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2章
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阿修羅が戻ってきてから初めての古典の授業。夜叉は視線だけで窓の外を眺めていた。
黒板の前では神崎がチョークで様々な古文を書きながら説明しているが、夜叉の頭の中には入って来ない。いつもだったらどれだけぼんやりしていても授業内容がスッと入ってくる。しかし今日は鼓膜に届く前に体が拒否しているようだった。
(友だち、か…)
彼女の頭の中はこの前の日曜日、朝来が話した2人の関係のこと。
神七に説明するのにそれが一番無難な答えなのは分かっているが、どうにも心がもやっとする。
(でもそれ以外の言葉でなんて言ってほしかったの…?)
あの後、特にそのことで話が広がることはなく食事をした。
朝来に慣れ慣れしくニックネームを呼ばれた阿修羅のしかめっ面は時間が経つにつれ薄れていった。
夜叉は朝来と食事を半分こにして食べ、これはおいしいとかデザートも食べたくなったと話していた。食べ物に興味はないと言っていた朝来だがそれなりに食事を楽しんでいるようだった。
(目の前に阿修羅がいたことをのぞくと)まるで恋人同士のデートのような日曜日だった。神七が料理を運んできたり空いた皿を下げる度にニヤけ面で見つめてくるのは恥ずかしかったが。
(また出かけられたらいいな…あぁして休みの日に会うのは何気初めてだったけど楽しかった。あ、朝来にも修学旅行のお土産を買ってこようかな)
授業に関係ないことばかり思いつく。夜叉は板書するフリをしてノートの片隅に修学旅行のお土産を買う人リストを作り始めた。
「…ということだ。じゃあよそ事してるっぽい翠河に現代語訳してもらおうか」
「私!?」
「はい、前回の授業の最後に勉強したヤツ。おさらいだ」
「えっと…」
夜叉もよそごとをしているが神崎が気がつかなかったようだ。
例の事件があってから2人は二度と関わらないかと思いきや、授業中に時々こうして絡む。話す内容は全て授業関係だけども。
例の事件が解決したと思われる日からしばらく経った頃の彼女はおとなしかった。
神崎が配信者に反撃に出たと思われる日から数日経ったある日、夜叉はやまめに誘われて一緒に下校した。
最近妙に静かだった理由を聞きたかったので2人になれたのは好都合だった。
「…この前ね、先生と屋上で話したんだ」
先生って誰、と聞かなくてもすぐに分かった。やまめの表情を見ればすぐに分かる。
気づいてしまった自分の感情に一瞬だけ身をやつした彼女の瞳は寂しそうに暗く沈んでいた。
「…私じゃダメなんだって。先生と生徒だからって」
「…孔ちゃん先生とカオちゃん先輩の縁結びの神様だって噂なのに?」
「他人と自分の時とは違うんだよ。それに先生は私のことが好きなんて一言も言わなかったもん」
「いつも名前で呼んだりやまめちゃんにばっか話しかけてたのに…」
2人が一緒にいるのは見ていておもしろかった。特に夏休み中の合宿は神崎が何かとやまめを職員室に連行し、雑用をさせていた。
やまめは首を振ると力なく笑った。
「この前は配信のことを教えてくれてありがと」
「いや全然…」
お礼を言われたのに夜叉の心は晴れなかった。こんな切ない表情では本来は嬉しいものでも素直に受け取れない。
あれは神崎の声だと言わない方がよかったのだろうか。気づいていたのは夜叉だけだったし、やまめに何も言わなければ2人の関係は変わらなかったかもしれない。
「…私ね、一度こうして関係がはっきりしてよかった。やっぱり私はまだ子どもだもん。うんと歳の離れた大人には恋しちゃダメなんだって気づけた」
「でもそんなのって…やまめちゃんはいいの? 恋をあきらめていいの?」
やまめは夜叉の質問には答えなかった。始終ほほえんだまま夜叉の瞳を見つめている。
何を考えているのか読めない表情は、自分の心の中を見透かされないためのガードに見えた。
「やまめちゃんの考えなら尊重するよ…でも、後悔しない道を選んでね」
「やーちゃんは不思議なコだなぁ…他のコだったら絶対に諦めるなとか止めそうなのに」
「そう?」
夜叉が首をかしげると、やまめはスクールバッグを肩にかけ直して彼女の首に腕を回した。
やまめは目を伏せ、彼女にだけ聞こえる声でささやいた。もう恋する少女の顔はどこにもない。
「最後に先生のことを誰かに話せてよかった…もう思い残すことはないよ────あとは小説にぶつけて成仏させようかな」
「へ?」
雰囲気をぶち壊すというか彼女らしいというか。先ほどまでのしおらしい姿を記憶から押し出される言葉が流れこんできて、夜叉はやまめのことを引き剥がして眉を寄せた。
やまめは何がそんなにおかしいのかと言いたげに口をとがらせている。
「もうこれは小説のネタにするしかないなと思い始めて…。最近特に筆が進まなかったからここいらでガンガン執筆するためにも吸収しようかと」
「なんか心配して損した…」
既に仕事脳になっているやまめは自暴自棄になったようにも見えるが瞳は本気だ。
(元気ならいっか…)
夜叉は後ろ手で頭をかき、今夜も執筆に励もうと意気込んでいるやまめの様子に笑みがこぼれた。
黒板の前では神崎がチョークで様々な古文を書きながら説明しているが、夜叉の頭の中には入って来ない。いつもだったらどれだけぼんやりしていても授業内容がスッと入ってくる。しかし今日は鼓膜に届く前に体が拒否しているようだった。
(友だち、か…)
彼女の頭の中はこの前の日曜日、朝来が話した2人の関係のこと。
神七に説明するのにそれが一番無難な答えなのは分かっているが、どうにも心がもやっとする。
(でもそれ以外の言葉でなんて言ってほしかったの…?)
あの後、特にそのことで話が広がることはなく食事をした。
朝来に慣れ慣れしくニックネームを呼ばれた阿修羅のしかめっ面は時間が経つにつれ薄れていった。
夜叉は朝来と食事を半分こにして食べ、これはおいしいとかデザートも食べたくなったと話していた。食べ物に興味はないと言っていた朝来だがそれなりに食事を楽しんでいるようだった。
(目の前に阿修羅がいたことをのぞくと)まるで恋人同士のデートのような日曜日だった。神七が料理を運んできたり空いた皿を下げる度にニヤけ面で見つめてくるのは恥ずかしかったが。
(また出かけられたらいいな…あぁして休みの日に会うのは何気初めてだったけど楽しかった。あ、朝来にも修学旅行のお土産を買ってこようかな)
授業に関係ないことばかり思いつく。夜叉は板書するフリをしてノートの片隅に修学旅行のお土産を買う人リストを作り始めた。
「…ということだ。じゃあよそ事してるっぽい翠河に現代語訳してもらおうか」
「私!?」
「はい、前回の授業の最後に勉強したヤツ。おさらいだ」
「えっと…」
夜叉もよそごとをしているが神崎が気がつかなかったようだ。
例の事件があってから2人は二度と関わらないかと思いきや、授業中に時々こうして絡む。話す内容は全て授業関係だけども。
例の事件が解決したと思われる日からしばらく経った頃の彼女はおとなしかった。
神崎が配信者に反撃に出たと思われる日から数日経ったある日、夜叉はやまめに誘われて一緒に下校した。
最近妙に静かだった理由を聞きたかったので2人になれたのは好都合だった。
「…この前ね、先生と屋上で話したんだ」
先生って誰、と聞かなくてもすぐに分かった。やまめの表情を見ればすぐに分かる。
気づいてしまった自分の感情に一瞬だけ身をやつした彼女の瞳は寂しそうに暗く沈んでいた。
「…私じゃダメなんだって。先生と生徒だからって」
「…孔ちゃん先生とカオちゃん先輩の縁結びの神様だって噂なのに?」
「他人と自分の時とは違うんだよ。それに先生は私のことが好きなんて一言も言わなかったもん」
「いつも名前で呼んだりやまめちゃんにばっか話しかけてたのに…」
2人が一緒にいるのは見ていておもしろかった。特に夏休み中の合宿は神崎が何かとやまめを職員室に連行し、雑用をさせていた。
やまめは首を振ると力なく笑った。
「この前は配信のことを教えてくれてありがと」
「いや全然…」
お礼を言われたのに夜叉の心は晴れなかった。こんな切ない表情では本来は嬉しいものでも素直に受け取れない。
あれは神崎の声だと言わない方がよかったのだろうか。気づいていたのは夜叉だけだったし、やまめに何も言わなければ2人の関係は変わらなかったかもしれない。
「…私ね、一度こうして関係がはっきりしてよかった。やっぱり私はまだ子どもだもん。うんと歳の離れた大人には恋しちゃダメなんだって気づけた」
「でもそんなのって…やまめちゃんはいいの? 恋をあきらめていいの?」
やまめは夜叉の質問には答えなかった。始終ほほえんだまま夜叉の瞳を見つめている。
何を考えているのか読めない表情は、自分の心の中を見透かされないためのガードに見えた。
「やまめちゃんの考えなら尊重するよ…でも、後悔しない道を選んでね」
「やーちゃんは不思議なコだなぁ…他のコだったら絶対に諦めるなとか止めそうなのに」
「そう?」
夜叉が首をかしげると、やまめはスクールバッグを肩にかけ直して彼女の首に腕を回した。
やまめは目を伏せ、彼女にだけ聞こえる声でささやいた。もう恋する少女の顔はどこにもない。
「最後に先生のことを誰かに話せてよかった…もう思い残すことはないよ────あとは小説にぶつけて成仏させようかな」
「へ?」
雰囲気をぶち壊すというか彼女らしいというか。先ほどまでのしおらしい姿を記憶から押し出される言葉が流れこんできて、夜叉はやまめのことを引き剥がして眉を寄せた。
やまめは何がそんなにおかしいのかと言いたげに口をとがらせている。
「もうこれは小説のネタにするしかないなと思い始めて…。最近特に筆が進まなかったからここいらでガンガン執筆するためにも吸収しようかと」
「なんか心配して損した…」
既に仕事脳になっているやまめは自暴自棄になったようにも見えるが瞳は本気だ。
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