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3章
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「和馬ー。私、今日帰り遅いから。晩御飯は無しで」
「あ…うん」
じゃね、と後ろ手を振った夜叉の背中を見送りながら和馬は心の中では泣きそうだった。
帰りのホームルームが終わった教室は人がまばらに残っている。話しながらスマホをいじったり、部活に行く準備をしたり、出し忘れていた提出物を慌てて片付けていたり。
いつもだったらさっさと帰って夕飯の買い物をする和馬だが、この日はもう普通には帰れなくなっていた。
廊下から夜叉が消えたのを見送ると彼は両手で顔を覆って机に肘をついた。
(さくらァ! どこで何をしてるの!? 俺の作るご飯に飽きたの? 卵かけご飯食べ過ぎじゃない? って言ったから怒ってるの?)
実はここ一週間ほどこんな調子だった。ほぼ一日おきに夜叉は先ほどのようなことを言って外で食事をしてくることが多い。彼女が帰ってくる頃には和馬はとっくに入浴も済ませている。
そう言って帰ってくる日はいつも、夜叉とすれ違った時に普段とは違う香りを感じた。女らしい、とは言えないが爽やかな残り香だった────。
「そんなの決まってんだろ。男だよ男。やーちゃんは美人なんだから。あのコは勉強とか体育ができるだけの女子じゃないのよ」
「な゛っ…」
夜叉を見送った後、和馬は夜叉の一番の仲良しである彦瀬と瑞恵のクラスに訪れていた。隣には面白がってついてきた早瀬も。さらに珍しい顔がいると周りにワラワラと集まってきた。
和馬は早瀬の断言した様子に何も言えなくなったが、女子たちは楽しそうに話に花を咲かせ始めた。
「なるほどー! 最近は彦瀬たちもやーちゃんだけ早く帰るのが気になってたけどそういうことだったのね!」
「大体私たちが委員会とかバイトで“やーちゃん今日はごめん!"って言ってるもんね」
「私もやーちゃんのカレチ見たーい!」
「カレチ…?」
「彼氏」
「彼氏ィ!?」
やまめのこともなげに答えた単語に和馬は目を剥いた。
「か、彼氏って…。さくらにそんなのいるわけないって! 皆は知らないだろうけどさくらって今まで彼氏とかできたことないんだよ…? なんでもできて美人で近寄りがたいって言われてたのに…」
「それひどくね? それはそう言ってるヤツらの見る目がないだけだよ。やーちゃんは確かに一見完璧だけど俺のことをチャラ瀬って呼んでからかったり謎に卵かけご飯大好きだし、おばけが怖いっていうギャップが最高じゃん」
「そうは言っても…」
「もー和馬はめんどくさいな! 一緒に住んでいるなら直接本人に聞けばいいのに!」
「だって…さくらは秘密主義者みたいなとこあるし…」
「あんたそれでも家族か!」
彦瀬に思い切り背中をどつかれた和馬は前に倒れそうになったが堪えた。それよりも痛いところを突かれたのが心に来る。
「同じクラスの彦ちゃんたちでも心当たりはないの?」
後ろを向いて俯く和馬の背中をさすりながら早瀬が問うと、3人は一様に首を捻った。
「ない────かな」
「でもさ、この前校門にバカな1年生がいて叱ったとか言ってなかった?」
「そういえばそうだね。もしやその1年生がやーちゃんにホれて告白して付き合い始めたとか?」
「和馬がそれはないって。やーちゃんは生粋の年上好きらしい」
「何その情報…初めて聞いたかも」
「でもやーちゃんって歌手の相田光守が好きって言ってたよね。その人も黒髪だったわ」
3人の女子たちの間に沈黙が流れたが、やまめの手を叩く音でそれは破られた。
「この学校の3年生の黒髪の男子をリストアップするよー!」
「えぇ!?」
「安易過ぎじゃね…」
やまめの提案に和馬が素っ頓狂な声をあげて振り向いたが、彦瀬と瑞恵はノリノリでノートの一番後ろのページを破ったり筆記用具を用意し、窓からグランドを眺め始めた。
「あの────詳しく聞かせてもらえませんか」
「あーちゃん! いつの間に?」
「たった今です。最近休んでいましたが提出物だけでも出そうと思いまして」
「そうなの? えらいな~。彦瀬だったら熱出てできませんでしたーって期限伸ばしてもらうのに」
「彦瀬は休まなくても真面目にやらないでしょー」
「うん!」
無駄に元気よく答えた彦瀬に阿修羅は苦笑し、"それで…"と夜叉の彼氏できた疑惑についての話を教えてくれと迫った。
「あ…うん」
じゃね、と後ろ手を振った夜叉の背中を見送りながら和馬は心の中では泣きそうだった。
帰りのホームルームが終わった教室は人がまばらに残っている。話しながらスマホをいじったり、部活に行く準備をしたり、出し忘れていた提出物を慌てて片付けていたり。
いつもだったらさっさと帰って夕飯の買い物をする和馬だが、この日はもう普通には帰れなくなっていた。
廊下から夜叉が消えたのを見送ると彼は両手で顔を覆って机に肘をついた。
(さくらァ! どこで何をしてるの!? 俺の作るご飯に飽きたの? 卵かけご飯食べ過ぎじゃない? って言ったから怒ってるの?)
実はここ一週間ほどこんな調子だった。ほぼ一日おきに夜叉は先ほどのようなことを言って外で食事をしてくることが多い。彼女が帰ってくる頃には和馬はとっくに入浴も済ませている。
そう言って帰ってくる日はいつも、夜叉とすれ違った時に普段とは違う香りを感じた。女らしい、とは言えないが爽やかな残り香だった────。
「そんなの決まってんだろ。男だよ男。やーちゃんは美人なんだから。あのコは勉強とか体育ができるだけの女子じゃないのよ」
「な゛っ…」
夜叉を見送った後、和馬は夜叉の一番の仲良しである彦瀬と瑞恵のクラスに訪れていた。隣には面白がってついてきた早瀬も。さらに珍しい顔がいると周りにワラワラと集まってきた。
和馬は早瀬の断言した様子に何も言えなくなったが、女子たちは楽しそうに話に花を咲かせ始めた。
「なるほどー! 最近は彦瀬たちもやーちゃんだけ早く帰るのが気になってたけどそういうことだったのね!」
「大体私たちが委員会とかバイトで“やーちゃん今日はごめん!"って言ってるもんね」
「私もやーちゃんのカレチ見たーい!」
「カレチ…?」
「彼氏」
「彼氏ィ!?」
やまめのこともなげに答えた単語に和馬は目を剥いた。
「か、彼氏って…。さくらにそんなのいるわけないって! 皆は知らないだろうけどさくらって今まで彼氏とかできたことないんだよ…? なんでもできて美人で近寄りがたいって言われてたのに…」
「それひどくね? それはそう言ってるヤツらの見る目がないだけだよ。やーちゃんは確かに一見完璧だけど俺のことをチャラ瀬って呼んでからかったり謎に卵かけご飯大好きだし、おばけが怖いっていうギャップが最高じゃん」
「そうは言っても…」
「もー和馬はめんどくさいな! 一緒に住んでいるなら直接本人に聞けばいいのに!」
「だって…さくらは秘密主義者みたいなとこあるし…」
「あんたそれでも家族か!」
彦瀬に思い切り背中をどつかれた和馬は前に倒れそうになったが堪えた。それよりも痛いところを突かれたのが心に来る。
「同じクラスの彦ちゃんたちでも心当たりはないの?」
後ろを向いて俯く和馬の背中をさすりながら早瀬が問うと、3人は一様に首を捻った。
「ない────かな」
「でもさ、この前校門にバカな1年生がいて叱ったとか言ってなかった?」
「そういえばそうだね。もしやその1年生がやーちゃんにホれて告白して付き合い始めたとか?」
「和馬がそれはないって。やーちゃんは生粋の年上好きらしい」
「何その情報…初めて聞いたかも」
「でもやーちゃんって歌手の相田光守が好きって言ってたよね。その人も黒髪だったわ」
3人の女子たちの間に沈黙が流れたが、やまめの手を叩く音でそれは破られた。
「この学校の3年生の黒髪の男子をリストアップするよー!」
「えぇ!?」
「安易過ぎじゃね…」
やまめの提案に和馬が素っ頓狂な声をあげて振り向いたが、彦瀬と瑞恵はノリノリでノートの一番後ろのページを破ったり筆記用具を用意し、窓からグランドを眺め始めた。
「あの────詳しく聞かせてもらえませんか」
「あーちゃん! いつの間に?」
「たった今です。最近休んでいましたが提出物だけでも出そうと思いまして」
「そうなの? えらいな~。彦瀬だったら熱出てできませんでしたーって期限伸ばしてもらうのに」
「彦瀬は休まなくても真面目にやらないでしょー」
「うん!」
無駄に元気よく答えた彦瀬に阿修羅は苦笑し、"それで…"と夜叉の彼氏できた疑惑についての話を教えてくれと迫った。
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