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2章

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 阿修羅が久しぶりに登校した日、彼と親しい者たちは大げさなほど騒いで迎え入れた。

 彼は消える前と変わらず女子制服姿で、2つに分けたおさげを白いリボンでまとめている。

 夜叉と共に教室に入ると彼にやまめが飛びついた。

「うわ~んあーちゃん! 超久しぶり!」

「ご、ご無沙汰しております…」

 突然首に腕を巻きつかれて彼はたじたじしながら小さく頭を下げた。やまめは彼が本当は男であることには気づかず、目を閉じて肩にあごを乗せた。

「あーちゃんがいなかったからやーちゃんとの百合が見れなくて寂しかったよ…」

「百合?」

「やまめちゃんまで神コンビみたいなことを…」

 夜叉はため息をつきながらやまめを引き剥がして肩をすくめた。阿修羅とイチャついているつもりはないので、彼らには独特のフィルターがあるのだろうかと疑いたくなる。

 校門でスクールバス組の彦瀬ひこせ瑞恵みずえと合流したが、2人も含めて集まってきたクラスメイトたちに向かって阿修羅が頭を下げた。

「皆様、この度はご心配をおかけしました。皆様と修学旅行に行きたくて慌てて戻って参りました。これからも変わらずよろしくお願い致します」

 相変わらず丁寧過ぎるほど丁寧な口調ときっかり45度のお辞儀に、クラスメイトたちがまばらに拍手した。彼のことを心配していたのは夜叉や彦瀬など近しい人間だけではなかったらしい。

「おー何騒いでんだ? そろそろ朝礼始めっぞ」

 その輪の中に突然現れたのは担任の神崎かんざきだ。手帳を肩にかけて反対の手で頭をかいている。目の端にうっすらと涙が浮かんでいるのは、廊下でのんきにあくびをしたからだろう。

 彼は久しぶりに見る顔に気が付いて”おっ”という顔になって少しだけ笑った。

「よう、青川あおかわ。元気だったか」

「はい、おかげさまで」

「…2ヶ月くらいで雰囲気が変わったな。なんというか人間ぽくなった。…いい意味で、だが」

 その言葉には隣にいた夜叉が妙に顔を引くつかせ、阿修羅のことを上目遣いで見た。当の本人────戯人族であって人間ではない彼は、伏し目がちにうなずく。

「今の自分にとっては褒め言葉です」

「ならいいけど。そういえば青川がいない間に修学旅行の計画はかなり進んでいるから桜木さくらぎ姉にでも教えてもらってくれ」

「分かりました」

 彼は夜叉のことを見て、よかったら授業後にウチにいらしてくださいとさりげなく誘った。

 夜叉はいつも行き慣れている場所なのに歯切れの悪い返事しかできなかった。苦笑いで取り繕い、何かを思い出したフリをして自分の席へ走った。クラスメイトたちも神崎が来たことだし、という風にまばらに自分の席へ戻り始めた。神崎も眠たそうにあくびをしながら教壇に立ち、パラパラと手帳をめくっている。

(最近は朝来と行ってたからなぁ~…それ知ったらまた阿修羅が…)

 彼女はスクールバッグの中から教科書やノートを取り出しながら、先日のことを思い出してため息をついた。
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