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家畜の生活

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 吸血鬼の名前を湊は知っている。何度も言われれば嫌でも覚えてしまう。けれど、最後の抵抗のつもりで湊は、吸血鬼の名前を呼ぶことはない。

 シルルと名乗る吸血鬼は、それすらも楽しんでいる様で「いつかは、私の名前を呼んでね」と耽美な表情でそう言うのだった。

 高貴な身分が着る様なドレスを男性であるはずの湊に着せるのは、彼女が男性よりも女性が好きな女性愛者であったからである。

 吸血鬼の好みすら無理矢理に歪めてしまうのだから、湊の呪いは特別である。

 「ほら、湊、口を開けて」

 シルルは、スプーンを持って湊の口元へ差し出す。彼女の膝元には、スープがあり、その側には、いくつもの豪華な料理が並んでいる。

 これもシルルの日課であった。まるで雛鳥に餌をあげる様に一つづつ湊に食べさせる。

 最初は、拒否していた湊も無理矢理口を開かれ、閉じない様に拘束具まで使われたら拒否するのも難しかった。それ以来、無駄な抵抗はやめて素直に差し出された食事を食べる様になった。

 「嫌がるあなたに無理矢理するっていうのも嫌いじゃないわ。なんだかゾクゾクするもの」

 その言葉がなければ湊もしばらくは抵抗したかもしれないが・・・・・・

 「ふふふ、これってとても愛し合う二人の様な光景よね。幸せね。」

 シルルは、うっとりとした耽美な表情を浮かべる。

 「あなたはどう? 湊」

 普通の状態ならば、脳を痺れさせる様な甘い問いかけだったが、湊には恐怖しか感じなかった。まるで獲物を離さない蜘蛛の糸が体中に巻きつけられた様なその感覚、相手は気まぐれに自分の息の根を止めることが出来るという生殺与奪が握られた状態で興奮など湊には出来なかった。

 「そう。まだ、身も心も捧げてはくれないのね。ふふ、簡単に手に入るものなんてつまらないものね。時間はいくらでもあるもの。」

 愛おしげに湊の頬を撫でてゆっくりと口づけをする。

 「愛してるわ。湊、それじゃあ、また後でね。」

 そう言ってシルルは、全ての食事を食べさせた事を確認するとお盆に食器を並べて持ち去った。

 ただ、飼われているだけの生活、代わり映えしない生活、そして、いつかは終わる生活。

 湊には、確信があった。自分は食われて死ぬだろう。それも、そこまで遠くない将来に。それは、湊の心がシルルに向くとか向かないとかそういう話ではない。

 耐えきれないだろうという確信であった。
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