たとえこの恋が世界を滅ぼしても7(完結)

堂宮ツキ乃

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 VASARAのバンド演奏、教師たちによるステージ発表、美百合のライブ、と今年はステージの目玉が三つもあった。

 しかし、美百合のライブは中断することになった。

 やまめは落胆し、ペンライトやうちわを痛バにしまいこんだ。

(みゆりんの方がつらいよね……)

 未だステージ上にいる美百合はマイクを下ろし、観客たちに向かって手を振ったりハートマークを作っている。

 その時、講堂の隅で悲鳴が上がった。

「氷が……!」

「なんか凍ってる!」

 どよめきは全体に広がった。泣き出す子どももいる。

 講堂の隙間が凍り始め、窓を撃ちつける氷の粒が激しい音を立てている。

 今、この国を襲う氷の風がここにも来たのだ。パニックで移動する人の波にもまれ、やまめは講堂の隅に流された。

「離れて!」

 鋭い声は美百合のものだった。彼女はヒールをカン、と鳴らすとマイクを構えた。アカペラで歌い始めたのは最新の曲。

 天使の歌声に民衆は落ち着きを取り戻し、聞きほれているようだ。

 すると、氷の浸食のスピードが落ちた。まるで美百合の歌で力を奪い取ったような。

 彼女が天使なのは本当なのかもしれない。その凛々しい横顔に誰もが手を合わせようとした。

「今の内に中庭へ!」

「校舎に阻まれているので地下室への入口付近は安全です」

 講堂の出入り口が開け放たれたが、我先にと移動する者はいなかった。それどころか、美百合の歌声から離れなければいけないのが口惜しそうだ。

 避難誘導をしているのは美百合のマネージャーと、白い髪のイケメンだった。歌手の相田光守あいだみつもりによく似た風貌に、中途半端な黄色い声が上がった。この場に夜叉がいなくてよかったかもしれない。

「スミレさん! シュンさんも来てたんですか?」

「こんにちは、神七ちゃん。あなたは……いとこの神児しんじ君だったかしら」

「話は後だ。早く行くんだ。地下室で皆が待っているよ」

 別のクラスの女子生徒とそのいとこが、水色髪の男女と話しているのが見えた。彼らもまた、避難誘導をしているらしい。

「そのまま一歩ずつ進んでください! まだ間に合いますから!」

「小さな子どもは抱き上げて。お連れさんとは手をつないでください」

 誘導の声を聞きながらゆっくりと前の人についていく。痛バの持ち手を握りしめ、やまめは何度も立ち止まろうかと迷った。

 自分は何度も救ってくれた推しを見殺しにするのか、と。

 美百合が不思議な人であることはなんとなく思っていた。あの声には魅力、というか力がある。無気力になった心を突き動かすほどの。

 やまめは小説の執筆ができなくなったことがある。現実ばかり見せたがる大人たちのせいだ。そんなことを仕事にしても仕方ない、それ一本で食っていけるのはほんの一握りの小説家だけだ、と。

 そんな時に美百合のことを知った。彼女の歌声を聴いていると好きな事をしたい、とことん突き詰めたいという気力が湧いてくる。

 だから、あの歌声で氷の行く手を阻んでいることを悟った。

 やまめはできるだけ廊下の端に寄った。頬をぴしゃりと叩くと、群衆とは反対方向を向いた。

「どこ行くんだ」

 肩を掴んだのは神崎だった。教師によるステージ衣装のままだ。きらびやかな赤いスリーピース。ゆるめたネクタイは彼らしい。

「止めないでください! みゆりんたちを放って逃げたくない」

「そうか。でも、この人ごみだとお前は埋もれるぞ」

 怒られるかと思っていたので、冷静に返す彼に拍子抜けした。諭すような口調も意外だった。

 瞬間、彼が視界から消えた。やまめよりも身長があるのでありえない。誰かに突き飛ばされたわけでもない限り。

 周りを見渡そうとしたら視点が高くなった。周りの大人たちのつむじがよく見える。いつの間にか両足に腕を回され、神崎に持ち上げられていた。

「せんせっ……!?」

「どこでもいいからつかまっとけ。飛ばすぞ」

 言われて肩に手を乗せると、神崎は逆走を始めた。迷惑そうな顔たちにおかまいなしに。

「なんで先生も来てくれるの……?」

「好きな女もだが、そいつの推しも守らねぇと」

 神崎の目が見えない。わざとうつむいているように見えた。

「……ん?」

「話は後だ」

「でっできるかー!」

 やまめは寒さを忘れて顔を真っ赤にさせた。彼の肩をバシバシと叩くが反応はない。

「だってあの時……」

「地球がひっくり返るみたいだからいいかと思ったんだよ」

 そう答えた彼の声はどこか少年のようで。同い年の男子生徒と変わらないように見えた。

『……俺とお前は教師と教え子だ。それ以上にも、それ以下にもならないしなれない』

 以前彼に言われた線引き。それを彼から壊すなんて。

 不謹慎だけど地球滅亡の瞬間に立ち会えてよかった。これから生活はどうなるか分からない。それでも、彼と一緒に生き残りさえすれば。

 やまめは目頭が熱くなるのを感じながら、神崎の首に腕を回した。





「けほっ……」

「美百合!」

 歌が止んだ。膝をついた美百合の前には小さな血だまり。摩睺羅伽まごらか緊那羅きんならが駆け寄った。

「まだ……避難が終わるまで食い止めなきゃ……」

 口の端を拭うと血の跡が広がった。摩睺羅伽まごらかはそれをハンカチでそっと押さえた。

 その瞬間、それまで歌で抑えていた氷の浸食が一気に進んだ。窓ガラスが全て割れ、ガラスの破片なのか氷なのか見分けがつかないものが降り込んでくる。

 緊那羅きんならが二人に覆いかぶさった。冷気が肌を突き刺す感覚に喉が鳴る。

「みっつん……」

「あなたたちだけでも……行って……」

「だめ! 美百合、もう行こう。地下に入れなくなっちゃう」

 声がかすれてしまった美百合は力なく笑った。もう、話すのも限界だ。

「みゆりんたち!」

 その時、一陣の元気な声が空気を切り裂いた。

 彼女のことを美百合は一方的に知っている。夜叉に顔写真を見せてもらっていた。男性教師に抱き上げられているのは謎だが。

「どうして……」

「一緒に避難しよう! 私の小説がドラマ化して、みゆりんに主題歌を担当してもらうのが夢なの!」

 彼女は胸の前で拳を作ると高く掲げた。摩睺羅伽まごらか緊那羅きんならもその様子にほほえんでいる。

 美百合は緊那羅きんならに横抱きにされ、ステージから下りた。横では摩睺羅伽まごらかが支えている。

「……ファンは大事にしなきゃね」

「そうだよ!」

 摩睺羅伽まごらかが強くうなずいた瞬間、講堂の壁が崩壊した。

 巨大な氷の壁は美百合の歌声が止んだことで力を解放したらしい。

「美百合! サラさん! ミツモリさん!」

 迫りくる氷の壁に立ちはだかったのは二つの影。

 髪の長い方が壁に向かって手を広げると炎が放たれた。龍のようにうねりながら氷を食らう。

 氷は全てを壊してきたとは思えないほどあっさりと溶けてしまった。氷の風も止み、講堂は本来の静けさを取り戻した。

「やーちゃん……?」

 同級生の声に振り向いたのは、瑠璃色と真紅の瞳を持った少女だった。
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