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7-2 わたしはあなたの side B
3 神智学
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「ただ、こうした魔術の遍歴というのは、厳しく制限されていたのに生き残ったというだけではなく、かつては広く世界に対する知識として東西貿易の要、東ローマはコンスタンティノープルの凋落に伴って流出、あるいはイベリア半島を再征服したことによってイスラム帝国から流出したギリシャのものをアラビア語に翻訳した書物が、西欧において当時共通語であったラテン語に翻訳されて広まったもの、と考えられる。実際、オスマン帝国によるコンスタンティノープル陥落も、カタルーニャ=アラゴン連合王国による再征服の完了も十五世紀の出来事だ。この後、十五世紀後半から十六世紀にかけて、いわゆるルネサンス期には、かのゲーテの『ファウスト』の題材として有名なファウストゥスを始め、『オカルト哲学について』を記したアグリッパなど、学問として降霊術や様々な種類の占術を新プラトン主義やヘルメス思想として大学で正式に学んだ者達がいた。とはいえ、彼らも結局のところ、一般民衆からすれば、悪魔と取引をして神をも恐れぬ業をなす者と同じと見做されたし、それ故に自身の正当を立証するために、互いに正当ではない者と烙印を押し付け合った。それもあってか、十五世紀末辺りにはその後の魔女狩りの過激化に一役買ったという『魔女に与える鉄槌』が出版されている」
「えっと、魔法は、学べる、ものだった、と?」
当然混乱しているような顔で珠紀が言う。
ロビンと弘はどこか生温い遠い目をして控えていたが、織歌としては一応学ぶことをストップかけられていた範囲なので、ほうほうと聞いている。
「そうだよ。今言った通り、一般には悪魔の力を借りて行う魔術と混同されることが大半だった反面、ちゃんと新プラトン主義とヘルメス思想に基づいて大学で学んだ者達の意識としては、当時は観測不可能な現代でいう科学的規則を含め、ただ、世界霊魂説に基づいて自然本来の力を混沌の中から分別して引き出して利用する事と考えていたからね。自然物はなべて唯一神が創造したものであり、その秘めたポテンシャルを引き出す事自体は唯一神の創造の奇跡を称え、理解することであって、当人にとっては同じ魔術であっても、悪魔などという不埒なものを扱うものではない、もしそこに何かの存在が介在するならば、それは悪魔ではなく、神のもと働く精霊である、という認識だったということだ。特に当時高度な技術が求められた占術としては、現代にも続く占星術がある。占星術でその人を読み解くためのホロスコープは、今でこそパソコンとかで簡単に計算できるけど、当時は対象者の生年月日から各惑星の運行状況を割り出して、天体間の距離や位置関係まで正確に配置を記さねばならなかった。逆にこれが正確にできればこそ、もぐりではなく、ちゃんと学んだ魔術師であった、ともいえるね。こうしたルネサンス期における魔術は錬金術と不可分であり、ある意味共に科学の萌芽とも言うべき存在でもあったし、世界という混沌に対する秩序付けの一種だった」
で、と紀美は更に続ける。
「十七世紀、この時代に万有引力を発見したニュートンは科学者として持て囃されるけれど、彼はヘルメス思想も踏まえた哲学者であり、また錬金術師でもあった。結局のところ、哲学も魔術も錬金術も、この世界という混沌の仕組みを分化して、秩序立てて理解しようとしたというのは変わらないが、ここから科学が台頭していったと言えるだろう。ただ、この辺りは合理主義的で迷信を排斥しようとする啓蒙思想の台頭や、魔女狩りの激化もあるから、魔術史としては目立った動きもない。ただし、その揺り戻しであるかのように、十八世紀は錬金術の知見を利用して詐欺を行ったと言われるカリオストロ伯爵が出てくるし、ドイツの詐欺師、シュレプファーが幻灯機を使って幽霊の集会なるショーを実施していた。つまり、啓蒙思想によって迷信を排斥しようとしたにもかかわらず、結局は誰もが魔術を望んだということになる。そして、十九世紀から二十世紀初頭ともなれば、光が強くなれば影が濃くなるように、科学の合理で説明・解明できない部分は結局、その科学の構造の外の非合理として魔術に投影された。時期的にはジャポニズムの隆盛やシノワズリの再興もあったから、見慣れたものに答えがないならば、見慣れぬものに答えを見出そうとしたのかもしれない。実際、学術的には心理学の成立や量子力学の発展など、魔術が取り扱う範囲と同じく、通常目視できないものが科学の俎上に上がりだした頃だ。そこに至って改めて多くの魔術書の断片とされるものがまとめられて出版されたりした。二人にロビンが配った惑星の護符が載ってるのも、グラシャ・ラボラスのシジルが載る『The Lesser key of Solomon』もどちらもそうやって出版されたものだ」
珠紀と和音の視線が揃って、目の前の紙に落ちる。
しかし、紀美の説明は、あいも変わらずの激流である。
手慣れていると言うには聴衆への配慮はないが、淀みがない。
「えっと、魔法は、学べる、ものだった、と?」
当然混乱しているような顔で珠紀が言う。
ロビンと弘はどこか生温い遠い目をして控えていたが、織歌としては一応学ぶことをストップかけられていた範囲なので、ほうほうと聞いている。
「そうだよ。今言った通り、一般には悪魔の力を借りて行う魔術と混同されることが大半だった反面、ちゃんと新プラトン主義とヘルメス思想に基づいて大学で学んだ者達の意識としては、当時は観測不可能な現代でいう科学的規則を含め、ただ、世界霊魂説に基づいて自然本来の力を混沌の中から分別して引き出して利用する事と考えていたからね。自然物はなべて唯一神が創造したものであり、その秘めたポテンシャルを引き出す事自体は唯一神の創造の奇跡を称え、理解することであって、当人にとっては同じ魔術であっても、悪魔などという不埒なものを扱うものではない、もしそこに何かの存在が介在するならば、それは悪魔ではなく、神のもと働く精霊である、という認識だったということだ。特に当時高度な技術が求められた占術としては、現代にも続く占星術がある。占星術でその人を読み解くためのホロスコープは、今でこそパソコンとかで簡単に計算できるけど、当時は対象者の生年月日から各惑星の運行状況を割り出して、天体間の距離や位置関係まで正確に配置を記さねばならなかった。逆にこれが正確にできればこそ、もぐりではなく、ちゃんと学んだ魔術師であった、ともいえるね。こうしたルネサンス期における魔術は錬金術と不可分であり、ある意味共に科学の萌芽とも言うべき存在でもあったし、世界という混沌に対する秩序付けの一種だった」
で、と紀美は更に続ける。
「十七世紀、この時代に万有引力を発見したニュートンは科学者として持て囃されるけれど、彼はヘルメス思想も踏まえた哲学者であり、また錬金術師でもあった。結局のところ、哲学も魔術も錬金術も、この世界という混沌の仕組みを分化して、秩序立てて理解しようとしたというのは変わらないが、ここから科学が台頭していったと言えるだろう。ただ、この辺りは合理主義的で迷信を排斥しようとする啓蒙思想の台頭や、魔女狩りの激化もあるから、魔術史としては目立った動きもない。ただし、その揺り戻しであるかのように、十八世紀は錬金術の知見を利用して詐欺を行ったと言われるカリオストロ伯爵が出てくるし、ドイツの詐欺師、シュレプファーが幻灯機を使って幽霊の集会なるショーを実施していた。つまり、啓蒙思想によって迷信を排斥しようとしたにもかかわらず、結局は誰もが魔術を望んだということになる。そして、十九世紀から二十世紀初頭ともなれば、光が強くなれば影が濃くなるように、科学の合理で説明・解明できない部分は結局、その科学の構造の外の非合理として魔術に投影された。時期的にはジャポニズムの隆盛やシノワズリの再興もあったから、見慣れたものに答えがないならば、見慣れぬものに答えを見出そうとしたのかもしれない。実際、学術的には心理学の成立や量子力学の発展など、魔術が取り扱う範囲と同じく、通常目視できないものが科学の俎上に上がりだした頃だ。そこに至って改めて多くの魔術書の断片とされるものがまとめられて出版されたりした。二人にロビンが配った惑星の護符が載ってるのも、グラシャ・ラボラスのシジルが載る『The Lesser key of Solomon』もどちらもそうやって出版されたものだ」
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しかし、紀美の説明は、あいも変わらずの激流である。
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