怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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昔話2 弘の話

ποτνια θηρων 3

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真社会性eusociality
それは多くの場合、はちありなど一部の社会性昆虫を始めとした生物に見られる、特にその繁殖様式における分業制に注目した生態である。
哺乳類においては今のところハダカデバネズミとその近縁種だけのはずだけど。

「あー……そういう意味での女王、ね、そう、うん、言いにくいわ」

その繁殖様式は、その集団における女王という一固体のみが子を産み、その子がまた繁殖能力のないはたらありはたらばちとして、幼体をやしなうというものである。
ロビンの見た感じの結果、ひろがその女王に該当するというのは、セクハラに片足突っ込んでると言われても仕方ない。

「ええと、ひろちゃん」
「はい」
「その、はちとかありの生態、わかる?」
「はいぃ?」

今までで一番高く語尾を伸ばした声でひろが聞き返してくる。
気持ちはわかる。いきなり何言ってんだ、である。

「いや、ええ、わかります、けど」
「そのね、その生態上の女王に見える、だって」
「……」

沈黙してしぱしぱとまばたきを繰り返しながら僕を見返すひろは、しばらくして油を差したくなるようなぎこちなさでロビンに目を向けた。
ロビンはロビンで気まずいのか、その視線から目をらしつつ、眼鏡をかけ直して、ぽつりとつぶやく。

「…………他意も何もない事実なので?」
「……そーですか」

やたらと平坦なイントネーションでひろが答える。
たぶんこれ、ロビン、犬にも相当ににらまれてるのでは?

「まあ、確かにちょっと納得はできちゃうんだ。犬神いぬがみは母から娘、そしてそのまた娘というふうに女系でくし、嫁に行った先で七十五匹までは増えると言うし……ただ、ちょっとそれは逆手さかてに取ろっか」
逆手さかてに?」

ひろの言葉に、この時点ではただうなずきだけ返しておく。
そしてまたロビンを見た。

「ところで、ロビン、君にとって、異界の犬と言えば?」
「ん、教会の怪物Church grim黒妖犬Black dog地獄の猟犬Hell hound……あとは妖精犬Cu Sith?」
妖精犬クー・シーはともかく、教会の怪物チャーチ・グリム黒妖犬ブラックドッグ地獄の猟犬ヘルハウンドは単体が基本だなあ……群れpackの方がいいかなあ」

そう言うと、ロビンは更に脳内の検索を進めるように腕を組んで考え出す。
ひろがきょとんとした顔でこちらを見た。

「あの……」
「何してるかって? 変質させるにあたって、指標になる別の似たような何かがないか考えてるんだよ」

イメージの問題が影響を与えるなら、ちょっと近いけど丸く収まりそうなイメージに寄せればいいのだ。

黒妖犬ブラックドッグは地方によっては夜道を行く人を守る場合もあるんだっけ。この要素は可だな」
「うん、ボクもそれはそう思う……群れpack……」
「……でも、全部日本のではないのでは?」

不思議そうにひろが言う。

「必要な普遍的本質エッセンスさえ拾えれば、国籍は関係ないよ。普遍的イメージに繋がるのであれば、あくまでどの文化圏でその本質エッセンスが重要視されたかってだけだもの。逆に日本におけるイメージで犬神いぬがみに縛られるなら、別のとこからマシな本質エッセンスを引っこ抜いた方が早い。臓器移植と同じ」

ひろは、はあ、と理解し切れていないような声を上げる。
わかるよ、散々わからんって言われてきた身だから。
不意に、あ、とロビンが声を上げるが、少し眉間みけんにシワが寄る。

「ロビン」
「……ガブリエルの猟犬Gabriel Hound

うながせば、躊躇ためらいがちにロビンはそう口にした。

「……どちらかというと、野生の猟団Wild huntの系列。だから、たぶん、センセイ的にはあつかいやすい、とは思う、けど」

ロビンの眉間みけんのシワが深くなる。
まあ、何を心配しているかぐらいわかるし、それを一口に杞憂きゆうと言って片付けることもできないことは僕もわかっている。

「ガブリエル、か」
「ガブリエルって、あの天使のガブリエルですよね……?」

ひろが恐る恐るというよりは、引き気味にそう言ったのに対して、肯定を返そうとして途中で思い直す。

ひろちゃん。今、僕とロビンの会話に出てきたもの、どこまでわかる?」
「ええっ……その、えっと、むしろ、ガブリエルっていうビッグネームぐらいしかわからない、というか……」

突然の振りに驚いた後、気まずそうにひろはそう言う。
むしろそれが普通なんだけどね。
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