(両)片想いではいられない

堂宮ツキ乃

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 薫子が高校を卒業して社会人になり、三年が経とうとしている冬。今日は久しぶりにアンとミツヤとファミレスで近況報告をしていた。

「部活の後輩が言ってた。学校全体を揺るがした事件だって。泣き崩れる女子も多かったとかなんとか」

「藍栄史上一、モテた男性教師が結婚を決めたんだもんね~。仕方ないよね~」

 アンは最もだと言いたげに大きくうなずくと、隣の薫子に飛びついた。

「おめでとうカオ!」

「わ!?」

 アンに抱きしめられ、薫子はソファの上で崩れた。

 二人の前でミツヤは唇をとがらせている。

「高校の時に言ってくれたらさぁ~……。わざわざマッチングさせなかったのによぉ」

「そ、その節はごめん……」

 肘をついている彼は口元をゆるめ、プラスチックのワイングラスを持ち上げた。

「嘘嘘。どうせカオのことだから言いづらかったんだろ」

 コウと付き合い始めて数ヶ月たった頃、二人に報告した。その時もこのファミレスで。

 三年間もコウのことを想い続けていたことは二人にとって意外だったらしい。ソファの上で派手に飛び上がっていたが祝福してくれた。

「あ、これプレゼントね。あたしたちから。先生と使って」

「ありがとう! 何かな……?」

「ペアのお皿とカトラリーセット。カオの好きな黄緑にしといた」

 少し得意げなミツヤの言葉に嬉しくなった。この幼なじみは好きな色や好みを覚えていてくれたらしい。

「ミツヤって意外とセンスよくてびっくりしちゃった」

「そうだろ」

「二人で選びに行ったの?」

「アンが誘ってくれたから」

 アンとミツヤは高校を卒業した今でも二人で会うことがあるようだ。高校生の時はそれらしい空気が流れることはなかったが、この二人がくっついたらいいなと薫子は密かに思っていた。

(大事な友だちだから……。ずっと仲良くしていきたい)

 いつかはここにコウを呼び、四人で出かける日が来たら……と思い描いた。









 
 大学生の時に実家を出たコウは時々、薫子の実家の夕飯に誘われる。

 彼女の両親に歓迎され、早い段階で結婚はまだかと言われていた。その度に顔を赤くしてうつむく彼女の可愛さは破壊級だ。

『ねぇカオ。俺がこんなに誰かを好きになったのは君が最初で最後だよ。これからもずっとそばにいさせて。いろんな君を見せて』

 愛してる────

 プロポーズの言葉に薫子は涙を流し、うなずいた。

 そして次の年の三月。

 コウと薫子は真っ白なタキシードとウェディングドレスをまとって見つめ合っていた。お互いの薬指に輝くシルバーリングは永遠の愛の証だ。

 お祝いに駆けつけてくれたのはお互いの家族、友人、高校の関係者。

 ここまでくるのに遠回りもしたし、急接近もした。実はお互いに一目ボレしていたのに三年間も両片想いをしていたらしい。

 きっとあの時、すれ違ってお互いのことを見ていなかったら運命を共にすることはなかっただろう。





 薫子がコウと結婚して一年。

 二人は高校の近くでマンションを購入し、生活を共にしている。

 仕事を終えて帰宅した薫子は食事の用意をしていた。結婚してからは正社員からパートとして働くようになった。

 夕方よりも早い時間に買い物をしながら帰ってきて、のんびりと晩御飯の準備をする。

 料理は何を作ってもコウが”おいしい”と褒めてくれる。それが嬉しくて、つい張り切って作り過ぎてしまうこともある。

 ダイニングのテーブルを拭いているとコウが帰ってきた。彼は上着も脱がずに薫子にまとわりついた。

「”先生の奥さんってめっちゃ美人らしいですね!”って言われちゃったよ」

「別に美人じゃ……」

「カオは十分可愛いよ。そうやって照れてる顔もね」

 コウは薫子のことを後ろから抱きしめ、彼女の頭に頬ずりをした。

 彼はいつもそうだ。大した用がなくとも薫子のそばに寄り添う。付き合うまではこんなにスキンシップを取りたがる人だなんて、一ミリも思いもしなかった。

 高校では相変わらず生徒から人気なようだが、家での様子を知ったら誰もが幻滅すると思う。

 神崎はコウのべったり具合を見て”また抱きつき魔みたいなのが出たら牽制のために晒すか”と企み顔をしていた。





「……え? カオ、もっかい言って」

「えっ!? だ、だから……。……みたい」

「ごめん、さらにもう一回」

「うぅっ」

 夕飯を終えた二人はリビングのソファに腰かけていた。

 薫子が”話がある”と、お風呂の準備もそこそこにコウの手を引いたのだ。

 いつになく真っ赤な顔をした薫子は深く息を吸い込み、目を閉じた。

「あの……ね。できたみたい────赤ちゃん」

 恥じらいがちにうつむき、自分の腹部にそっと手を添えた。

「あ……え……?」

 今度ははっきりと聞き取れた。が、コウはその言葉の意味を理解するまで三秒後かかった。

「コウちゃ……? わぁっ!?」

「……おめでとカオ! いや俺もか! 晴れてママとパパだー!!」

 コウは授業以上に声を張ると、薫子のことを思い切り抱きしめた。

 いつかこんな日が来たらいいなと夢に見ていた。彼女と子どもと三人で幸せに暮らしていけたら、なんて。

 腕の中の薫子は”はしゃぎすぎ”と苦笑いしているが、目の端に涙がにじんでいた。

「体は大丈夫? 俺、家事頑張る。その上でもっと稼いでくる」

「ありがとう、心強いよ」

 俺は彼女のなめらかな頬をなでた。彼女は口元をゆるめ、くすぐったそうに笑う。

「この事はご両親には?」

「これから。コウちゃんが一番最初だよ」

「なんかそういうの嬉しい」

「当たり前でしょ……。旦那さんだもん」

 薫子は上目遣いでチラッとコウのことを見上げ、すぐ逃げるようにそらす。照れている時の癖だ。コウは頭を思い切りかくと天井を見上げた。顔が熱いのは、彼女の顔の色が移ったと思われる。

(23にもなって可愛すぎだっつーの……)

 たまらず彼女のことを引き寄せ、柔らかい唇にふれた。

 新しく家族が増えた頃、薫子は24歳に、コウは32歳になった。妊娠と同時に退職した薫子は日々、家事に育児にと励んでいる。










「コウちゃん先生って教え子と結婚したんですよね!?」

「そうだよ。皆の先輩だね」

「今度詳しく教えてください! 出会いとかどっちから告白したのか学校でイチャイチャ……」

「やまめちゃんがっつき過ぎ」

 この二人は神崎が担任しているクラスの女子生徒。文系が得意で明るく元気な生徒と、スポーツも勉強も、という才色兼備な生徒。神崎に提出物を届けに来たついでに雑談しに来たようだ。

 提出物の確認をしていた神崎はデスクに肘をつき、ニヤリと口の端を上げる。

「なんだ翠河みどりかわ。先生と生徒の恋愛がうらやましいのか?」

「違いますー。小説のネタにするんですー」

 翠河やまめ、と呼ばれた小柄な女子生徒がツンとアゴを持ち上げる。彼女の横では、そこそこ長身の女子生徒が苦笑いしていた。

 二人の制服は薫子の時代と違う。数年前にモデルチェンジをしたのだ。

「あーそっか。お前彼氏いなさそうだもんな、俺と同じで」

 神崎は椅子の上でふんぞり返った。片目を閉じてニヒルに笑う様子に、やまめは腕を組んだ。抵抗する様子は小動物のようだ。

「私はこれからできるもん! 先生と一緒にしないでください! つかそういうのセクハラですよ訴えるぞ!」

「なんでもかんでもセクハラにしやがって……。ガキが難しい言葉使うな」

「覚えてろよー!」

 捨て台詞を吐いたやまめは一目散に職員室を飛び出た。横にいた女子を巻き込んで。

 その様子を見送った神崎が吹き出した。

「おもしれーヤツ。からかいがいがあるわ……」

「楽しんでるね。仲いいの?」

「たまたま目につくだけだよ」

 彼は仕事に戻り、キーボードに指を走らせ始めた。横顔を盗み見ると余韻が残っているようだった。










「ただいま~」

「パパー!」

 毎日妻と娘に見送られ、出迎えられる。

 コウは玄関へ突っ走ってきた娘のことを抱き上げた。嬉しそうに笑う彼女は最近、幼稚園に通うようになった。薫子と違ってあまり人見知りするタイプではなく、活発な性格だ。

 見た目は小さな薫子だが、中身はコウよりかもしれない。

「今日ねー、おともだちができたよ! つぼみのこと、つーちゃんって呼んでくれたの」

「へ~。良かったね」

 満面の笑みで報告するつぼみにつられたのか、自然とほほえみがこぼれた。子どもっていうのはどうしてこうも素直なのだろう。

 腕の中のつぼみにばかり構っていると、薫子の顔がうらやましそうになっていた。

 我ながらベタベタし過ぎて彼女を困らせていたが、何もないというのも寂しいようだ。

「……カオ。表情がちょっとジェラシー」

「えっ!?」

 慌てて頬に手をやる彼女。俺は軽く吹き出した。

 俺はつぼみを抱き上げているのと反対の腕で薫子のことを抱き寄せた。体を委ねられ、彼女の体温が伝わってきた。

 つぼみが生まれる前────大きくなっていくお腹を見つめる顔が、驚くほど母親らしかった彼女でも甘えたい時があるらしい。

 いつもしっかりしていてつぼみのためなら、と時間も労力も惜しまない彼女。時々、どちらが歳上なのだろうと首をひねる時がある。

 まだまだ見つかる薫子の意外な一面。額に唇でふれると、薫子は”くすぐったい”とつぼみそっくりなはにかみ顔になる。

(だからずっと一緒にいたいんだよね……)

 コウは両腕に力をこめた。この二人は自分が守ると誓いながら。
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