふふふ…勿論知ってるわぁ……貴方にも黒い感情が湧き出してるのねぇ……会いたいのぉ?』
「勿論会いたい! 会って直接話を聞かないと納得できない!」
『そうねぇ……会わしてあげても良いわぁ』
「本当か! どこに居る!」

 数日探して見つからなかったエリュオリナに会わしてくれると言う喜びと、この原因を作ったのが彼女だと言うのなら直接聞いて真実を知りたい。そう思い黒い女性に頼むが、彼女が提示した条件は非常なものだった。

『じゃぁ取引しましょぅ。ただでは教えてあげられないわぁ、私にもメリットが無いとねぇ』
「なんだ! 僕に出来る事ならやろうじゃないか…」
『んふふ、簡単よぅ…この都はどのみち、もう助からないわぁ…だから魔物化してしまう前に、貴方が全員を楽にしてあげて欲しいのぉ』
「なっ! なんだと! それは生き残っている人を殺せと言っているのか!」
『んふふふふ! もちろんよぅ! どのみち魔物になって人を襲うのよ? それを防ぐのに躊躇いが必要かしらぁ?』

 ネルタクは必死に考えている、もちろんエリュオリナには会いたい。でもまだ生き残っている人を殺すなんて。

『これは救いなのよ! 火の巫女が犯した過ちの炎を貴方が鎮めるの! でなければ救われないわ!』
「救い……」
『そう! 救いよ! さぁ剣を握りなさい! 魔物と化す前に救うのよ!』
「そう! これは救いなんだ! エリュオリナの過ちの炎を僕が鎮めよう!」

 そう叫ぶとネルタクは走り出す、そして目に見える人や魔物を全て斬り殺して行く。

「ぎゃ―――!」
「助けて―――!」
『ギギィィ!』
「どうしたんだネルタク! ぎゃぁぁぁぁ!」

 斬って斬って斬り続けた。その中には実の父親と母親も居たが、もはやネルタクの目には映らない。この都の人を魔物を斬る事が救いだと信じて斬り続けた。
 そして見渡す限りの血の海に佇む一人の少女、その紺青色の髪は赤く染まりその剣も、もはや切れ味など皆無だろう。

『んふふふふふ! 素晴らしいわぁぁ! 興奮しちゃったわぁ! じゃぁ連れて行こうかしらぁ』

 立ち尽くすネルタクの傍に現れた黒い闇は、横一線に手を動かした。その瞬間ネルタクの首は体から離れ地に落ちる。噴き出す血飛沫を浴びながら闇はくるくるとその上を回っている。
 そして消え去る意識の中でネルタクは、心からエリュオリナとの再会を願っていた。
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