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1章
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「あんたの仕事ってのは何?」
「悩める人間を救うのさ」
「悪魔が……?」
悪魔が人助け。並べても続けても違和感のある組み合わせ。悪魔でホストですから、と言われた方がまだ納得がいく。
黙っている翼の前に、オレンジ色のマグカップに注がれたほうじ茶が置かれた。ゆらゆらと立ち昇る湯気は空気中で霧散する。
これは翼専用のマグカップだ。
この家には湯吞やティーカップ、マグカップが多い。その中から迷いなく選んで出したのだろうか。
一体アヤトはこの家のことをどれだけ知っているのだろう。何がどこに置いているのかをほとんど把握しているようだ。お茶を出されるまで、お湯を沸かす時間を除けばほとんど待たされなかった。
アヤトは自分の前にも湯呑を置き、椅子に座った。彼のスリーピースのスーツと湯吞はおもしろいほど似合わない。翼の若干失礼な心中を知らず、アヤトは熱いお茶を啜った。
「転生できるようにポイント稼ぎをするの」
「何それ……」
「君は気にしなくていいことだよ。まぁでも、君にも手伝ってもらうんだけどね」
「は? 嫌だよ……悪魔の手伝いとか罰が当たりそう……」
翼はお茶に手をつけず、顔をそらした。
「風子だって人助けをモットーにしていただろ。孫の君が受け継ぐのもありなんじゃない? 風子だって喜ぶと思うよ」
アヤトは足を組んで肩をすくめた。
翼の祖母は生前、小さな花屋を営んでいた。広い庭に小さな小屋を建て、自分で育てた野菜や花を時々販売していた。
その傍らご近所付き合いを欠かさず、困っている人がいれば迷わず手を差し伸べる人だった。病院に同伴したり、家に招いてゆっくり話を聞いたり。
翼もたくさん話を聞いてもらったものだ。”そんな会社、とっとと辞めてしまいなさい”と何度も一蹴された。
「そろそろうちのばっちゃとあんたがどういう関係なのか教えてくれない?」
「あ、そうだったね」
アヤトと祖母。彼は風子より長く生きていると言っていたが実際はいくつなのだろう。
「風子は生きている内に世界中の珍しい花を見たがっていた。それを叶えるのと引き換えに、俺の仕事を手伝ってもらっていた。君のおじいさんと出会う頃までかな?」
「ばっちゃらしいっちゃらしい……」
「だろ? 君は風子みたいに簡単に叶えられない夢は持っていないの? 俺の手伝いをしてくれるなら、可能な限り叶えるよ?」
「特に思いつかないわよ……。てか別にいいし、仕事一緒にするなんて言ってないし」
「別によくないだろ。初めて話しかけた時に思いつめた顔をしてたじゃん」
「……! あれは」
翼は目を見開き続けようとしたが、首を振った。
初対面の男、いやそもそも他人に話すつもりなんてないのだ。過去の報われなかった想いなんて。
「何もないんなら別にいいんだよ。君って笑ってるよりそういう顔してることの方が多そうだから、俺の勘違いかも」
彼女のそんな思いをくみ取ったのかアヤトはそれ以上詮索することはしなかった。
しかし、さりげなく失礼なことを言われた気がする。翼は睨みつけたが、彼の言う通りか……と肩を落とした。
アヤトはお茶を飲み干して立ち上がり、スーツのジャケットを脱いだ。椅子の背にかけてワイシャツの袖をまくる。
「辛気臭い顔になる話はやめてご飯でも作るか! 翼ちゃんは何が好き? 自慢じゃないけどいろいろ作れる方だよ」
「へぇ~……」
翼も自宅で料理をするが、彼のように”いろいろ作れる”なんて自負できない。名前のない料理ばかり作り上げている。謎の敗北感に襲われた。
「すごいね……。普段からよく作るの?」
「うん、まぁね。料理は女子力ってより人間力だから頑張ってる」
見かけに寄らず考えていることはしっかりしてるらしい。キッチンに移動したアヤトは黒いエプロンを身につけ、冷蔵庫の中身をチェックし始めた。
「悩める人間を救うのさ」
「悪魔が……?」
悪魔が人助け。並べても続けても違和感のある組み合わせ。悪魔でホストですから、と言われた方がまだ納得がいく。
黙っている翼の前に、オレンジ色のマグカップに注がれたほうじ茶が置かれた。ゆらゆらと立ち昇る湯気は空気中で霧散する。
これは翼専用のマグカップだ。
この家には湯吞やティーカップ、マグカップが多い。その中から迷いなく選んで出したのだろうか。
一体アヤトはこの家のことをどれだけ知っているのだろう。何がどこに置いているのかをほとんど把握しているようだ。お茶を出されるまで、お湯を沸かす時間を除けばほとんど待たされなかった。
アヤトは自分の前にも湯呑を置き、椅子に座った。彼のスリーピースのスーツと湯吞はおもしろいほど似合わない。翼の若干失礼な心中を知らず、アヤトは熱いお茶を啜った。
「転生できるようにポイント稼ぎをするの」
「何それ……」
「君は気にしなくていいことだよ。まぁでも、君にも手伝ってもらうんだけどね」
「は? 嫌だよ……悪魔の手伝いとか罰が当たりそう……」
翼はお茶に手をつけず、顔をそらした。
「風子だって人助けをモットーにしていただろ。孫の君が受け継ぐのもありなんじゃない? 風子だって喜ぶと思うよ」
アヤトは足を組んで肩をすくめた。
翼の祖母は生前、小さな花屋を営んでいた。広い庭に小さな小屋を建て、自分で育てた野菜や花を時々販売していた。
その傍らご近所付き合いを欠かさず、困っている人がいれば迷わず手を差し伸べる人だった。病院に同伴したり、家に招いてゆっくり話を聞いたり。
翼もたくさん話を聞いてもらったものだ。”そんな会社、とっとと辞めてしまいなさい”と何度も一蹴された。
「そろそろうちのばっちゃとあんたがどういう関係なのか教えてくれない?」
「あ、そうだったね」
アヤトと祖母。彼は風子より長く生きていると言っていたが実際はいくつなのだろう。
「風子は生きている内に世界中の珍しい花を見たがっていた。それを叶えるのと引き換えに、俺の仕事を手伝ってもらっていた。君のおじいさんと出会う頃までかな?」
「ばっちゃらしいっちゃらしい……」
「だろ? 君は風子みたいに簡単に叶えられない夢は持っていないの? 俺の手伝いをしてくれるなら、可能な限り叶えるよ?」
「特に思いつかないわよ……。てか別にいいし、仕事一緒にするなんて言ってないし」
「別によくないだろ。初めて話しかけた時に思いつめた顔をしてたじゃん」
「……! あれは」
翼は目を見開き続けようとしたが、首を振った。
初対面の男、いやそもそも他人に話すつもりなんてないのだ。過去の報われなかった想いなんて。
「何もないんなら別にいいんだよ。君って笑ってるよりそういう顔してることの方が多そうだから、俺の勘違いかも」
彼女のそんな思いをくみ取ったのかアヤトはそれ以上詮索することはしなかった。
しかし、さりげなく失礼なことを言われた気がする。翼は睨みつけたが、彼の言う通りか……と肩を落とした。
アヤトはお茶を飲み干して立ち上がり、スーツのジャケットを脱いだ。椅子の背にかけてワイシャツの袖をまくる。
「辛気臭い顔になる話はやめてご飯でも作るか! 翼ちゃんは何が好き? 自慢じゃないけどいろいろ作れる方だよ」
「へぇ~……」
翼も自宅で料理をするが、彼のように”いろいろ作れる”なんて自負できない。名前のない料理ばかり作り上げている。謎の敗北感に襲われた。
「すごいね……。普段からよく作るの?」
「うん、まぁね。料理は女子力ってより人間力だから頑張ってる」
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