たとえこの恋が世界を滅ぼしても7(完結)

堂宮ツキ乃

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 冬休み明けの職員室。神崎はすれ違う教師たちと新年の挨拶を交わした。

 自分のデスクにビジネスバッグを置くと、横から小野寺おのでらが顔をのぞかせた。

「神崎君。明けましておめでとう」

「おう、今年もよろしくなコウちゃん。カオちゃんはどうだ、調子は」

「安定期に入って家事を再開したところ。俺としてはじっとしててほしいんだけどね……」

 心配そうな愛おしそうな瞳は、見てるこちらが恥ずかしくなる。神崎は笑いをかみ殺しながらキャスター付きの椅子を引いた。

「相変わらずだな、おたくらは」

「大事な奥さんだからね」

 小野寺家に家族が増えるのは二度目だ。神崎は一度目の報告を受けた時のことを思い出す。あの頃はお互いにもう少し若かった。今ではどっしりと構えた様子が様になっている。

「上の子はどうだ、赤ちゃんがえりするとかよく言うだろ」

 神崎は小野寺家に遊びに行くことがあるので一人目の娘のことをよく知っている。口達者な五歳児は最近、”おじちゃんはどうしていつも一人なの?”が口癖だ。

「びっくりするぐらい全然。お姉ちゃんになるんだ、ってすっごく張り切ってる。家事の手伝いをしてくれるんだよ。ご飯作りたいとか言い出して……」

「立派なもんだな……」

れん君にも食べてもらいたい、ってさ」

「ありがてぇ。独りもんには誰かの作った飯が一番のごちそうなんだよ」

 神崎は血のつながらない姪っ子の成長に顔を綻ばせた。





 生徒の前では決して見せない顔だ。神崎はニヒルな笑みを浮かべることが多い。

 そんな彼だが、実は子どもの相手をするのが上手だ。

 懇談会では小さな子どもを連れてくる保護者も多い。ぐずり出したら神崎が預かることもしばしば。

「君も結婚考えたら? 俺たち、結構いい歳になってきたよ」

 小野寺は片目をとじ、お互いのことを指差した。

「まぁな……」

 彼は大して気にしていない様子で後ろ手を組む。椅子が音を立てて背中を反らした。

「何がいい歳なんですか?」

「あ、翠河みどりかわさん」

「おはようございますコウちゃん先生!」

 神崎が担任をしているクラスの生徒だ。名前の通り、緑の要素が多い見た目は目に優しい。

 小野寺は以前から二人は想い合っているのでは、と疑っていた。神崎の視線が優しくなり、やまめの声があからさまに高揚するからだ。しかも神崎は彼女のことを名前で呼んでいた時期がある。

 去年の夏あたりは特に怪しかった。密会してるとか、校外でも会っているというわけではなさそうだが、明らかに二人の間に流れる雰囲気が違った。

「どうしたんだよ、こんな朝早くに」

 神崎は大あくびをしながら目をとじた。目の端に涙がにじむ。

 やまめは冬休み明け早々、だらしない担任の姿にジト目になった。

「冬休み前に出された特別課題……提出に来ました」

 彼女は背中に持っていたプリントを勢いよく差し出す。顔に当たりそうになった神崎が椅子からずり落ちそうになった。

「っと……。ご苦労さん。これで学年末テストは大丈夫だな」

「んーたぶん!」

「たぶんってなんだよコノヤロー」

 神崎は小さく吹き出しながらプリントを受け取り、デスクに置いた。その様子を見つめるやまめの頬がわずかに紅潮する。

 小野寺は十年以上前、奥さんに同じ顔をされていたのを思い出していた。

「カオは古典も得意だったな……」

「へー! 文系なんですか?」

「根っからの。本を読むのも好きだしね。いつか翠河さんの小説を奥さんが読んでるところを見たいよ」

 やまめは小説家志望で有名だ。国語系の授業中にこっそり執筆していることも。彼女曰く、”小説を書くことが国語の勉強になっている”、らしい。

「私もそんな日が早く来るといいなー」

「今年は我慢した方がいいぞ。大学受験だろ」

「そうなんですよねー……。推薦狙ってるんで校内での争奪戦に勝たなきゃだし……」

 二年生である彼女はそろそろ真剣に進路について考えなければいけない。進路希望表を配布する時期でもある。

 小野寺は進路のスペシャリストである”大先生”の方へ顔を向けた。朝早くから職員室にいる彼は紅茶をたしなんでいる。

 やまめはため息をつき、ジャケットのポケットに手を入れた。

「そういえば! さっきまでなんの話をしていたんですか!?」

 彼女はあからさまに話題を変えた。現実逃避をしたいらしい。

 苦笑いを浮かべた小野寺は振り返り、神崎の肩を軽く小突いた。

「神崎君の結婚相手だよ」

「あ……」

 やまめの目が見開かれる。口を開けた拍子に声がもれたが、本人は気づいていないだろう。

 一方の神崎は黙り、足元のビジネスバッグのジッパーに手を伸ばす。瞳が前髪に隠れた。

「かっ彼女できたんですかー?」

 からかい口調だが、目に浮かんだ動揺が隠しきれていない。瞳が揺れたのを小野寺は見逃さなかった。

「いーや全く。そろそろ紹介しようか、って話してたところ」

「へー!」

 意地悪をするつもりはないが、彼女の反応がもっと見てみたい。気配を消した神崎の袖を引くと、彼は書類を引っ張り出す手を止めた。

「なんで俺の代わりに全部答えてんだよ」

「翠河さんは神崎君にはどんな人がいいと思う?」

「え……え? なんかだらしないし……。歳上のお姉さんとか?」

 顔を上げた神崎の視線から逃げるよう、やまめはあらぬ方向に顔を向ける。

「失礼なヤツだな」

「じゃああえて歳下はどう?」

「さ、さぁ……。想像もつかないです」

 彼女は後ろ手を組むと爪先を見つめた。また頬が染まり、年相応の少女らしい顔になる。

 神崎はビジネスバッグを足元にしまうと、デスクに肘をついた。

「俺も歳下とは付き合ったことねえから知らん」

「じゃあ何歳差までならいい?」

「犯罪にならん歳なら……まぁ。地球がひっくり返るようなことがあれば話は別だがな」

 最後のは随分小さな声で早口だった。そのかすれ具合が妙に切ない。

 対するやまめは視線をめぐらせた。爪先から上げた顔は花が咲いたよう。

「そっそんなこと言ってたら私たち生徒に抜かされますよ!」

「それはねぇよ」

「先に私に彼氏ができちゃったりして~……」

「じゃじゃ馬をもらってくれる人がいるといいな」

「うるさい! いつかやーちゃんみたいに大人っぽいカレカノになるんだもん!」

 やまめは神崎に人差し指を突き付け、走り去っていった。

 百面相な彼女は短時間でいろんな表情を見せてくれた。まだまだあどけなさが残る笑みは可愛らしい。

「翠河さん、本当におもしろいコだね」

「ンだな」

 神崎の目尻にシワが寄っている。優しいカーブは小野寺家に滞在している時と同じに見えた。
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