15 / 21
5章
1
しおりを挟む
まどろんでいた意識が少しずつ覚醒してきた。
「ん…」
麓はわずかに声を上げ、タオルケットを被ったまま反対側を向く。目はまだ閉じたまま。
外からは鳥のさえずる声に加え、ザザーンという何度も繰り返す音が聴こえた。昨日、聴き慣れた波音だ。
(…あ、そっか。海に来たんだっけ…)
ここがどこなのか思い出す。かすかに潮の香りを感じた気がした。ついでにご飯が炊けるにおいも。寮長はとっくに起きて朝食の準備をしているらしい。
まだ目を開けることができず、麓は視覚と味覚以外で状況を判断していた。隣の和室では話し声が聴こえる。
「ホムラっち、朝ごはんまだらしいから散歩して来よ」
「だな。食前の運動的な」
「いいなソレ、俺も行こっと。蒼も行く?」
「ぜひ。お腹空かせに行きたいです」
「んじゃ決まりだな。凪はどうするー?」
扇が声を張り上げた。凪だけ別の場所にいるらしい。
「あー…。俺はパス。寮長に朝メシの準備手伝わされてるから」
「手伝わされてる、とはなんですか。言い方を考えて下さい」
「じゃあ…手伝ってやってる」
直後、バシッと叩く音がして凪が"いてっ"と棒読みな声を上げた。寮長にはたかれたのだろう。
「…わかった。じゃあしばらく4人で歩いてくるよ」
「行ってらっしゃいませ~」
寮長の声に見送られ、4人はワイワイと縁側からサンダルを履いて外へ出て行ったようだ。その間にこんな会話を交わしていた。
「そういや…霞さんはどこだ?」
「さぁ…? もう起きてはいるでしょうけど」
「僕たちが知らない間にどっか行ったんじゃない? それにカスミンって朝シャンしてそうなイメージが」
「イメージじゃなくてガチ。アイツ、夏場は毎朝シャワー浴びてるよ。もしかしたら今もそうかも」
そして静かになった。
4人の会話をしばらく聞いて楽しんでいた麓は、自分もそろそろ起きようと目を開いていく。霞がいないことを気にしつつ。
「ふぁ…」
「おはよ、麓ちゃん。寝顔も可愛いね」
「へっ!?」
麓は小さなあくびをした時に正面で声がし、口元を手で押さえて目を見開いた。
目の前には朝シャンに行ってる説が浮上していた────
「霞さんっ!? なんでここに…」
変態眼鏡野郎だった。彼は麓の正面で肘をつき、彼女のことを細い目で見つめていた。同じ布団の上で。
「あはっ。来ちゃった」
「来ちゃったって…。意味が分かりません!」
驚いて身を引く麓に、霞は悪びれることなく笑った。
「どうした、起きたのか? っつーかさっさと起きろや、おめーが1番最後…ん゛ん゛!?」
麓の声が聞こえたのかどうなのか、凪が話しながら近づいてくる足音がした。
障子をスパンッと開けた凪が、布団の上の麓と変態のことを二度見して硬直した。
「凪様ー? 何そんな所で固まっていらっしゃるのです? もしかして麓様の着替え中…えぇ!?」
軽口を叩きながら近づいてきた寮長も目を見開き、隣の凪とうなずき合い────怒りのオーラを爆発させた。
「「何しとんのじゃあァァァ!」」
「ふぎゃあ!!」
寮長は霞の顔の輪郭スレスレにヘアピンを投げつけ、その速さに劣らないダッシュで凪は霞を蹴り上げ麓から離れさせた。
「…何もされてねェか」
「…はい。ありがとうございます」
その後、霞は寮長と凪にガミガミ怒られて彼だけ朝食を2時間お預けさせられた。
朝食後、麓は食器洗いを手伝っていた。
「あの、今日はいろんな所を散歩してきてもいいですか?」
麓が最後の食器を水切り台に置くと、寮長は深ーくうなずいた。
「もちろん。山とは違う景色がたくさんありますから、存分に楽しんでいらして下さいませ。案内人に凪様をパシってもよいですわよ」
「パシ…。そんなこと言ったら怒られるだけでは済まないです…」
「大丈夫です。私共が全力で阻止致しますから!」
寮長はケラケラと笑いながら布巾で手を拭いた。
そこは足音と同時に凪がキッチンへ、かがめて顔をのぞかせた。長身であるため入口は彼にとって低い。
その手にはお菓子がたくさん入っていそうなコンビニの袋。凪は麓のことを見て袋を軽く掲げた。
「悪ィんだけどさ、午後から沖田家に行ってくれねェか? 沙奈と麻緒────あのハゲジジイの孫娘2人がおめーと会って話したいってさ」
「わ…! 行きたいです」
「ならよかった。人間とふれあういい機会になるな」
「はい!」
嬉しそうにうなずく麓のことを、寮長はニコニコと見ていた。
「よかったですわね麓様。お散歩を一緒にするのもアリかもしれませんわね」
「でも緊張します…」
「なぜです?」
「まだたくさんの人間と話したことがないので」
今まで話したことがある人間は寮長とブティックのニューハーフ店長、カフェを営んでいる恵里。
人間と精霊。種が違うからためらってしまうのだろうか。
「別にいんじゃね?」
せっかくの明るい表情が曇ってしまった麓を遮るように、凪がキッチンに入って彼女に袋を渡した。
「誰とだろうがそんなの気にするこたァねェよ。人間だ精霊だ言ってもよ、いろんなヤツがいることには変わりねェし。違うのは寿命と治癒能力ぐれェだよ」
確かに、一緒にいて話していても違和感はない。凪の言う通りな気がした。
めったにない彼の長文を聞いて安心感が湧いてきた。
「…それに。俺が言うのもなんだが沙奈も麻緒も変なヤツじゃねェ。そこだけは保証する」
「…ふふ。ありがとうございます。凪さん、午後からよろしくお願いします」
「わかった。アイツらにも伝えておく」
凪はわずかだが口の端を上げてほほえみ、キッチンを出た。
「ん…」
麓はわずかに声を上げ、タオルケットを被ったまま反対側を向く。目はまだ閉じたまま。
外からは鳥のさえずる声に加え、ザザーンという何度も繰り返す音が聴こえた。昨日、聴き慣れた波音だ。
(…あ、そっか。海に来たんだっけ…)
ここがどこなのか思い出す。かすかに潮の香りを感じた気がした。ついでにご飯が炊けるにおいも。寮長はとっくに起きて朝食の準備をしているらしい。
まだ目を開けることができず、麓は視覚と味覚以外で状況を判断していた。隣の和室では話し声が聴こえる。
「ホムラっち、朝ごはんまだらしいから散歩して来よ」
「だな。食前の運動的な」
「いいなソレ、俺も行こっと。蒼も行く?」
「ぜひ。お腹空かせに行きたいです」
「んじゃ決まりだな。凪はどうするー?」
扇が声を張り上げた。凪だけ別の場所にいるらしい。
「あー…。俺はパス。寮長に朝メシの準備手伝わされてるから」
「手伝わされてる、とはなんですか。言い方を考えて下さい」
「じゃあ…手伝ってやってる」
直後、バシッと叩く音がして凪が"いてっ"と棒読みな声を上げた。寮長にはたかれたのだろう。
「…わかった。じゃあしばらく4人で歩いてくるよ」
「行ってらっしゃいませ~」
寮長の声に見送られ、4人はワイワイと縁側からサンダルを履いて外へ出て行ったようだ。その間にこんな会話を交わしていた。
「そういや…霞さんはどこだ?」
「さぁ…? もう起きてはいるでしょうけど」
「僕たちが知らない間にどっか行ったんじゃない? それにカスミンって朝シャンしてそうなイメージが」
「イメージじゃなくてガチ。アイツ、夏場は毎朝シャワー浴びてるよ。もしかしたら今もそうかも」
そして静かになった。
4人の会話をしばらく聞いて楽しんでいた麓は、自分もそろそろ起きようと目を開いていく。霞がいないことを気にしつつ。
「ふぁ…」
「おはよ、麓ちゃん。寝顔も可愛いね」
「へっ!?」
麓は小さなあくびをした時に正面で声がし、口元を手で押さえて目を見開いた。
目の前には朝シャンに行ってる説が浮上していた────
「霞さんっ!? なんでここに…」
変態眼鏡野郎だった。彼は麓の正面で肘をつき、彼女のことを細い目で見つめていた。同じ布団の上で。
「あはっ。来ちゃった」
「来ちゃったって…。意味が分かりません!」
驚いて身を引く麓に、霞は悪びれることなく笑った。
「どうした、起きたのか? っつーかさっさと起きろや、おめーが1番最後…ん゛ん゛!?」
麓の声が聞こえたのかどうなのか、凪が話しながら近づいてくる足音がした。
障子をスパンッと開けた凪が、布団の上の麓と変態のことを二度見して硬直した。
「凪様ー? 何そんな所で固まっていらっしゃるのです? もしかして麓様の着替え中…えぇ!?」
軽口を叩きながら近づいてきた寮長も目を見開き、隣の凪とうなずき合い────怒りのオーラを爆発させた。
「「何しとんのじゃあァァァ!」」
「ふぎゃあ!!」
寮長は霞の顔の輪郭スレスレにヘアピンを投げつけ、その速さに劣らないダッシュで凪は霞を蹴り上げ麓から離れさせた。
「…何もされてねェか」
「…はい。ありがとうございます」
その後、霞は寮長と凪にガミガミ怒られて彼だけ朝食を2時間お預けさせられた。
朝食後、麓は食器洗いを手伝っていた。
「あの、今日はいろんな所を散歩してきてもいいですか?」
麓が最後の食器を水切り台に置くと、寮長は深ーくうなずいた。
「もちろん。山とは違う景色がたくさんありますから、存分に楽しんでいらして下さいませ。案内人に凪様をパシってもよいですわよ」
「パシ…。そんなこと言ったら怒られるだけでは済まないです…」
「大丈夫です。私共が全力で阻止致しますから!」
寮長はケラケラと笑いながら布巾で手を拭いた。
そこは足音と同時に凪がキッチンへ、かがめて顔をのぞかせた。長身であるため入口は彼にとって低い。
その手にはお菓子がたくさん入っていそうなコンビニの袋。凪は麓のことを見て袋を軽く掲げた。
「悪ィんだけどさ、午後から沖田家に行ってくれねェか? 沙奈と麻緒────あのハゲジジイの孫娘2人がおめーと会って話したいってさ」
「わ…! 行きたいです」
「ならよかった。人間とふれあういい機会になるな」
「はい!」
嬉しそうにうなずく麓のことを、寮長はニコニコと見ていた。
「よかったですわね麓様。お散歩を一緒にするのもアリかもしれませんわね」
「でも緊張します…」
「なぜです?」
「まだたくさんの人間と話したことがないので」
今まで話したことがある人間は寮長とブティックのニューハーフ店長、カフェを営んでいる恵里。
人間と精霊。種が違うからためらってしまうのだろうか。
「別にいんじゃね?」
せっかくの明るい表情が曇ってしまった麓を遮るように、凪がキッチンに入って彼女に袋を渡した。
「誰とだろうがそんなの気にするこたァねェよ。人間だ精霊だ言ってもよ、いろんなヤツがいることには変わりねェし。違うのは寿命と治癒能力ぐれェだよ」
確かに、一緒にいて話していても違和感はない。凪の言う通りな気がした。
めったにない彼の長文を聞いて安心感が湧いてきた。
「…それに。俺が言うのもなんだが沙奈も麻緒も変なヤツじゃねェ。そこだけは保証する」
「…ふふ。ありがとうございます。凪さん、午後からよろしくお願いします」
「わかった。アイツらにも伝えておく」
凪はわずかだが口の端を上げてほほえみ、キッチンを出た。
0
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
悪魔な義理弟《ボディーガード》~ヤンキー校最凶犬男子の独占欲が強過ぎる~
Kore
恋愛
「余計なこと考えさせないくらい愛せば、男として見てくれる?」そう囁く義弟の愛は重くて、危険で、究極に甘い。
———勉強が大の苦手であり、巷で有名なヤンキー高校しか入れなかった宇佐美莉子。そんな義理姉のボディーガードになるため、後追いで入学してきた偏差値70以上の義理弟、宇佐美櫂理。しかし、ボディーガードどころか、櫂理があまりにも最強過ぎて、誰も莉子に近寄ることが出来ず。まるで極妻的存在で扱われる中、今日も義理弟の重い愛が炸裂する。———
推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー
田古みゆう
恋愛
推し活女子と爽やかすぎる隣人――秘密の逢瀬は、推し活か、それとも…?
引っ越し先のお隣さんは、ちょっと優しすぎる爽やか青年。
今どき、あんなに気さくで礼儀正しい人、実在するの!?
私がガチのアイドルオタクだと知っても、引かずに一緒に盛り上がってくれるなんて、もはや神では?
でもそんな彼には、ちょっと不思議なところもある。昼間にぶらぶらしてたり、深夜に帰宅したり、不在の日も多かったり……普通の会社員じゃないよね? 一体何者?
それに顔。出会ったばかりのはずなのに、なぜか既視感。彼を見るたび、私の脳が勝手にざわついている。
彼を見るたび、初めて推しを見つけた時みたいに、ソワソワが止まらない。隣人が神すぎて、オタク脳がバグったか?
これは、アイドルオタクの私が、謎すぎる隣人に“沼ってしまった”話。
清く正しく、でもちょっと切なくなる予感しかしない──。
「隣人を、推しにするのはアリですか?」
誰にも言えないけど、でも誰か教えて〜。
※「エブリスタ」ほか投稿サイトでも、同タイトルを公開中です。
※表紙画像及び挿絵は、フリー素材及びAI生成画像を加工使用しています。
※本作品は、プロットやアイディア出し等に、補助的にAIを使用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる