OLと女子高生と悪魔の副業【アルファポリス版】

堂宮ツキ乃

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3章

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 翼の部屋にアヤトが訪れると、あの雨の日のことを思い出して一人だけ赤面しそうになる。もちろん何もなかったのだが。

 夕方は家の門の前を通る人たちの足取りが早い。翼は窓から彼らを見守っていた。

 アヤトは相変わらずシャツをはだけさせていた。窓辺で佇む翼から半歩離れ、窓枠に両肘をかけている。

「俺ね、意外だったんだ。君が葉月ちゃんの不倫話に驚かなかったこと」

「そう?」

「うん」

 顔を合わせて彼はほほえんだ。対する翼は後ろ手で頭をかき、首をひねった。

「意外って言われてもなぁ……。不倫って割と聞くじゃない」

「ドラマで、とかはナシだよ」

「職場であったの。他の支店でもね。すぐに噂で回ってくるのよ。しょうもなかったわ」

「お、不倫反対派か。まぁ普通はそうだよねぇ」

「普通はって、あんたは賛成派なの?」

「いいや、巻き込まれなければどうでもいいタイプ。仕事柄が原因の修羅場を何度も見たことがあるものでね。血で血を洗うってのはあのことだね」

 翼自身は不倫に賛成も反対もないが、いいものではないと思う。

 必ず誰かが不幸になる。家族がいるほうは家庭崩壊するだろうし、裏切られたほうは心を抉られる。永遠の傷を刻み付けられてしまう。

 修羅場には一生関わりたくない。不倫に憧れたことはないし、既婚者を好きになったこともないので大丈夫だろうと思いたい。翼は腕を組んでため息をつき、窓の外を眺めた。

「葉月さんもこの先、ロクなことにならないでしょうに。いい歳してんだからそれくらい分からないものかね」

「恋は盲目ってヤツさ。もうその人しか見えないんだよ」

「その先のことも見てほしいんだけど……。バレたら一巻の終わりじゃん。仕事を続けられないじゃない」

「まぁまぁ、他人のことさ。君がそこまで気にすることはないんじゃない」

「一応相談された身としては……ん?」

 彼女は庭の外に向かって目をこらした。今、誰かが門の前に勢いよく走って来てポストに手を突っこんだような……。

 郵便物ではなさそうだ。新しく飲食店やジムができたとか、怪しい宗教のポスティングかもしれない。

「翼ちゃん翼ちゃん。今の高校生だったよ」

「へっ?」

 アヤトが門を指差す。その先を見ると、フードを被った者がこちらを見上げているように見えた。フードを目深に被っているせいか、性別までは分からない。

「ポスティングのバイト? こんな時間に?」

「気になるんなら声かけてみようか。ちょっと変な気がする」

「別にいいけど……あぁっ!?」

 翼を押しのけ、アヤトは窓枠に足をかけた。そのまま庭へ飛び降り、背中から黒い羽をのぞかせた。

 翼はぎょっとした表情で窓枠に手をかけて体をのめりこませた。

 小学生の頃に”これくらいの高さだったら飛んで下りられるかも……”と窓枠に足をかけ、母親にひどく怒られたことがある。今考えれば骨折はする高さだ。

(あ、アイツ……!)

 さすがは悪魔、と言ったところだろうか。アヤトは羽をはばたかせると門を飛び越えて降り立った。





「やぁ。ウチに何か用かい?」

 アヤトが羽をしまいながら近づくと指を差された。

 目の前の人物はアヤトより頭一つ半分、背が低い。こんな時期に半袖のパーカーだ。袖からのぞく腕は意外と太く、どうやら少年らしい。

「ば……化け物……」

「化け物ってのはいただけないなぁ……。俺なんて人間に溶け込んでいるのに……」

「来るな!」

「そもそもウチに来たのは君の方じゃないか。話があるなら聞くよ?」

 目を赤黒く変色させると、フードの少年はその場にへたりこんだ。恐れられていることは気に留めず、アヤトは彼の正面にしゃがみこんだ。

「さぁさ、中に入ってよ。おいしいお茶でもどう?」

「くそっ……いらん!」

「まぁま。ちょっとおとなしくしてね~っと…」

 アヤトが少年の顔をのぞきこむと彼は気を失い、地面にうつ伏せになった。

 それと同時に家の中から翼が出てきた。靴のつま先をトントンと打ち付けながら、二人の元へ駆け寄ってきた。

「何してんの? 大丈夫?」

「だいじょぶだいじょぶ~。とりあえず家に連れていくか」

「家の外で変なことしないでよね……早く入った入った」

 瞳の色を元に戻す彼を見て、翼は辺りに視線を巡らせた。





睦月むつき君は葉月さんのいとこなんだ……」

「うん」

 白いパーカーを来た少年は、少し高い声で睦月と名乗った。

 葉月のいとこで彼女の家の近くに住んでいるらしい。今年高校生になったばかりで、葉月には幼い頃よく遊んでもらったと話した。

 いつものように翼の隣にアヤトが座り、目の前には客人。睦月はもうフードはかぶっておらず、翼に出されたほうじ茶を前にうつむいた。

「俺、アイツとよく電話するんだ。そしたら結婚してる人のことが好きで付き合ってるって……。俺はアイツが普通じゃない恋愛してるの初めて見たんだ。でもこんなこと誰にも言えなかった……。そしたらここに相談に行くらしいってアイツの妹から聞いて、止めなきゃって来たんだ」

「……で、ウチにこれを入れたんだ」

 アヤトが彼の前に白い封筒を差し出した。睦月が入れた物らしく、ここに書いてあることは今話したから、とアヤトから受け取った。

 睦月はアヤトの瞳のことや昏睡させられたことを覚えていなかった。おそらく悪魔がいつものように記憶操作をしたのだろう。

「ここにいるに相談したら何もかもうまくいくって聞いた。アイツの不倫はうまくいってほしくないんだ。そんなの幸せじゃねぇもん」

「幸せかどうかなんてお前が決めることじゃないだろ」

「やめなさいよアヤト……」

 思いつめた表情でうつむいていた睦月がアヤトを睨みつけた。翼が小さな声で制止したが、彼はそれを無視して足を組んだ。

「お前がいとこに幸せになってほしいんなら黙って見守るべきだろ。本当に好きな人と結ばれることこそ幸せだろ。それを邪魔するお前は野暮だ」

 いつもより冷たいアヤトだ。男相手だからだろうか、翼にとっては初めて見る尊大な表情だった。

 アゴを持ち上げ、碧眼を鋭く細める。口元はいつものような笑みを浮かべていない。

 だが、睦月も負けていなかった。歯をむき出しにして目を吊り上げた表情はまるで獣だ。

「そんなのちげーよ! 相手の家族の幸せを引き裂く幸せなんて偽物だ!!」

 声は震えているものの、アヤトに言い返す度胸があることに感心した。

 睦月はどうやら翼と同じ意見らしい。不倫は反対、葉月にはそんな道を歩んでほしくないと。

 翼が口を挟めずにいると、睦月は椅子をひっくり返して立ち上がった。荒い息を吐き、悠々と座っているアヤトの胸倉を掴んだ。

「チャラついたヤツには分かんねーよ……。あんなの間違ってる! なんでわざわざ結婚したおっさんなんか……。男なんて他にもっといる!」

「例えば自分……とか?」

「……っ!」

 人の心をのぞきこむような碧い双眸。睦月は声にならない声で狼狽え、アヤトから手を離した。

 アヤトはおもしろそうに口をゆがめると、膝に肘をついて手を組んだ。

「さすがは葉月ちゃんのいとこって言ったところかー……。無謀なのは同じじゃないか」

「べ、別にあいつのことなんか好きじゃねーし……」

「ん? 好きなんて一言も言ってないよ?」

「お前……!」

「いい加減にしなさいアヤト。歳下をいじめるんじゃない」

 ずっと黙っていた翼は彼の額をぴしゃりと叩きつけた。正直最後のはいじられ始めた睦月が可愛かった。

「ごめんね、いつもはこうじゃないんだけど……」

 翼はニヤけそうなのをこらえながら、どら焼きが入ったカゴを差し出した。

「睦月君は和菓子は好き? どら焼きを頂いたからよかったら食べて」

「あ、ありがとう……」

 翼の優しさが甘く染みたのか、睦月は頬を染めて座り直した。
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