5 / 31
1章
4
しおりを挟む
矢弦川に訪れた帰り、夜叉は軽トラの中から見えた小さな神社が気になると言って車を止めてもらった。
堤防を下りて田んぼの間を抜けていった所に突然現れた鎮守の森の前に鳥居を見つけたのだ。
夜叉はいそいそとシートベルトを外して両手を合わせながら早口に言い残した。
「すぐに戻るんで! ちょっと待っててください!」
「大丈夫だよ、土曜日なんだからゆっくりでいいよ」
「やー様、自分も────」
「ん~…大丈夫!」
突然はじかれたように車を下りたがった彼女を見送る毘沙門天は優しく笑んだ。
軽トラを下りてあぜ道を踏みしめる。冬だから田んぼには何も植わっていないが、秋の収穫の時の残りであろう稲がちらほらと背丈を伸ばしている。
地元の富橋では街の方に住んでいたので田んぼとは無縁だったが、時々外れの方に車で出かけた時によくぼんやりと見つめていた。
(小さくて可愛い神社…)
いつの間にか走り出してたどりついた神社。自分でもよく見つけたと思う。よく見かける真っ赤な鳥居とは違い、ここのは石で造られている。
特別神社が好きということはないし初詣にも行かないタイプだがここには心惹かれる。惹かれるというよりは体が引っ張られている気さえした。
鳥居から神社の敷地を覗こうとしたら急な階段が現れた。ここだけ木々が高い場所にあると思ったら土地が高くなっているらしい。
お邪魔します、と小さく口の中でつぶやいて鳥居をくぐると後ろから強い風に吹かれて長い髪が舞い上がった。
「おっ!? 」
振り返ると遠くに軽トラとバイクと見守るようにこっちを見ているらしい人影。追加で吹いてきた風で前髪がさらさらと揺れる。
「びっくりした…」
髪を雑に後ろに流して気持ち整えると夜叉は石の階段をのぼった。一段、二段とのぼってから首を傾げると彼女は膝をくっと軽く曲げて最上段へひとっ跳びした。
危なげなく着地すると舞い上がった後ろの髪が遅れて背中に広がる。こうして人気の少ない場所では昼間に跳躍移動してもバッタリ人と会うことがない。阿修羅には怒られそうだが。
「こんな時間に人が来るなんて珍しいな」
「んひっ!?」
振り返って田園風景でも────と思ったら突然聞こえた女性の声に驚いて跳び上がった。凛としているがなめらかさを併せ持った心地よい声。夜叉は全身から冷や汗が吹き出すのを感じた。
体を神社側に向けると、そばにある大きな木に巫女服を身に纏った女性が腰掛けていた。夜叉と同じくらい長い紫の髪を持った彼女は目を細める。
「お前、この辺りの子どもじゃないだろう」
「え、えぇまぁ…」
夜叉は心臓をバクバクとさせたまま相手の話すことにただただうなずいた。
それにしても綺麗な女の人だ。切り揃えた前髪の下には髪と同じ色をした透き通るような瞳。木々から差し込む陽の光を浴びた肌は白い。────まるで夜叉のように。
(私今、私と同じって思った…)
「あの、あなたはここの神社の人ですか?」
初対面にも関わらず何故か彼女とは近いものを感じた。夜叉はまだ興奮が抑えられていない心臓を落ちつかせるように胸の前で手を組んだ。
夜叉の問いに巫女は視線を宙に泳がせたのちに、少し困ったようにうなずいた。
「あぁ、一応な。居候みたいなもんだろうか」
「巫女さんの居候…」
「お前さんこそどうした? わざわざ知らない土地の神社に来るなんて物好きだね」
「あはは…なんだか気になっただけで。小さくて可愛い神社ですね」
「そうだろう。私も気に入っている。もう何年ここにいるんだろうな…」
巫女は懐かしそうに目を細めて空を仰ぎ、腕をだらんと下げて幹に体を預けた。夜叉も一緒になって空を見上げる。
この神社には背の高い木が多い。てっぺんの枝まで見上げようとするとひっくり返りそうになるくらい。小ぶりの木と言えば今巫女が体を預けている八重桜。
衣ずれの音がして視線を戻すと巫女にまっすぐに見つめられていた。
「そういえば名前は?」
「夜叉です。桜木夜叉」
「ほう…夜叉────」
巫女はスッと目を鋭く細めるとアゴを人差し指の背で撫でた。
その様子に夜叉はしゅんとなって後ろ手で頭をかいた。
「変わった名前でしょう。友だちにはよく鬼強そうな名前だって言われます」
「鬼、か。私は良い名前だと思う。せっかく親につけてもらったのなら大事にしろ」
「はい────」
巫女さんだから達観しているのだろうか。“夜叉”という単語に臆することなく微笑んだ。初めてかけられた言葉に夜叉は彼女に思わず見惚れながらうなずいた。
堤防を下りて田んぼの間を抜けていった所に突然現れた鎮守の森の前に鳥居を見つけたのだ。
夜叉はいそいそとシートベルトを外して両手を合わせながら早口に言い残した。
「すぐに戻るんで! ちょっと待っててください!」
「大丈夫だよ、土曜日なんだからゆっくりでいいよ」
「やー様、自分も────」
「ん~…大丈夫!」
突然はじかれたように車を下りたがった彼女を見送る毘沙門天は優しく笑んだ。
軽トラを下りてあぜ道を踏みしめる。冬だから田んぼには何も植わっていないが、秋の収穫の時の残りであろう稲がちらほらと背丈を伸ばしている。
地元の富橋では街の方に住んでいたので田んぼとは無縁だったが、時々外れの方に車で出かけた時によくぼんやりと見つめていた。
(小さくて可愛い神社…)
いつの間にか走り出してたどりついた神社。自分でもよく見つけたと思う。よく見かける真っ赤な鳥居とは違い、ここのは石で造られている。
特別神社が好きということはないし初詣にも行かないタイプだがここには心惹かれる。惹かれるというよりは体が引っ張られている気さえした。
鳥居から神社の敷地を覗こうとしたら急な階段が現れた。ここだけ木々が高い場所にあると思ったら土地が高くなっているらしい。
お邪魔します、と小さく口の中でつぶやいて鳥居をくぐると後ろから強い風に吹かれて長い髪が舞い上がった。
「おっ!? 」
振り返ると遠くに軽トラとバイクと見守るようにこっちを見ているらしい人影。追加で吹いてきた風で前髪がさらさらと揺れる。
「びっくりした…」
髪を雑に後ろに流して気持ち整えると夜叉は石の階段をのぼった。一段、二段とのぼってから首を傾げると彼女は膝をくっと軽く曲げて最上段へひとっ跳びした。
危なげなく着地すると舞い上がった後ろの髪が遅れて背中に広がる。こうして人気の少ない場所では昼間に跳躍移動してもバッタリ人と会うことがない。阿修羅には怒られそうだが。
「こんな時間に人が来るなんて珍しいな」
「んひっ!?」
振り返って田園風景でも────と思ったら突然聞こえた女性の声に驚いて跳び上がった。凛としているがなめらかさを併せ持った心地よい声。夜叉は全身から冷や汗が吹き出すのを感じた。
体を神社側に向けると、そばにある大きな木に巫女服を身に纏った女性が腰掛けていた。夜叉と同じくらい長い紫の髪を持った彼女は目を細める。
「お前、この辺りの子どもじゃないだろう」
「え、えぇまぁ…」
夜叉は心臓をバクバクとさせたまま相手の話すことにただただうなずいた。
それにしても綺麗な女の人だ。切り揃えた前髪の下には髪と同じ色をした透き通るような瞳。木々から差し込む陽の光を浴びた肌は白い。────まるで夜叉のように。
(私今、私と同じって思った…)
「あの、あなたはここの神社の人ですか?」
初対面にも関わらず何故か彼女とは近いものを感じた。夜叉はまだ興奮が抑えられていない心臓を落ちつかせるように胸の前で手を組んだ。
夜叉の問いに巫女は視線を宙に泳がせたのちに、少し困ったようにうなずいた。
「あぁ、一応な。居候みたいなもんだろうか」
「巫女さんの居候…」
「お前さんこそどうした? わざわざ知らない土地の神社に来るなんて物好きだね」
「あはは…なんだか気になっただけで。小さくて可愛い神社ですね」
「そうだろう。私も気に入っている。もう何年ここにいるんだろうな…」
巫女は懐かしそうに目を細めて空を仰ぎ、腕をだらんと下げて幹に体を預けた。夜叉も一緒になって空を見上げる。
この神社には背の高い木が多い。てっぺんの枝まで見上げようとするとひっくり返りそうになるくらい。小ぶりの木と言えば今巫女が体を預けている八重桜。
衣ずれの音がして視線を戻すと巫女にまっすぐに見つめられていた。
「そういえば名前は?」
「夜叉です。桜木夜叉」
「ほう…夜叉────」
巫女はスッと目を鋭く細めるとアゴを人差し指の背で撫でた。
その様子に夜叉はしゅんとなって後ろ手で頭をかいた。
「変わった名前でしょう。友だちにはよく鬼強そうな名前だって言われます」
「鬼、か。私は良い名前だと思う。せっかく親につけてもらったのなら大事にしろ」
「はい────」
巫女さんだから達観しているのだろうか。“夜叉”という単語に臆することなく微笑んだ。初めてかけられた言葉に夜叉は彼女に思わず見惚れながらうなずいた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ふしあわせに、殿下
古酒らずり
恋愛
帝国に祖国を滅ぼされた王女アウローラには、恋人以上で夫未満の不埒な相手がいる。
最強騎士にして魔性の美丈夫である、帝国皇子ヴァルフリード。
どう考えても女泣かせの男は、なぜかアウローラを強く正妻に迎えたがっている。だが、将来の皇太子妃なんて迷惑である。
そんな折、帝国から奇妙な挑戦状が届く。
──推理ゲームに勝てば、滅ぼされた祖国が返還される。
ついでに、ヴァルフリード皇子を皇太子の座から引きずり下ろせるらしい。皇太子妃をやめるなら、まず皇太子からやめさせる、ということだろうか?
ならば話は簡単。
くたばれ皇子。ゲームに勝利いたしましょう。
※カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる