たとえこの恋が世界を滅ぼしても5

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
10 / 29
2章

しおりを挟む
 阿修羅が戻ってきてから初めての古典の授業。夜叉は視線だけで窓の外を眺めていた。

 黒板の前では神崎がチョークで様々な古文を書きながら説明しているが、夜叉の頭の中には入って来ない。いつもだったらどれだけぼんやりしていても授業内容がスッと入ってくる。しかし今日は鼓膜に届く前に体が拒否しているようだった。

(友だち、か…)

 彼女の頭の中はこの前の日曜日、朝来が話した2人の関係のこと。

 神七に説明するのにそれが一番無難な答えなのは分かっているが、どうにも心がもやっとする。

(でもそれ以外の言葉でなんて言ってほしかったの…?)

 あの後、特にそのことで話が広がることはなく食事をした。

 朝来に慣れ慣れしくニックネームを呼ばれた阿修羅のしかめっ面は時間が経つにつれ薄れていった。

 夜叉は朝来と食事を半分こにして食べ、これはおいしいとかデザートも食べたくなったと話していた。食べ物に興味はないと言っていた朝来だがそれなりに食事を楽しんでいるようだった。

 (目の前に阿修羅がいたことをのぞくと)まるで恋人同士のデートのような日曜日だった。神七が料理を運んできたり空いた皿を下げる度にニヤけ面で見つめてくるのは恥ずかしかったが。

(また出かけられたらいいな…あぁして休みの日に会うのは何気初めてだったけど楽しかった。あ、朝来にも修学旅行のお土産を買ってこようかな)

 授業に関係ないことばかり思いつく。夜叉は板書するフリをしてノートの片隅に修学旅行のお土産を買う人リストを作り始めた。

「…ということだ。じゃあよそ事してるっぽい翠河みどりかわに現代語訳してもらおうか」

「私!?」

「はい、前回の授業の最後に勉強したヤツ。おさらいだ」

「えっと…」

 夜叉もよそごとをしているが神崎が気がつかなかったようだ。

 例の事件があってから2人は二度と関わらないかと思いきや、授業中に時々こうして絡む。話す内容は全て授業関係だけども。

 例の事件が解決したと思われる日からしばらく経った頃の彼女はおとなしかった。




 神崎が配信者に反撃に出たと思われる日から数日経ったある日、夜叉はやまめに誘われて一緒に下校した。

 最近妙に静かだった理由を聞きたかったので2人になれたのは好都合だった。

「…この前ね、先生と屋上で話したんだ」

 先生って誰、と聞かなくてもすぐに分かった。やまめの表情を見ればすぐに分かる。

 気づいてしまった自分の感情に一瞬だけ身をやつした彼女の瞳は寂しそうに暗く沈んでいた。

「…私じゃダメなんだって。先生と生徒だからって」

「…孔ちゃん先生とカオちゃん先輩の縁結びの神様だって噂なのに?」

「他人と自分の時とは違うんだよ。それに先生は私のことが好きなんて一言も言わなかったもん」

「いつも名前で呼んだりやまめちゃんにばっか話しかけてたのに…」

 2人が一緒にいるのは見ていておもしろかった。特に夏休み中の合宿は神崎が何かとやまめを職員室に連行し、雑用をさせていた。

 やまめは首を振ると力なく笑った。

「この前は配信のことを教えてくれてありがと」

「いや全然…」

 お礼を言われたのに夜叉の心は晴れなかった。こんな切ない表情では本来は嬉しいものでも素直に受け取れない。

 あれは神崎の声だと言わない方がよかったのだろうか。気づいていたのは夜叉だけだったし、やまめに何も言わなければ2人の関係は変わらなかったかもしれない。

「…私ね、一度こうして関係がはっきりしてよかった。やっぱり私はまだ子どもだもん。うんと歳の離れた大人には恋しちゃダメなんだって気づけた」

「でもそんなのって…やまめちゃんはいいの? 恋をあきらめていいの?」

 やまめは夜叉の質問には答えなかった。始終ほほえんだまま夜叉の瞳を見つめている。

 何を考えているのか読めない表情は、自分の心の中を見透かされないためのガードに見えた。

「やまめちゃんの考えなら尊重するよ…でも、後悔しない道を選んでね」

「やーちゃんは不思議なコだなぁ…他のコだったら絶対に諦めるなとか止めそうなのに」

「そう?」

 夜叉が首をかしげると、やまめはスクールバッグを肩にかけ直して彼女の首に腕を回した。

 やまめは目を伏せ、彼女にだけ聞こえる声でささやいた。もう恋する少女の顔はどこにもない。

「最後に先生のことを誰かに話せてよかった…もう思い残すことはないよ────あとは小説にぶつけて成仏させようかな」

「へ?」

 雰囲気をぶち壊すというか彼女らしいというか。先ほどまでのしおらしい姿を記憶から押し出される言葉が流れこんできて、夜叉はやまめのことを引き剥がして眉を寄せた。

 やまめは何がそんなにおかしいのかと言いたげに口をとがらせている。

「もうこれは小説のネタにするしかないなと思い始めて…。最近特に筆が進まなかったからここいらでガンガン執筆するためにも吸収しようかと」

「なんか心配して損した…」

 既に仕事脳になっているやまめは自暴自棄になったようにも見えるが瞳は本気だ。

(元気ならいっか…)

 夜叉は後ろ手で頭をかき、今夜も執筆に励もうと意気込んでいるやまめの様子に笑みがこぼれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん

菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら

普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。 そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。

処理中です...