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2章
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「俺たちも北海道に行かないか」
「えっ?」
鬼子母神が夕食の片付けをいていると、毘沙門天がシンク前のカウンターで肘をついた。
阿修羅は夕食を食べ終えると早々に入浴タイムに入った。
「せっかく久しぶりに2人一緒の休みなんだ。どうだい?」
「それもそうねぇ…」
何十年ぶりかの同じタイミングでの憩いの時。2人でどこかへボンボヤージュというのは確かにいい。
2人は正式な夫婦として手続きをしたり儀式を挙げたわけではない。人間のように新婚旅行をしたわけでもなく。
人間らしいことをしてもいい気がした。
毘沙門天はシンク側に回り込み、鬼子母神の腰に腕を回した。彼女が「何よ」と顔を赤らめて無理矢理しかめた顔を見つめ、額を押し当てた。
「スイートで止まって君と甘い夜を過ごしたいなって…」
「ちょっ、阿修羅に聞かれるって…!」
「彼なら入浴中だ。聞かれてまずい単語も言ってないぞ」
「そうだけどっ」
「もしかして深読みした? 鬼子母神のエッチ」
「…んっ」
毘沙門天が鬼子母神の唇に音をたてて唇でふれる。
「もうっ」と怒ったように頬を膨らますも、口元はゆるんでいる。
阿修羅と同居している手前、あまりベタベタとふれあわないようにしている。彼が頑なに「一人暮らしで結構です」と言っていたのもそのへんのことに気を遣ってたからだろう。きっと彼なら遭遇しても黙って見て見ぬフリをするだろうが。
毘沙門天は鬼子母神を開放し、彼女の肩に手を置いてわずかな声で笑んだ。
「旅行のことは考えておいてくれ。君の返答次第で計画を立てようか」
「えぇ…!」
自室に向かう毘沙門天の背中を見送り、片付けを再開した。
彼との旅行に行きたくないわけがない。どこへ行こうかと考えただけで気持ちが昂る。
(それにしても…)
久しぶりの彼との生活を始めて早数か月なのだが、以前一緒にいた時とはかなり違う。
(なんであんたの方がアメリカンに染まってるのよ!?)
鬼子母神にだけだがあいさつがキスやハグなのだ。彼が会話の途中で肩をすくめて両手を持ち上げる仕草は、彼女がFBI捜査官として働いている間に見てきたアメリカ人のそれ。
反対にその間、毘沙門天はずっと日本にいたはずである。
(何に影響されたのかしら…日本が欧米化していった時代に感化されたのかしら)
似合ってなくはないのでまぁいい。他の女に影響されたとかでなければ。
「おかえりさくら。いらっしゃい、あーちゃん」
「ただーま」
「失礼します」
桜木家に阿修羅が訪れた。彼は度々遊びに来ているので和馬ともよく知る仲だ。
夜叉と共に帰ってきた阿修羅は律儀に会釈をした。
「サブレあるけど食べる? 紅茶と一緒に持って行くよ」
「ありがとうございます」
「後で私が持ってくよ」
「あーそう? じゃあ用意だけしておくよ」
2人で夜叉の部屋に入り、阿修羅は持ってきた紙袋の中身を取り出した。
「こちらが例の物です。これを着て特訓しましょう」
「ありがとー」
夜叉はそれを受け取って広げてみた。阿修羅が持ってきたのは戯人族で作った朱雀族の着物だ。
阿修羅がよく着用している丈の短い型で、夜叉の髪と同じ色。共に白いサイハイブーツや黒いスパッツも渡された。
「どうでしょう? お気に召しましたか。お針子たちが腕によりをかけました」
「うん。いい感じ。似合う自身はないけど…」
「必ず似合います。朱雀様もこの色のお召し物でよく過ごされていましたから」
「そーお?」
半信半疑で着物をそっと勉強机に置き、キッチンからお茶を持ってきて小さなテーブルに並べた。どっからどう見てもこれは女子会だ。
阿修羅は紅茶を飲みながらサブレをかじり、朱雀族の能力について語り始めた。
「我々の能力はいたって簡素です。翼を持たずに跳躍し、空中での移動が可能。武器はなく体裁きが重要となります」
「阿修羅は森の上を跳んでいたもんね」
「えぇ。木や屋根などある程度高い物が無くても跳躍は可能です。海の上とか。これを習得するには時間がかかりますが…」
「100年とか…?」
「さすがにそこまでは。せいぜい10年です」
「え~長いよ…」
「我らの寿命は永遠ですから。10年なんて大したことありません」
寿命。先日の身体測定で記録が去年と全く同じだったことを思い出して顔が強張った。
戯人族と人間のハーフとは言え、半永久的に生きることは間違いない。
「そかそか…私も早く阿修羅みたいになれたらいいな」
「朱雀様のご息女ですから。すぐに習得できますよ」
阿修羅がほほえんで紅茶のカップを持ち上げたら、彼のスマホが着信音を響かせた。鬼子母神から電話らしい、彼は夜叉に一言謝って部屋を出た。
「────夜叉」
「何? 舞花」
「母には教えてくれてもいいのではありんせんか? 最近様子がおかしい気が致しんす」
「あー…うん」
花の香りをまとわせて現れた舞花はベッドの端に腰かけて煙管をゆらゆらと揺らしている。いつも近くにいる舞花にごまかしはきかない。夜叉は自分の身体の成長が止まったかもしれないということを話した。
「まぁ…」
「これって喜ぶところなのかな? 正直嬉しくはない」
「今はそれでいい…いつかよかったと思える時が来るかもしれんせん」
不安そうな顔の夜叉の前で舞花の脳裏には朱雀との記憶がよみがえっていた。
────お前と見る月は美しい。生きていてよかったというのは、こういう時に使う言葉なのだろうな。
────突然何をおっしゃいますやら。
舞花に定期的に会いに来る朱雀が語った言葉。彼からは好きだ、愛しているとは何度も言われたが「生きていてよかった」というのは今までで一番大切な愛の言葉として記憶に刻まれている。
朱雀がごく普通の人間で舞花と生まれる時代が違ったら、愛し合うことも出会うことも叶わなかった。
全ては朱雀が永遠の命を授かっていたから。
夜叉が半永久的に生きることになったらいつか出会う人と恋に落ちて、共に生きることを喜べる日が来るかもしれない。
「えっ?」
鬼子母神が夕食の片付けをいていると、毘沙門天がシンク前のカウンターで肘をついた。
阿修羅は夕食を食べ終えると早々に入浴タイムに入った。
「せっかく久しぶりに2人一緒の休みなんだ。どうだい?」
「それもそうねぇ…」
何十年ぶりかの同じタイミングでの憩いの時。2人でどこかへボンボヤージュというのは確かにいい。
2人は正式な夫婦として手続きをしたり儀式を挙げたわけではない。人間のように新婚旅行をしたわけでもなく。
人間らしいことをしてもいい気がした。
毘沙門天はシンク側に回り込み、鬼子母神の腰に腕を回した。彼女が「何よ」と顔を赤らめて無理矢理しかめた顔を見つめ、額を押し当てた。
「スイートで止まって君と甘い夜を過ごしたいなって…」
「ちょっ、阿修羅に聞かれるって…!」
「彼なら入浴中だ。聞かれてまずい単語も言ってないぞ」
「そうだけどっ」
「もしかして深読みした? 鬼子母神のエッチ」
「…んっ」
毘沙門天が鬼子母神の唇に音をたてて唇でふれる。
「もうっ」と怒ったように頬を膨らますも、口元はゆるんでいる。
阿修羅と同居している手前、あまりベタベタとふれあわないようにしている。彼が頑なに「一人暮らしで結構です」と言っていたのもそのへんのことに気を遣ってたからだろう。きっと彼なら遭遇しても黙って見て見ぬフリをするだろうが。
毘沙門天は鬼子母神を開放し、彼女の肩に手を置いてわずかな声で笑んだ。
「旅行のことは考えておいてくれ。君の返答次第で計画を立てようか」
「えぇ…!」
自室に向かう毘沙門天の背中を見送り、片付けを再開した。
彼との旅行に行きたくないわけがない。どこへ行こうかと考えただけで気持ちが昂る。
(それにしても…)
久しぶりの彼との生活を始めて早数か月なのだが、以前一緒にいた時とはかなり違う。
(なんであんたの方がアメリカンに染まってるのよ!?)
鬼子母神にだけだがあいさつがキスやハグなのだ。彼が会話の途中で肩をすくめて両手を持ち上げる仕草は、彼女がFBI捜査官として働いている間に見てきたアメリカ人のそれ。
反対にその間、毘沙門天はずっと日本にいたはずである。
(何に影響されたのかしら…日本が欧米化していった時代に感化されたのかしら)
似合ってなくはないのでまぁいい。他の女に影響されたとかでなければ。
「おかえりさくら。いらっしゃい、あーちゃん」
「ただーま」
「失礼します」
桜木家に阿修羅が訪れた。彼は度々遊びに来ているので和馬ともよく知る仲だ。
夜叉と共に帰ってきた阿修羅は律儀に会釈をした。
「サブレあるけど食べる? 紅茶と一緒に持って行くよ」
「ありがとうございます」
「後で私が持ってくよ」
「あーそう? じゃあ用意だけしておくよ」
2人で夜叉の部屋に入り、阿修羅は持ってきた紙袋の中身を取り出した。
「こちらが例の物です。これを着て特訓しましょう」
「ありがとー」
夜叉はそれを受け取って広げてみた。阿修羅が持ってきたのは戯人族で作った朱雀族の着物だ。
阿修羅がよく着用している丈の短い型で、夜叉の髪と同じ色。共に白いサイハイブーツや黒いスパッツも渡された。
「どうでしょう? お気に召しましたか。お針子たちが腕によりをかけました」
「うん。いい感じ。似合う自身はないけど…」
「必ず似合います。朱雀様もこの色のお召し物でよく過ごされていましたから」
「そーお?」
半信半疑で着物をそっと勉強机に置き、キッチンからお茶を持ってきて小さなテーブルに並べた。どっからどう見てもこれは女子会だ。
阿修羅は紅茶を飲みながらサブレをかじり、朱雀族の能力について語り始めた。
「我々の能力はいたって簡素です。翼を持たずに跳躍し、空中での移動が可能。武器はなく体裁きが重要となります」
「阿修羅は森の上を跳んでいたもんね」
「えぇ。木や屋根などある程度高い物が無くても跳躍は可能です。海の上とか。これを習得するには時間がかかりますが…」
「100年とか…?」
「さすがにそこまでは。せいぜい10年です」
「え~長いよ…」
「我らの寿命は永遠ですから。10年なんて大したことありません」
寿命。先日の身体測定で記録が去年と全く同じだったことを思い出して顔が強張った。
戯人族と人間のハーフとは言え、半永久的に生きることは間違いない。
「そかそか…私も早く阿修羅みたいになれたらいいな」
「朱雀様のご息女ですから。すぐに習得できますよ」
阿修羅がほほえんで紅茶のカップを持ち上げたら、彼のスマホが着信音を響かせた。鬼子母神から電話らしい、彼は夜叉に一言謝って部屋を出た。
「────夜叉」
「何? 舞花」
「母には教えてくれてもいいのではありんせんか? 最近様子がおかしい気が致しんす」
「あー…うん」
花の香りをまとわせて現れた舞花はベッドの端に腰かけて煙管をゆらゆらと揺らしている。いつも近くにいる舞花にごまかしはきかない。夜叉は自分の身体の成長が止まったかもしれないということを話した。
「まぁ…」
「これって喜ぶところなのかな? 正直嬉しくはない」
「今はそれでいい…いつかよかったと思える時が来るかもしれんせん」
不安そうな顔の夜叉の前で舞花の脳裏には朱雀との記憶がよみがえっていた。
────お前と見る月は美しい。生きていてよかったというのは、こういう時に使う言葉なのだろうな。
────突然何をおっしゃいますやら。
舞花に定期的に会いに来る朱雀が語った言葉。彼からは好きだ、愛しているとは何度も言われたが「生きていてよかった」というのは今までで一番大切な愛の言葉として記憶に刻まれている。
朱雀がごく普通の人間で舞花と生まれる時代が違ったら、愛し合うことも出会うことも叶わなかった。
全ては朱雀が永遠の命を授かっていたから。
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