15 / 29
4章
1
しおりを挟む
「わーウミガメ! 近っ! かわいい~」
「こら彦瀬。近づきすぎるんじゃない。落ちるよ」
「ウミガメと泳げるなら本望かな」
「海でやれ!」
バスで爆睡していた彦瀬は出発時に睡魔と戦っていたとは思えないほどはしゃぎ回っている。どうやら夜叉の横で足りない睡眠を補えたらしい。
そんな彦瀬を諌めるように瑞恵がそばでツッコミながら、優雅に泳ぐウミガメたちのプールを見つめている。
「1人────記録係? カメラマンが混ざっていませんか…」
阿修羅は夜叉と1つのパンフレットを一緒に見ていたが、やまめが見学そっちのけで館内の様子を撮影しているのが気になった。パシャパシャと音を響かせながらずいずいと先へ進んでいく。
夜叉は深く息を吐いて首を振り、彦瀬たちの横に並んでウミガメを眺め始めた。皆好き勝手に四方八方に泳いでいく様子はやまめのようだ。壁づたいに泳ぐカメ、プールの真ん中に向かって泳いでいくカメ、何もせず隅に盛られた砂の上でじっとするカメ。学校の教室の風景にもよく似ている。
「あれの場合は修学旅行じゃなくて取材旅行だね。もうすでにプロ意識持ってんのかな」
「また書けるようになったなら彦瀬的にはよかったよ? 一時期は動く屍みたいで見ていられなかったじゃん」
「それもそっか。私らはネタ集めの邪魔にならないように後ろの方で見学するかね」
「たぶん積極的に変わったことをしてネタ提供した方が喜ぶね────」
「こっち見んな!」
彦瀬と瑞恵が同時に夜叉と阿修羅のことをじぃーっと見つめたが、夜叉はあっち行けと言わんばかりに手を払って顔をしかめた。
その後も残されたメンバーはやまめを追いかけるわけでもなくゆっくりと館内を見て回った。
優雅に、素早く、マイペースに泳ぐ魚たち。水槽の中の色とりどりの魚たちに囲まれると非日常感が増す。
特別水族館が好きというわけではないが、見慣れない海の生物たちを目の前にして子どもに戻った気分になった。やまめほどではないが時々スマホを取り出して写真を撮った。
大きくて高さのある水槽の上部から差し込む光が、柱のように幾筋も貫いて綺麗だ。不意に夜叉は水槽に向かって指を差した。
「あの魚おいしそう」
「やーちゃん? ここ魚屋さんじゃないよ?」
「だって新鮮なお魚さんがいっぱい…」
「もしかしてもうお腹空いたの?」
夜叉は終始、食べられると知っている魚やカニを見つけては食べたいかもとぼやいた。食に関しては貪欲なところがあり、昼休み中に誰かにお菓子を差し出されると迷わず”ありがとう!”と受け取るタイプだ。
「そろそろご飯食べる? 昼時にはちょっと早いけど」
瑞恵が腕時計を見ながら提案すると、館内放送が響いた。館内のプールでイルカショーが行われるらしい。
「行きたい! 見に行こ! イルカショー好き!」
単独行動を一度やめたやまめが両手を握り締めて跳びはねた。夜叉たちよりも先へ先へ…と進んでいたのですでに館内を回り切ったのかもしれない。
自由散策の制限時間的に水族館は午前中に出なければならない。ショーを見るならこれが最初で最後のチャンスだ。
「ご飯ならまだ大丈夫だよ。ていうかこの後食べ歩きしたいからお腹はペコペコにしておきたい」
「それなら見に行くか~」
「イルカショー見るとかいつぶりだろ。小学生ん時かな」
「イルカショー…自分は初めてです」
「そうなんだ! じゃあせっかくだから最前列で見る?」
「それはびしょ濡れフラグなのでは…」
一行は阿修羅にイルカショーの様子のイメージを話しながら会場へ向かった。
彼は野生のイルカなら見たことがあると言い、夜叉たちを驚かせた。
「仕事で海に出ることもありましたので。船で沖合に出てイルカの群れが並んで泳いでいるのを見た時は驚きました」
他人だと説明がいささか面倒な詳しい話は夜叉だけに教えてくれた。
美百合と行動を共にした時もイルカの群れに遭遇したそうだ。彼女が舟の甲板に立って歌っていたらそれに引き寄せられるように集まってきたらしい。
「やっぱり美百合の歌声は不思議な力を持っているんだ…。美百合は戯人族になる前は才能があるのに売れなかった歌手だったのかも。無念を晴らすために今、戯人族として歌手活動をしているとか?」
正解を問うように阿修羅のことを見ると、彼は力なく首を振った。
「さぁ…自分も分かりません。美百合の戯人族になる前の素性を知っているのは頭領とパートナーだけだと思います」
「そうなんだ。当ててみてって言われたけどこりゃ難しそうだな…」
「ヤツの適当な問題に真剣に悩む必要はありませんよ。あやつは人をからかうのが好きな性悪ですから」
「そこまで罵倒するほどの嫌な女の子には見えなかったのに…」
阿修羅の美百合の苦手意識は夜叉の想像以上らしい。これ以上話すと阿修羅の機嫌を損ねるかもしれない、と夜叉はパンフレットを開いて視線を手元に落とした。
「こら彦瀬。近づきすぎるんじゃない。落ちるよ」
「ウミガメと泳げるなら本望かな」
「海でやれ!」
バスで爆睡していた彦瀬は出発時に睡魔と戦っていたとは思えないほどはしゃぎ回っている。どうやら夜叉の横で足りない睡眠を補えたらしい。
そんな彦瀬を諌めるように瑞恵がそばでツッコミながら、優雅に泳ぐウミガメたちのプールを見つめている。
「1人────記録係? カメラマンが混ざっていませんか…」
阿修羅は夜叉と1つのパンフレットを一緒に見ていたが、やまめが見学そっちのけで館内の様子を撮影しているのが気になった。パシャパシャと音を響かせながらずいずいと先へ進んでいく。
夜叉は深く息を吐いて首を振り、彦瀬たちの横に並んでウミガメを眺め始めた。皆好き勝手に四方八方に泳いでいく様子はやまめのようだ。壁づたいに泳ぐカメ、プールの真ん中に向かって泳いでいくカメ、何もせず隅に盛られた砂の上でじっとするカメ。学校の教室の風景にもよく似ている。
「あれの場合は修学旅行じゃなくて取材旅行だね。もうすでにプロ意識持ってんのかな」
「また書けるようになったなら彦瀬的にはよかったよ? 一時期は動く屍みたいで見ていられなかったじゃん」
「それもそっか。私らはネタ集めの邪魔にならないように後ろの方で見学するかね」
「たぶん積極的に変わったことをしてネタ提供した方が喜ぶね────」
「こっち見んな!」
彦瀬と瑞恵が同時に夜叉と阿修羅のことをじぃーっと見つめたが、夜叉はあっち行けと言わんばかりに手を払って顔をしかめた。
その後も残されたメンバーはやまめを追いかけるわけでもなくゆっくりと館内を見て回った。
優雅に、素早く、マイペースに泳ぐ魚たち。水槽の中の色とりどりの魚たちに囲まれると非日常感が増す。
特別水族館が好きというわけではないが、見慣れない海の生物たちを目の前にして子どもに戻った気分になった。やまめほどではないが時々スマホを取り出して写真を撮った。
大きくて高さのある水槽の上部から差し込む光が、柱のように幾筋も貫いて綺麗だ。不意に夜叉は水槽に向かって指を差した。
「あの魚おいしそう」
「やーちゃん? ここ魚屋さんじゃないよ?」
「だって新鮮なお魚さんがいっぱい…」
「もしかしてもうお腹空いたの?」
夜叉は終始、食べられると知っている魚やカニを見つけては食べたいかもとぼやいた。食に関しては貪欲なところがあり、昼休み中に誰かにお菓子を差し出されると迷わず”ありがとう!”と受け取るタイプだ。
「そろそろご飯食べる? 昼時にはちょっと早いけど」
瑞恵が腕時計を見ながら提案すると、館内放送が響いた。館内のプールでイルカショーが行われるらしい。
「行きたい! 見に行こ! イルカショー好き!」
単独行動を一度やめたやまめが両手を握り締めて跳びはねた。夜叉たちよりも先へ先へ…と進んでいたのですでに館内を回り切ったのかもしれない。
自由散策の制限時間的に水族館は午前中に出なければならない。ショーを見るならこれが最初で最後のチャンスだ。
「ご飯ならまだ大丈夫だよ。ていうかこの後食べ歩きしたいからお腹はペコペコにしておきたい」
「それなら見に行くか~」
「イルカショー見るとかいつぶりだろ。小学生ん時かな」
「イルカショー…自分は初めてです」
「そうなんだ! じゃあせっかくだから最前列で見る?」
「それはびしょ濡れフラグなのでは…」
一行は阿修羅にイルカショーの様子のイメージを話しながら会場へ向かった。
彼は野生のイルカなら見たことがあると言い、夜叉たちを驚かせた。
「仕事で海に出ることもありましたので。船で沖合に出てイルカの群れが並んで泳いでいるのを見た時は驚きました」
他人だと説明がいささか面倒な詳しい話は夜叉だけに教えてくれた。
美百合と行動を共にした時もイルカの群れに遭遇したそうだ。彼女が舟の甲板に立って歌っていたらそれに引き寄せられるように集まってきたらしい。
「やっぱり美百合の歌声は不思議な力を持っているんだ…。美百合は戯人族になる前は才能があるのに売れなかった歌手だったのかも。無念を晴らすために今、戯人族として歌手活動をしているとか?」
正解を問うように阿修羅のことを見ると、彼は力なく首を振った。
「さぁ…自分も分かりません。美百合の戯人族になる前の素性を知っているのは頭領とパートナーだけだと思います」
「そうなんだ。当ててみてって言われたけどこりゃ難しそうだな…」
「ヤツの適当な問題に真剣に悩む必要はありませんよ。あやつは人をからかうのが好きな性悪ですから」
「そこまで罵倒するほどの嫌な女の子には見えなかったのに…」
阿修羅の美百合の苦手意識は夜叉の想像以上らしい。これ以上話すと阿修羅の機嫌を損ねるかもしれない、と夜叉はパンフレットを開いて視線を手元に落とした。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる