たとえこの恋が世界を滅ぼしても6

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
15 / 31
3章

しおりを挟む
「和馬ー。私、今日帰り遅いから。晩御飯は無しで」

「あ…うん」

 じゃね、と後ろ手を振った夜叉の背中を見送りながら和馬は心の中では泣きそうだった。

 帰りのホームルームが終わった教室は人がまばらに残っている。話しながらスマホをいじったり、部活に行く準備をしたり、出し忘れていた提出物を慌てて片付けていたり。

 いつもだったらさっさと帰って夕飯の買い物をする和馬だが、この日はもう普通には帰れなくなっていた。

 廊下から夜叉が消えたのを見送ると彼は両手で顔を覆って机に肘をついた。

(さくらァ! どこで何をしてるの!? 俺の作るご飯に飽きたの? 卵かけご飯食べ過ぎじゃない? って言ったから怒ってるの?)

 実はここ一週間ほどこんな調子だった。ほぼ一日おきに夜叉は先ほどのようなことを言って外で食事をしてくることが多い。彼女が帰ってくる頃には和馬はとっくに入浴も済ませている。

 そう言って帰ってくる日はいつも、夜叉とすれ違った時に普段とは違う香りを感じた。女らしい、とは言えないが爽やかな残り香だった────。



「そんなの決まってんだろ。男だよ男。やーちゃんは美人なんだから。あのコは勉強とか体育ができるだけの女子じゃないのよ」

「な゛っ…」

 夜叉を見送った後、和馬は夜叉の一番の仲良しである彦瀬と瑞恵のクラスに訪れていた。隣には面白がってついてきた早瀬も。さらに珍しい顔がいると周りにワラワラと集まってきた。

 和馬は早瀬の断言した様子に何も言えなくなったが、女子たちは楽しそうに話に花を咲かせ始めた。

「なるほどー! 最近は彦瀬たちもやーちゃんだけ早く帰るのが気になってたけどそういうことだったのね!」

「大体私たちが委員会とかバイトで“やーちゃん今日はごめん!"って言ってるもんね」

「私もやーちゃんのカレチ見たーい!」

「カレチ…?」

「彼氏」

「彼氏ィ!?」

 やまめのこともなげに答えた単語に和馬は目を剥いた。

「か、彼氏って…。さくらにそんなのいるわけないって! 皆は知らないだろうけどさくらって今まで彼氏とかできたことないんだよ…? なんでもできて美人で近寄りがたいって言われてたのに…」

「それひどくね? それはそう言ってるヤツらの見る目がないだけだよ。やーちゃんは確かに一見完璧だけど俺のことをチャラ瀬って呼んでからかったり謎に卵かけご飯大好きだし、おばけが怖いっていうギャップが最高じゃん」

「そうは言っても…」

「もー和馬はめんどくさいな! 一緒に住んでいるなら直接本人に聞けばいいのに!」

「だって…さくらは秘密主義者みたいなとこあるし…」

「あんたそれでも家族か!」

 彦瀬に思い切り背中をどつかれた和馬は前に倒れそうになったが堪えた。それよりも痛いところを突かれたのが心に来る。

「同じクラスの彦ちゃんたちでも心当たりはないの?」

 後ろを向いて俯く和馬の背中をさすりながら早瀬が問うと、3人は一様に首を捻った。

「ない────かな」

「でもさ、この前校門にバカな1年生がいて叱ったとか言ってなかった?」

「そういえばそうだね。もしやその1年生がやーちゃんにホれて告白して付き合い始めたとか?」

「和馬がそれはないって。やーちゃんは生粋の年上好きらしい」

「何その情報…初めて聞いたかも」

「でもやーちゃんって歌手の相田あいだ光守みつもりが好きって言ってたよね。その人も黒髪だったわ」

 3人の女子たちの間に沈黙が流れたが、やまめの手を叩く音でそれは破られた。

「この学校の3年生の黒髪の男子をリストアップするよー!」

「えぇ!?」

「安易過ぎじゃね…」

 やまめの提案に和馬が素っ頓狂な声をあげて振り向いたが、彦瀬と瑞恵はノリノリでノートの一番後ろのページを破ったり筆記用具を用意し、窓からグランドを眺め始めた。

「あの────詳しく聞かせてもらえませんか」

「あーちゃん! いつの間に?」

「たった今です。最近休んでいましたが提出物だけでも出そうと思いまして」

「そうなの? えらいな~。彦瀬だったら熱出てできませんでしたーって期限伸ばしてもらうのに」

「彦瀬は休まなくても真面目にやらないでしょー」

「うん!」

 無駄に元気よく答えた彦瀬に阿修羅は苦笑し、"それで…"と夜叉の彼氏できた疑惑についての話を教えてくれと迫った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

ふしあわせに、殿下

古酒らずり
恋愛
帝国に祖国を滅ぼされた王女アウローラには、恋人以上で夫未満の不埒な相手がいる。 最強騎士にして魔性の美丈夫である、帝国皇子ヴァルフリード。 どう考えても女泣かせの男は、なぜかアウローラを強く正妻に迎えたがっている。だが、将来の皇太子妃なんて迷惑である。 そんな折、帝国から奇妙な挑戦状が届く。 ──推理ゲームに勝てば、滅ぼされた祖国が返還される。 ついでに、ヴァルフリード皇子を皇太子の座から引きずり下ろせるらしい。皇太子妃をやめるなら、まず皇太子からやめさせる、ということだろうか? ならば話は簡単。 くたばれ皇子。ゲームに勝利いたしましょう。 ※カクヨムにも掲載しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

処理中です...