OLと女子高生と悪魔の副業【アルファポリス版】

堂宮ツキ乃

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1章

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 青いジャケットに赤いネクタイ。ノーメイクで髪は後ろで二つにまとめた。

 秋が深まってきた今日この頃。周りの高校生たちはジャケット以外にパーカーやニットを羽織っている者もいる。

 二人が訪れたのは愛奈の彼氏の高校。門の前にいる翼は、道行く下校途中の高校生たちと同じ制服をまとっていた。

「ねぇ、変じゃない? 他のコたちになじめてる?」

 彼女はその場で一回転し、不安そうにアヤトに視線で訴えた。

「もちろん。完璧だよ。なんせ俺の魔力で十歳は若返らせてるからね」

「そうは言っても潜入するの怖いんだよね……」

「大丈夫だって。俺らとすれ違う生徒や教師に暗示をかけてるしさ」

 普段より若いというよりは幼く見える翼とアヤト。

 アヤトは翼と違い、制服を着崩している。さながらチャラい男子高生と真面目な学級委員長だ。

 道行く女子高生の視線を奪いながら、アヤトは翼のことを見下ろした。

「それで? 今回の作戦は?」

「直接説得するだけ。さりげなく話しかけて彼女の話をして、いつもどうしてるか聞いたら愛奈ちゃんの願望をそれとなく伝える」

 翼はヘアゴムでまとめた髪を後ろに流し、校舎を見上げた。

 これはアヤトがあの家に住み着き、翼が長期休暇を得てから始まった二人の仕事。あの家に訪れた悩める人を救う。

 依頼主の大半が高校生だ。基本的に対象の高校に潜入し、解決に導く。

 それには周りにとけ込む必要がある。それはアヤトの魔力によって違和感のない姿に変身したり、彼に下見をしてもらってる。

 翼は最後にもう一度、手鏡で顔と髪型をさらっと確認してジャケットのポケットに滑り入れた。

「それじゃあ、例の三階の空き教室に連れて行きましょう。彼氏君の友だちに絡まれた時は助けて」

「オーケー」





 潜入した高校は市内で新しい方だが、校舎の外壁は潮風で黒ずんでいた。海が見えるこの学校は、生徒数もそれほど多くはない。

 授業後の校舎は慌ただしく、人の流れも速い。

 生徒の中には部活に参加するべく着替えて移動したり、スマホ片手に友だちと駄弁ったり、提出物を担任に届けたり。授業が終わってゆるんだ表情の者が多い。

 翼はそんな彼らに背を向け、窓の桟に肘をかけた。アヤトはその隣で壁に体をもたれさせている。

「海が見えるなんていい学校ね」

「白い砂浜に青い海と空。夏は特に最高だろうね」

 校舎の三階。開け放たれた大きな窓から見えるのはグランド。その先に続くのは緑豊かな木々、広い砂浜、空との境界線が分からない真っ青な海。木々と砂浜を分断するように横切る広い道路には、赤い車が走っている。

 翼は幼い頃、両親と祖父母とこの海に遊びに行ったことがある。緑だけでなく、青い海があるこの土地がやっぱり好きだ。仕事を忘れてこの景色に没頭しそうだ。

 翼は気持ちを切り替えるべく窓の外に背を向け、肩を回した。

「……海はいつでも見れるし、そろそろ彼氏君を探すか」

「そう? じゃあ今度俺と海辺でデートしようよ」

「はいはい。機会があればね」

「つれないな~……」

「初めて会った頃よりは愛想よくなったでしょ」

「よく自分で言うよ……」

 アヤトはと首を振ってポケットに手を突っこんだ。歩き始めた翼の後に続き、彼女のスマホの画面を背中越しにのぞく。

 SNSのアイコンの彼は明るい笑顔を浮かべている。クラスのムードメーカーだろうか、というのが第一印象だ。対して彼女である愛奈はおとなしいタイプだった。そんなデコボコな二人が付き合っているのは謎だが、逆に興味が湧いてくる。

「簡単に会えるといい……きゃっ」

「翼ちゃん?」

 歩きスマホをしていた翼は、前から来た生徒にぶつかってしまった。その拍子にスマホを取り落とし、尻もちをついた。

 アヤトがしゃがみこんで彼女を立たせるよりも、ぶつかった生徒が手を差し出すのが早かった。

「大丈夫? 歩きスマホしてると先生に怒られるぞ」

「ごめんなさい……あっ」

 顔を上げると、スマホの画面で何度も顔を合わせた男子が目の前にいた。彼は翼に目線を合わせてほほえみかけている。

 積極的になってくれない、とは程遠い優しい笑み。きっとそれは、分け隔てなく誰にでも見せるのだろうと思った。

 翼は話しやすそうな相手であることに安堵して小さくお礼を言った。





二村ふたむらが愛奈の友だちだったなんて知らなかったなー」

「あの……私のことは内緒にしてね?」

 偶然ぶつかり、愛奈の彼氏────伊佐見いさみを例の教室に連れて行くことに成功した。

 落としたスマホの画面を見られ、ストーカーの容疑をかけられるというトラブルもあったが。

「よく分からんけど分かったことにしとくよ」

「ありがと……」

 あまり細かいことを気にしないタイプらしい。彼は翼の不審な様子を意に介さず、カラカラと笑った。

 しかし少しずつ笑いが消え、ぎこちない表情に変わった。彼は壁にもたれかかり、鼻の下をかいた。

「愛奈……さ。最近どう?」

「最近どうって彼氏でしょ? 私より詳しいでしょ」

 今は愛奈の友人役。ボロを出さないように演じ切らなければ。翼はなんでもない風を装い、首を傾げて見せた。

 対する伊佐見は照れ隠しなのか、スマホを片手にはにかんだ。

「そうでもないんだよな……。情けないけど俺、何気ないことを聞く連絡ってしづらいんだ……」

「え、そうなの?」

「今何してるの、とか暇だから電話しよって言いたくても言いづらいんだよ。なんか悪いなーて……」

「そうなんだ……」

 予想していなかった言葉に拍子抜けした。

 ムードメーカーのような明るい彼は、意外にも気を遣い過ぎな一面を隠し持っていたらしい。

「きっかけ作るために近況報告したらただの自分語りだしさぁ……」

 二人から離れて窓の外を眺めていたアヤトが、かすかにフッと笑った。

 その笑いの理由は分からないが、失礼なことを考えているに違いない。彼は男には厳しい。

 翼は伊佐見に気づかれないようにアヤトのことをにらみつけた。

「で、でもさ、二人は恋人同士でしょ? 何を話しても許される間柄だと思うけど」

「いいのかな?」

「いいに決まってるでしょ。何をそんなに遠慮してるの」

 翼は”気にしすぎ”とあっけらかんと笑って見せた。伊佐見も吹っ切れたのか、暗い表情を崩し始めた。

 翼が高校生の時、いや中学生の時からだろうか。男子と話すのが苦手で、話す機会も少なかった。

 だが今、こうして堂々と話してアドバイスをしている。あの時から少しは成長できたのかなと思う。

「愛奈ちゃんはどんな話でも、連絡してくれたら嬉しいと思うよ。君から連絡が無い方が不安になったり寂しいと思う」

「そっか……。あんまりそういうのは考えたことなかったな……。反省するよ」

「これからは些細なことでも連絡してあげてよ。そこから会話が広がりそうなら電話に切り替えて、ちょこちょこ会いなよ。まだ高校生なんだから、社会人より使える時間は多いんじゃないかな」

「社会人より……」

 その一言が引っかかったのか、伊佐見は口の中で繰り返す。

 翼は口を滑らせたことに凍りついた。油断すると彼らより年上ぶって話してしまうことがある。

 しかし、伊佐見は気にせず頭の後ろで手を組んだ。

「早いヤツは再来年には就職するもんな。二村は俺らより大人びてる考えを持ってるね。勉強になるわ」

「そ、そう……? まぁ参考になったらいいかな!」

「うん。今夜にでも愛奈に連絡してみる」

「そのままデートの約束も取り付けちゃったら?」

「それもいいなぁ」

 この場では初めて口を開いたアヤトの提案に伊佐見はうなった。デート当日のことを想像しているのか、楽しそうに頬をゆるめた。

 この調子なら今夜から愛奈の楽しみができそうだ。不安や寂しさも埋められるだろう。

 翼は肩の荷が下り、窓の外を眺めて目を細めた。

 夕日と同じ色に染まった朱色の海はますます綺麗だ。

「いいね、青春って感じ……。今しかできないことってたくさんあると思う。今じゃなきゃ分からないときめきとか……」

「二村は本当に俺らと同じ17なのか…?」

 また疑われたがもう構わない。

 翼はアヤトとひそかに目を合わせて微笑み合った。
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