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10章
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志麻が出て行った瞬間、慶司は悪魔の翼を広げた。本領発揮だ。
「貴様…よくも花嫁に手を出してくれたな…」
「おっと。その姿を彼女に見せたくなかったんだ? でももう翼以外は見られてますよね。あんなんで彼女が魔王に恋するワケ」
「魔王ではない」
慶司の様子も口調も違う。禍々しいはずのオーラは、愛する者を守りたい一心で力強い。
「…そこまでよ。魔王に、悪魔さん」
「くっ…」
勢いよく開け放たれた先にいたのは、聖なる気と称するのにふさわしいオーラをまとった少女。その後ろにひかえるのは燕尾服の男。
「運命か…。死神が連れてきたのか」
「いえ。彼女自らここに来ることを望んだんですよ」
「放っておこうかと思ったけど、このままだと殺しそうだったから…。人間界での民事的な手続きはごめんよ、面倒だから」
「どういう理由だよ…相変わらずだな時の女神さんよ」
「そっちこそ。やっと結婚できそうな人間が見つかったんですって?」
フン、と鼻で笑いあう2人の姿に、アヤトは意外そうな顔をしていた。
「さすがはお偉いさん同士…。でも険悪なんですね」
「うるさいわよ低級悪魔が。あんたほんっとに好き勝手やってくれたわね。いまどき変な術使ってんじゃないわよ。今回の彼女は魔王の近くにいたから対悪魔用抵抗を持っていたけど…。あの若さでか弱いコだったら死んでたわよ」
ぶつぶつと説教を始めた運命に、アヤトはシュンとなって元の姿へ戻した。
邪魔が入って安堵した慶司も姿を戻した。そんな彼に死神がそっとささやく。
「…おいたした悪魔君には我々がきっちりと言いつけておきますから。魔王様は花嫁を追って下さい。泣きながら歩いていたから、そんな遠くは行ってないはずです」
「すまん、頼む」
短く返した慶司は、開け放たれたドアから飛び出た。あの足の速さは、魔王の力を使っているんだろな…その背中に死神は思った。
「志麻!」
「名前で呼ぶな!」
富橋駅とは反対方向へ、彼女はとぼとぼと歩いていた。短いポニーテールが元気なさげに跳ねていた。
「彩葉もだけど前原さんも分かんない…。あんな説明じゃ分かんないです」
「…それはごめん」
「このこと、さっき杉村さんに話しました」
「なっ…ま、いいか」
「よくない!」
再び怒鳴った志麻だが、もう泣いていない。だが、夕日をバックにした彼女の目は赤かった。傍から見たら明らかに別れ話をしているカップルだろう。幸いなことに通行人はいなかった。
「私、前原さんのなんですか? ただのバイトでしょ? 恋愛事情に首つっこまなくていいじゃないですか」
「ただのバイトじゃねぇ。お前と本気で結婚したいよ」
「そんなんじゃ薄っぺらいです… だって私、前原さんに好きって言われてない────」
「好きだ」
慶司が踏み込んで志麻の頬にふれた。この前とは違い、真正面から。
「…ホントに?」
「あぁ本気だ! 好きだ愛してるめちゃくちゃにしたいくらい!! 今すぐ家に連れて帰ってアイツの記憶消えるくらい抱きたい」
「そ…そこまで言わなくていいです…」
萎縮した志麻は今度は顔を真っ赤にさせた。見られたくなくて顔をそらそうとしたが、慶司の手がそれを阻んだ。もちっと頬を掴まれて引き寄せられる。
「全く…。これで分かったか。俺が今まで黙ってたこと。お前がアイツに抱かれたって分かったときはアイツを消し炭にしてやりたかったよ」
慶司が手を離し、志麻の肩に腕を置いて引き寄せる。額を合わせ、唇を寄せると、照れた志麻ごまかしたように笑いながら慶司の胸を手で押したがビクともしない。
「ちょっと前原さん…ここ公共の場なんですけど」
「ん? ここには誰も来ねーよ。協力者のおかげで」
「協力者? 誰ですかそれ」
「あ…まぁ気にすんな」
「はぁ…?」
苦笑いで首をかしげようとしたが、それができるはずもなく。慶司に真正面を向かせられた状態で、唇の横にキスを落とされた。そらしていた視線を彼と合わせると、今度は直接唇へ。わずかに離れたと思ったら、次は強く求めるように。
ついばむようなキスを繰り返され、答えたくなって身を寄せると、今度は身体をガッチリと抱き寄せられた。力強くて、息苦しいほど。
「まえは…」
「何?」
「彩葉のこと、忘れたい」
「…分かった」
慶司は志麻のことを離し、彼女の手を取って歩き出した。
連れていかれたのは広小路にある高層マンション。確か以前、近所のマンションに住んでると言っていた。
特に地価が高い駅前でマンションを持っており、さらに店まで持っているなんてこの男は齢30にしてどれだけ貯めこんでいるのだろう。
「お店は大丈夫なんですか? 片付け途中だったのに」
「あぁ。戸締りは任せてあるから心配すんな」
「それならいいですけど…」
「あの悪魔ならほっとけ。お仕置きしてくれるヤツが代わりにいる」
「お仕置き? あ…悪魔とか魔王とかも知りたいんですが」
「それは────また話すよ。今日はゆっくりしようぜ。最近疲れてただろ、俺のせいで」
「それは、まぁ」
「相変わらず否定しないのな」
適当に座ってテレビでも見てなよ、と志麻に勧めて慶司は晩御飯の準備を始めた。今日は2人分。早くも新婚の気分だった。
「貴様…よくも花嫁に手を出してくれたな…」
「おっと。その姿を彼女に見せたくなかったんだ? でももう翼以外は見られてますよね。あんなんで彼女が魔王に恋するワケ」
「魔王ではない」
慶司の様子も口調も違う。禍々しいはずのオーラは、愛する者を守りたい一心で力強い。
「…そこまでよ。魔王に、悪魔さん」
「くっ…」
勢いよく開け放たれた先にいたのは、聖なる気と称するのにふさわしいオーラをまとった少女。その後ろにひかえるのは燕尾服の男。
「運命か…。死神が連れてきたのか」
「いえ。彼女自らここに来ることを望んだんですよ」
「放っておこうかと思ったけど、このままだと殺しそうだったから…。人間界での民事的な手続きはごめんよ、面倒だから」
「どういう理由だよ…相変わらずだな時の女神さんよ」
「そっちこそ。やっと結婚できそうな人間が見つかったんですって?」
フン、と鼻で笑いあう2人の姿に、アヤトは意外そうな顔をしていた。
「さすがはお偉いさん同士…。でも険悪なんですね」
「うるさいわよ低級悪魔が。あんたほんっとに好き勝手やってくれたわね。いまどき変な術使ってんじゃないわよ。今回の彼女は魔王の近くにいたから対悪魔用抵抗を持っていたけど…。あの若さでか弱いコだったら死んでたわよ」
ぶつぶつと説教を始めた運命に、アヤトはシュンとなって元の姿へ戻した。
邪魔が入って安堵した慶司も姿を戻した。そんな彼に死神がそっとささやく。
「…おいたした悪魔君には我々がきっちりと言いつけておきますから。魔王様は花嫁を追って下さい。泣きながら歩いていたから、そんな遠くは行ってないはずです」
「すまん、頼む」
短く返した慶司は、開け放たれたドアから飛び出た。あの足の速さは、魔王の力を使っているんだろな…その背中に死神は思った。
「志麻!」
「名前で呼ぶな!」
富橋駅とは反対方向へ、彼女はとぼとぼと歩いていた。短いポニーテールが元気なさげに跳ねていた。
「彩葉もだけど前原さんも分かんない…。あんな説明じゃ分かんないです」
「…それはごめん」
「このこと、さっき杉村さんに話しました」
「なっ…ま、いいか」
「よくない!」
再び怒鳴った志麻だが、もう泣いていない。だが、夕日をバックにした彼女の目は赤かった。傍から見たら明らかに別れ話をしているカップルだろう。幸いなことに通行人はいなかった。
「私、前原さんのなんですか? ただのバイトでしょ? 恋愛事情に首つっこまなくていいじゃないですか」
「ただのバイトじゃねぇ。お前と本気で結婚したいよ」
「そんなんじゃ薄っぺらいです… だって私、前原さんに好きって言われてない────」
「好きだ」
慶司が踏み込んで志麻の頬にふれた。この前とは違い、真正面から。
「…ホントに?」
「あぁ本気だ! 好きだ愛してるめちゃくちゃにしたいくらい!! 今すぐ家に連れて帰ってアイツの記憶消えるくらい抱きたい」
「そ…そこまで言わなくていいです…」
萎縮した志麻は今度は顔を真っ赤にさせた。見られたくなくて顔をそらそうとしたが、慶司の手がそれを阻んだ。もちっと頬を掴まれて引き寄せられる。
「全く…。これで分かったか。俺が今まで黙ってたこと。お前がアイツに抱かれたって分かったときはアイツを消し炭にしてやりたかったよ」
慶司が手を離し、志麻の肩に腕を置いて引き寄せる。額を合わせ、唇を寄せると、照れた志麻ごまかしたように笑いながら慶司の胸を手で押したがビクともしない。
「ちょっと前原さん…ここ公共の場なんですけど」
「ん? ここには誰も来ねーよ。協力者のおかげで」
「協力者? 誰ですかそれ」
「あ…まぁ気にすんな」
「はぁ…?」
苦笑いで首をかしげようとしたが、それができるはずもなく。慶司に真正面を向かせられた状態で、唇の横にキスを落とされた。そらしていた視線を彼と合わせると、今度は直接唇へ。わずかに離れたと思ったら、次は強く求めるように。
ついばむようなキスを繰り返され、答えたくなって身を寄せると、今度は身体をガッチリと抱き寄せられた。力強くて、息苦しいほど。
「まえは…」
「何?」
「彩葉のこと、忘れたい」
「…分かった」
慶司は志麻のことを離し、彼女の手を取って歩き出した。
連れていかれたのは広小路にある高層マンション。確か以前、近所のマンションに住んでると言っていた。
特に地価が高い駅前でマンションを持っており、さらに店まで持っているなんてこの男は齢30にしてどれだけ貯めこんでいるのだろう。
「お店は大丈夫なんですか? 片付け途中だったのに」
「あぁ。戸締りは任せてあるから心配すんな」
「それならいいですけど…」
「あの悪魔ならほっとけ。お仕置きしてくれるヤツが代わりにいる」
「お仕置き? あ…悪魔とか魔王とかも知りたいんですが」
「それは────また話すよ。今日はゆっくりしようぜ。最近疲れてただろ、俺のせいで」
「それは、まぁ」
「相変わらず否定しないのな」
適当に座ってテレビでも見てなよ、と志麻に勧めて慶司は晩御飯の準備を始めた。今日は2人分。早くも新婚の気分だった。
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