たとえこの恋が世界を滅ぼしても5

堂宮ツキ乃

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3章

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「彦瀬~」

「ひゃあ!?」

「なんだか眠そうね、夜更かししてたの?」

 次の日の朝。ホテルで朝食を終えた夜叉たちは出発時間と同時に外へ出て街中を歩いていた。

 普段だったら朝のホームルームをしている時間だ。ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込むと眠気が覚めていく気がする。

 しかしメンバーの内の1人である彦瀬には簡単には吹き飛びそうにない睡魔に襲われているようだ。彼女は夜叉に後ろから脇をくすぐられて目を見開いたが、すぐ寝ぼけまなこに戻ってしまった。

「ううん…単純に楽しみで眠れなかっただけ…」

「それは修学旅行の前日だけじゃね?」

「修学旅行始まってからでテンション爆上げしたんだよ」

「そ、そう? 変わった習性ね…」

 昨夜、夜叉と阿修羅が彦瀬たちと集まって散策の会議をしようかと思い立った直後に部屋に尋ねてきた人物がいた。それが彦瀬と瑞恵とやまめ。どうやら彼女たちも同じことを考えていたらしい。その後は消灯時間ギリギリまで全員でスマホを片手にざっくりとした予定を立てていた。

「眠いのはまぁ大丈夫! 早く水族館に行こ」

「あ、そう? 彦瀬が大丈夫ならいいけど…」

 …と、豪語していた彦瀬だが結局、水族館へ向かうバスの中で眠りこけていた。一行はバスの一番後ろの座席に並んで座った。彦瀬はバスが曲がる度に隣に座る夜叉の肩に頭を乗せたり、通路に投げ出されそうになっていた。他の乗客の迷惑になってはいけないと、途中から夜叉は彦瀬のことを引き寄せて自分にもたれかけさせた。

「やーちゃん彼氏みたい」

「そうかな…ってか写真撮らない」

 通路を挟んで隣に座るやまめが夜叉たちにスマホを向けていた。その隣の瑞恵はその画面をのぞきこみながら”後で送って”とささやいている。

「もちろん! なんならグループに送るからさ」

「わーいありがとー」

「やめなさいバカ」

 夜叉の制止を無視したやまめはアプリを開いて画像の送信を始めた。すると、ほぼ同時に夜叉のスマホが軽快な音を鳴らした。彼女は息を吐き、眠りこける彦瀬を起こさない力加減で頬をぺちぺちと叩いた。

「んもう…このコたちはどうしたってこう、そういうのに結びつけたがるのかしら…」

「まだ幼い娘たちなのですから、多めに見てあげてください」

「阿修羅…そんなこと言うタイプだったっけ」

 彦瀬と反対側の隣に座る阿修羅は穏やかに目を細めて見守っている。以前からこんな表情を見せるような男のだっただろうか。

「まぁいっか…これも修学旅行の思い出的な」

「そういうことに致しましょう」

(ん…?)

 夜叉の隣でバッグからスマホを取り出した阿修羅の顔は心なしか嬉しそうだった。今日の彼はいつものおさげをゆるい三つ編みにしている。秋仕様の格好も可愛らしい。これなら彼が男だなんて誰も疑うことはない。

(なんだかんだで阿修羅も修学旅行を楽しみにしていたんだな…)

「あの、やー様。水族館へ行った後は小樽の街を巡りながら食べ歩きをしましょう。一族の者たちへのお土産もたくさん買いましょう」

「う、うん。もちろん」

 彼は夜叉に顔を近づけて力み、頬を紅潮させた。

 やはり彼は変わった。夜叉は”はいはい…”と彼の肩をなでて座らせた。

 修学旅行の本格的な一日目は実質今日。初めて訪れた土地でどんな思い出が作れるのだろう。夜叉は片手でスマホを小さなリュックから取り出して小さなため息をついた。その顔は困ったというよりはほほえみに近いものを浮かべていた。
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