たとえこの恋が世界を滅ぼしても7(完結)

堂宮ツキ乃

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 住吉がSNSを見て血相を変える少し前。講堂では美百合のステージが始まった。

「ママー見てー」

「指ささないの!」

 やまめはパーカーから半袖のTシャツ姿になった。去年の夏に開催された美百合のライブ限定Tシャツだ。友だちに自慢したくて模擬店のシフトが終わってからというもの寒い格好で練り歩いていた。しかし、限界が来てパーカーとジャケットを羽織っている。

 もちろん今日もグッズを大量に買った。持っていないグッズを全て買い揃えたかったので、自宅で家事のお手伝いに励んだ。おかげでお小遣いをたんまり稼げた。

 今の彼女はライブのTシャツだけでなく、美百合の缶バッジを大量につけた痛バとマリンブルーのリボンを巻き付けたペンライトを三本持っている。反対の手には神七と作ったデコストーンのうちわ。

(みゆりーん……気づいてくれるといいな)

 講堂の中央には円形のステージ。できるだけ多くの観客が入れるように、とこのスタイルになったらしい。

 周りにはやまめと似たような格好をしたオタクたち。年齢層は幅広い。皆一様にペンライトを振り上げている。

『美百合を撮れるみたいなこと慶司さん言ってたのに……。まぁアクスタめっちゃ買ったからいいか! しかもランダム商品が一個もないの神すぎ。まじ推せる』

 グッズ列に並んだ後、すごくご機嫌なお姉さんを見かけた。横にいるイケメンは彼女のことを優しい顔で見つめていた。

(結婚してるのかな……。画になるカップル……)

 撮影禁止なので見回ってる教師がいるのが、その中には神崎もいる。

 彼は時々ステージに目をやり、妖精に見とれているようだった。その時だけ瞳が開かれる。普段は無気力なのに。

 それに気づく度に複雑な気持ちになるが、美百合の歌声に包まれるとそれでもいいかと思える。

(私もみゆりんのこと大好きだもん……。先生が好きになるの分かるし、へいき。だって同担大好きだから)

 三曲目が終わると、美百合が客席から飲み物を受け取った。ペットボトルを渡した白のミディアムはマネージャーらしい。開演前、追っかけをしているであろうオタクの声が聞こえた。










 校舎裏には結城ゆうき、日奈子、せつなの三人がそろっていた。クラスも見た目も雰囲気もバラバラな三人は、顔を合わせるとそろって首をかしげた。

 クラスでの模擬店の出番が終わり、なぜかここに来たくなったのだ。

「なんだろう……嫌な予感がするんだ」

「私は先週からずっと」

「すごく冷たい風だね」

 入学してから同じクラスになったことはないし、話したこともなかった。しかし、三大美人として入学式で選ばれたという共通点がある。

「おわっ、くっそ美人たちがいる……」

 不意に聞こえた男子の声に振り返った。そこには近隣の高校の制服を着た男子がスマホをかかげていた。

「あっあなたは藍栄らんえいの守護神と名高い織原おりはらさん! 一房だけ伸びた金髪がトレードマークの喧嘩屋……」

かなで高校のヤツがなんだ」

「配信しながら入ろうとしたから止めたって智が言ってたよ」

 日奈子の言葉に結城の瞳が細められる。

「あぁ、すみやん……住吉って人だって聞いたことあるなぁ。やまめちゃんと神崎先生を困らせた張本人」

 せつなが長い横髪を耳にかきあげた。去年の騒動だが、被害者たちは同級生だったり教科担任なのでよく覚えている。

「また配信してるの? 生徒会の人に怒られちゃうよ?」

「それどころじゃないって三大美人さん! 地球が終わるかもしんねーんだ!」

「何を言ってるんだ……。配信の話題作りか」

 結城が拳を握ると住吉は顔の前で手を広げた。

「マジだって! SNS見てない!? この国で何が起きてるのか……」

「私はそういうのやってないから知らん」

「もしかして……これ? 織原さん、徳水とくみずさんも見て」

 せつなは自分のスマホを出した。そこにはこの国とは思えない景色を写した画像が多く投稿されていた。

「なん……だ、これ……」

「まるで北極や南極みたいじゃない……」

「この国だけじゃない! 世界中で広まってるみたいなんだ! 被害に遭っている人もいる……。テレビも見られないしラジオも聴こえなくなったって報告もあるんだよ!」

「それでお前はどうしようと……?」

 住吉の顔を見上げた結城の声には震えが走っていた。どんな喧嘩屋でも自然の脅威には勝てない、と分かっているからだろう。

「おれ、どうしたらいいか分かんなくて……。でも黙って死ぬのは嫌だ!」

「……ん? 豊峰とよみねさん、どこへ……」

 せつなが突然、背中を向けた。結城たちの言葉に答えることなく、スタスタと歩いて行ってしまう。

 残された三人は彼女の後を追った。隣に並んで顔をのぞくと、せつなの瞳が紫がかっているように見えた。

(なんだ……?)

 まるで神がかり、とでも言うのだろうか。何も反応を示さず迷いなく進んでいく。

「ここ……」

「あ、俺がさっきまでいた植木……」

 冬が近くなっても青々とした低木。そこは一ヵ所だけ荒らされたように葉が散らばっていた。せつなは枝が顔に当たるのを気にせず、低木の中に突っ込んでいく。

 後に続けそうにないので、結城たちは上から様子を見守ることにした。すると、少し進んだところに開けた場所があるのに気がついた。

 せつなは芝生の地面をコンコン、と叩き始めた。その手は土にまみれ、切り傷ができてしまっている。

「変な音だね……。中が空っぽみたい」

 その瞬間、正方形の芝生が落ちた。人が一人入れる穴が現れた。

「なんだここは……」

「地下室みたい……。俺ちょっと見てくる!」

「あ、おい」





 住吉はスマホのライトをつけ、穴に足を踏み入れた。そこからは階段になっており、小さなライトでは全体を照らせないほど広い空間が広がっていた。

「すっげぇー……。皆、見えるか? 巨大な地下施設みたいだ」

 久しぶりに画面に向かって話しかけた。ここへ突入する前に外カメラに切り替えたので、リスナーにも見えていることだろう。

 コメント欄では様々な考察が繰り広げられている。ふと閲覧数を見ると、その数は随分減っていた。

『古代遺跡みてぇ』

『防空壕?』

『地底人いそう』

 長い階段を駆け下りると、突然目の前が明るくなった。

 そこに広がったのはまるでもう一つの街。立ち並ぶのは小さめの家や店舗のような建物。試しに一ヵ所入って見ると新築そのもので、家具家電もそろっていた。今すぐ生活を始められそうなモデルハウスのようだ。不思議なことにどの建物も真っ白だった。

「電気設備が整ってるってことだよな? 俺が入った瞬間に電気点いたし。水道もある……」

 冷蔵庫の中はよく冷えている。エアコンを試しにつけてみたが問題なく動いた。トイレの水も流れる。

「ここに住めるってことか……? そういえば全然寒くない。建物に入っても出てもちょうどいいや」

『すみやん、住所教えろ』

藍栄らんえい高校ってどこ?』

『とりあえず犬連れて家出た』

 住吉は配信中ということも忘れ、スマホを高く放り上げた。二台とも。

 雑にキャッチすると”ひゃっほー!!”とベタな奇声を上げて駆け出した。

「広すぎて向こうまで走れねぇ! 文化祭に来た人が全員に入っても全然余裕ありそう! なんとかドーム何個分か分かんねぇ!」

 希望が見いだせた。人類滅亡だなんて悲観する必要はない。嬉しくて涙が出てくるなんてキャラに似合わないが、手の甲で乱暴に拭った。

 地上に戻ると気温が一層下がったようだった。一番小柄な日奈子は震えていた。せつなが心配そうに抱きしめている。

「私は校庭にいる人たちを呼んでくる。近くの人から避難してもらって、食材も一緒に運び入れてもらう!」

 結城はそう言い残すと、校庭に向かって駆け出した。

「私は生徒会室の智に言って放送してもらうね!」

「徳水さんは中に入ってスマホで連絡して。私はここが分かるように立ってるから」

「じゃあ俺は配信でここのことを知らせる!」

 その頃、高城にも氷の風が吹き始めた情報がSNSで流れ始めていた。
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