たとえこの恋が世界を滅ぼしても2

堂宮ツキ乃

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1章

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「失礼しまー…」

「おー翠河。来たか」

 翠河が恐る恐る職員室の引き戸を引いて首だけのぞかせると、パソコンを前にキーボードを叩いていた神崎はけだるげに振り向いた。彼の隣には「孔ちゃん先生」こと小野寺が書類を片手にパソコンを眺めていた。

 他の教師は昼休憩に出ているのか誰もいない。翠河のクラスも午前だけの出校なので、部活に入っている者以外は帰った。

「お前ロケの日にのぞきに来てただろ。見たぞ、双眼鏡構えていたとこ」

「ヒェッ」

 指でクイクイとこちらへ来るように指示されて、そろりそろりと神崎に近づいた第一声がそれだった。彼の隣で小野寺がクスッと笑い声をもらした。

「生徒は誰も来ませんって先方に伝えてあった手前、ちょっとつまみ出してきますとも言えないし…ごまかしてたんだかんな。しかもお前全日来やがったなコノヤロー。ウチの信頼落とす気か」

「ひぎぃぃぃ!」

 神崎は翠河の後頭部を手の平で掴み、頭皮にめりこませるようにアイアンクローを決めた。

「ギブギブ! ごめんなさい! さもなくば体罰で訴えるぞ!」

「そもそもお前がのぞきに来なければこうならなかったんだろうが」

「そうですけど…」

 隣では小野寺が2人のことは気にせずに弁当を開いた。

「あー! 小野寺先生いいな…。私もお腹空きました」

「おい、説教途中。マイペースなヤツだな…」

 神崎の制止を無視して頭の痛みはなかったかのように、翠河は小野寺のデスクに近づいて目を輝かせた。

 白いご飯が敷き詰められたものとおかずが入った弁当箱、みそ汁が入った魔法瓶。これは噂の愛妻弁当だ。

「おいしそうですね!」

「事実おいしいよー」

「いいなー! 奥さんまた遊びに来るといいな~」

「夏休みとかにね」

 食べてみる? と差し出されたのはピックに刺さったアスパラのベーコン巻。翠河は遠慮なく受け取って一口で食べた。

「やっぱりおいしー! ところで神崎先生は結婚しないんですか?」

 神崎は翠河への説教は諦めて缶コーヒーを開けていた。

「こっちにそういう話を振るな。俺はしないんじゃなくてしたいと思わないの」

「ふーん。でも先生は顔はそこそこいいから隠れファンがいますよ。おじ専な女子ですね」

「今度はおじさん呼ばわりかよ。つくづく失礼なヤツ…。いいですよーだ、俺には孔ちゃんと違って爽やかさなんてねぇもん」

「その通りですね」

「はっきりしすぎだ。まぁ確かに三十路だけど…」

「分かってるじゃないですか」

「お前これ以上口開いたら成績地の底まで落とすぞ」

 そのやり取りに小野寺が再び笑う。彼にとってこの職員室での風景は見慣れたものだ。

 翠河は「えへへ…」と照れたように笑ったが、神崎は苦い顔で缶コーヒーをあおった。

「こいつにはナメられてばかりで仕方がねぇ…あの織原でも常に敬語だぞ」

「だって織原さん、根は真面目だもん」

「実は荒くれ者じゃないか疑惑のある桜木あねもしっかりとした態度だったな」

「姉? あぁ、同じクラスのあの美人。和馬のお姉ちゃんでしたね。あんま同年代とは思いにくい雰囲気があったな~」

 翠河は再び神崎のデスクに戻った。彼はキーボードを叩きながらカレーパンに噛みついている。

「いつの間に!」

「腹減った」

「もう帰ってもいいですか? 私もお腹空いた…」

「待て。お前…青川と話したことあるか」

「無いですけど」

 首をかしげると神崎は首をひねりながら缶コーヒーを飲み干した。

「青川も雰囲気が並の女子高生には見えんなと思って。どういう生徒かなって思っただけ」

「ふーん。青川さんが可愛くて気になったのかと思いました」

「バッカ。そんなこと本気で考えたら誰にも聞かねぇよ」

「そうですか。ま、いいや。私はこれにて失礼します」

「気ーつけて帰れよー」

 神崎と小野寺の声を背に翠河は職員室の外へ飛び出た。
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