たとえこの恋が世界を滅ぼしても2

堂宮ツキ乃

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2章

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 その日は午後から身体測定があった。

 夜叉のクラス、だけではないがどこもかしこもほとんどの女子生徒がそわそわしていた。

 昼休みだが彦瀬は机に弁当を広げることもなく購買に行くこともなく、机の上で伸びていた。

「お腹空いたー…」

「昼ご飯食べなさいよ」

「だって体重測定があるから少しでも増やさないようにしなきゃ…」

「測定終わったら授業あるよ? 倒れても知らんぞ」

 夜叉と瑞恵はいつも通り弁当を食べて彦瀬を呆れ顔で見ていた。去年もこんなことがあった気がする。思春期と言えど、ここまでの測定ガチ勢がいるとは思わなかった。高校は本当にいろんな人が集まってると実感した。

「大丈夫! 測定が終わったらソッコーで弁当食べるよ!」

「お、おう…」

 確かに彦瀬なら短い放課でサクッと食べきってしまうだろう。

 阿修羅は今日もいない。いつも夜叉にお供しているような彼女が昼休みにいなくなることを気にする者はいない。

「彦瀬、少しでも体重減らしたいなら運動したら? カロリー消費だ」

「えーめんどくさー」

 彼女はなおも机の上でだれている。さっきからずっとその調子の彼女に夜叉はさすがにピキッと怒りの沸点に達し、肩をいからせて目を吊り上げた。

「くるあぁっ! いつまでもだらけてんじゃないよ! しょうもないことしてないで弁当食べるか外走ってきな!」

「きゃー! やーちゃんの鬼ー!」

 彦瀬は椅子の上で飛び上がって教室を飛び出た。

 夜叉はやれやれと座り直し、弁当を食べることを再開した。



「はい、桜木さんのね」

「ありがとうございまーす」

 身体測定の記録を保険医から受け取り、中身をチラっと見てから閉じたがまた開いた。

(去年と全く同じじゃん)

 身体測定の記録表には1年生の時の身長、体重、座高が記されている。来年には3年生の記録が記録されるだろう。

 二度見してしまったのは去年と今年の帰路機が寸分も狂っていなかったから。

 こんなことがあるものだろうか。身長ならまだ分かる。夜叉は中学生の間に伸び切ったから中3と高1の測定ではほとんど変わらなかった。それは座高も。ただ体重は増えていた。もちろん食べることは欠かせないから。

────やー様もそろそろかと。

 戯人族はそれぞれある年齢に達すると体の成長と老化が止まる。江戸時代以降に生まれた者は十代後半の傾向にあると阿修羅から聞いた。

 唇を引き結んで肩を強張らせると、体操着の上から自分の体を抱きしめた。パサリと軽い音がして記録が床に落ちる。膝をつくと視線を落ちた。

 初めて自分がただの人間でないと思い知らされたような気がした。

 霊体の母親に人間ではない父親、父親を殺したという男。おまけに彼からは狙われている。

 だからと言っていつも怯えて過ごしているわけではない。普段ならさほど思い出すことはないから。

「やー様?」

 夜叉が落とした記録を拾い上げ、彼女の前に立つ人物が現れた。

「…阿修羅。どうしたの?」

「それはこちらのセリフです。気分が優れないのですか」

 夜叉の前でひざまづいた阿修羅も体操着だ。夜叉は腕を離してゆるゆると首を振った。

「大丈夫だよ、何も無い」

「それならばよいですが…」

 阿修羅を腰を上げて夜叉に手を差し出し、2人で立ち上がった。

「初めての身体測定はどうだった?」

 これ以上何も聞かれないようにと、夜叉は声の調子を明るくしようと努めて話題を変えた。

「自分の成長具合を毎年知ることができるとは興味深いです。ただ自分は成長が止まっているので必要ないのですが…」

 私はも始まったみたいだよ。口をついて出るところだったがつぐんだ。きっと暗い表情でこんなことは望んでないのにというニュアンスの言葉を吐いてしまいそうだった。

「阿修羅は自分の成長が止まった時はどうだった?」

「我々にとっては自然なことですから、特別思うことはありません」

「…だよね」

 純粋な一族の者だからこその答えだろうか。それとも夜叉が人間らしいということに執着しているのだろうか。自分でも気づかないほどに。



 気づくとうつむきそうになっている夜叉に気づいた阿修羅が、首をかしげてその横顔を盗み見た。

(今は受け入れられないでしょう…それでもいつか、あの朱雀様の血を受け継いでいることを誇りに思える時が来ます)

 夜叉が何を思ってあんなことを聞いてあんな表情をしているのかは分からない。それでも今は沈黙を保つことが彼女にとっていい選択だと思えた。
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