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2章
Part 93 『私は私のもの』
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体が重い。激しい疲労感と身体中を覆う倦怠感、そして、今まで確かにあった執着心のようなものが消え去ったという虚無感、最低な気分とはきっとこういう状態を言うのだろう。
今はもう、頭の中に常にあった人の記憶を消すと言う過剰なまでの強迫観念も今は全くない。
私には、何もなかった。生まれ落ちた瞬間、私はただの魔女としての存在だった。明確な自我もなく、ただ、本体から切り離されたもの。
あるのは、悲しくて辛いだけのユキの記憶だけ、それすらも、与えられただけのもので私のものという印象はない。
何もない私はこの世界にいてはいけないと思った。本体ですら自分自身を切り捨てたのだから、私がこの世界にいる意味などない。
しかし、一つ確かに自分には、生きる意味になるものがあった。私は、ユキの残した願いによって生きる意味を得たのだ。
だから、私は機械的に記憶を消す装置としてあり続けた。
私は、魔女になる事で身体年齢に見合わない知識と精神を手に入れていた。
彼女の悲しい記憶、辛い記憶、それらを使って私は魔法を行使した。
悲しいだけの記憶に執着などなかった。消して消して全部なくなれば良い。そう思って行動してきた。
そして、その時が来た。幸せになれると思っていたのに今の私には本当に何もなくなってしまった。
「もう、生きる意味もないか・・・」
戦いにも負けて、存在理由すら失って、それならもう、いっそのこと死んでしまった方が・・・
少し明るくなり始めた夜空を見上げながら呟いた。
「生きる意味なんてのは、誰にもわかんないと思うぞ。」
「え?」
直ぐ隣から声が聞こえて私の心臓が跳ねる。横には、お兄さんが座りながら缶ジュースを飲んでいた。
「な、なんで・・・?」
「お前、路上に女の子を放置して去るような奴に見えてたのか? まあ、あの魔女は帰ったけどさ・・・」
「だって、お兄さんのこと殺そうとして・・・」
「ああ、それは確かに・・・けど、お前にとって必要な事だったんだろ。俺は生きてるしな。実際、ヒヤヒヤはしたけど、俺は随分安全な立場だったよ。」
そう言いながらお兄さんは私に自販機で買って来たであろうお茶を差し出して来た。
私は、体を起こしてお茶を受け取る。けれど、飲む気分じゃなかったから、そのまま、冷たいペットボトルを足の上に置いた。
「俺も自分の生きる意味なんて分かんないし、そんなのは、生きてるうちになんか気付いたら出来てるもんなんだよ。多分な。」
「そんな適当な・・・」
「適当で良いんだよ。生きる意味なんて、大抵の人間が見つからないって事、中学生ぐらいなら大体、分かってんの。選ばれし力とかそんなものがあって絶対に救うべき人間がいるなら、そりゃあ、勇者にならないといけないかもしれないけどさ。あいにくと、この世界は、本来なら魔法も怪物も妖怪もいない世界なもんで、絶対に魔女が人の記憶を消さないといけない訳じゃないんだ。」
「じゃあ、やっぱり、私の存在って無意味じゃ・・・」
「お前が無意味と思ってるうちは無意味だよ。きっと、何があっても。お前の意味を決めるのはお前自身なんだから」
「私、自身?」
「そう。お前の事はお前が決めるの。誰かに決められた意味なんて本当の意味でのお前の生きる意味なんかじゃない。それを探すのも人生ってものだと俺は思うよ。」
私のことは私が決める。決めていいのだろうか、自分は、作られた存在なのに・・・
「ユキの記憶、ほとんどなくなってるんだろ?」
「うん。もう、綺麗さっぱり無くなっちゃった。」
「そっか。なら、なんでも出来るな。」
お兄さんがそんな事をさらっと言うので「え?」という間の抜けた声が出てしまった。
「ん? だって、全部、嫌な過去を消して新しい道に進むのがお前の方針だったんだろ? これから、好きなことが出来るじゃん」
「え? お兄さん、私の行動を止めに来たんじゃ・・・」
だから、私達は戦っていたのだ。そして、負けたのだ。なのにそれを肯定するような事を言うのはおかしい。
「俺は結局、嫌な記憶を消して回るお前を本当の意味で否定しきれなかった。受け入れるべき事もある。とか自分の糧にとか色々頭には思い浮かぶけどさ。お前のやってきた事は、悪いとは言い切れないと思ってる。今回の件だって、リューが止めようとしていなければ、俺は凛の件が片付いたら手を引いていたかもしれない。」
「じゃあ・・・」
「けど、魔法で誰かの記憶を消すのは、もうやめた方がいいとは思う。だって、それじゃあ、お前の記憶も消えちゃうからさ。自分が傷付かないといけないような意味ならない方がいい。」
私の頭を軽く撫でてお兄さんは笑った。なんだか、涙が出そうだった。誰かに優しくされた。自分を大切にしてくれたそんな優しさがとても嬉しかった。
きっと、記憶を捨てる前の私も私の事をこうやって真剣に想ってくれる人がいたら、記憶を捨てるなんてことしなかったのかもしれない。
「好きに生きていい。ただ、もし、まだ、やりたい事が見つからないなら、あの魔女の家で働くっていうのはどうだろう? 一応、君を勧誘するのが、君を助ける条件だったからさ。形式的にも説得はしてみるんだけど・・・」
お兄さんが先ほどとは打って変わって、緩い説得をするのが妙におかしくて声を出して笑ってしまった。
「お兄さん。説得下手だなぁ。けど・・・うん。あの人にも迷惑かけちゃったし、それに関してはきちんと償いたいから・・・。」
私は、お兄さんに笑って「勿論、お兄さんも会いに来てくれるよね?」と言葉を続けた。
「ああ、なんだかんだ。常連客だからな。仕事でも行くし・・・」
「そこは・・・私に会いに来るって言って欲しいなぁ・・・」
全てがなくなった。それは変わらない。だけど、胸の中にあった虚無感はもうだいぶ薄れていた。
今日からは、私は私のために生きようと思った。もう、私は自由だ・・・。
今はもう、頭の中に常にあった人の記憶を消すと言う過剰なまでの強迫観念も今は全くない。
私には、何もなかった。生まれ落ちた瞬間、私はただの魔女としての存在だった。明確な自我もなく、ただ、本体から切り離されたもの。
あるのは、悲しくて辛いだけのユキの記憶だけ、それすらも、与えられただけのもので私のものという印象はない。
何もない私はこの世界にいてはいけないと思った。本体ですら自分自身を切り捨てたのだから、私がこの世界にいる意味などない。
しかし、一つ確かに自分には、生きる意味になるものがあった。私は、ユキの残した願いによって生きる意味を得たのだ。
だから、私は機械的に記憶を消す装置としてあり続けた。
私は、魔女になる事で身体年齢に見合わない知識と精神を手に入れていた。
彼女の悲しい記憶、辛い記憶、それらを使って私は魔法を行使した。
悲しいだけの記憶に執着などなかった。消して消して全部なくなれば良い。そう思って行動してきた。
そして、その時が来た。幸せになれると思っていたのに今の私には本当に何もなくなってしまった。
「もう、生きる意味もないか・・・」
戦いにも負けて、存在理由すら失って、それならもう、いっそのこと死んでしまった方が・・・
少し明るくなり始めた夜空を見上げながら呟いた。
「生きる意味なんてのは、誰にもわかんないと思うぞ。」
「え?」
直ぐ隣から声が聞こえて私の心臓が跳ねる。横には、お兄さんが座りながら缶ジュースを飲んでいた。
「な、なんで・・・?」
「お前、路上に女の子を放置して去るような奴に見えてたのか? まあ、あの魔女は帰ったけどさ・・・」
「だって、お兄さんのこと殺そうとして・・・」
「ああ、それは確かに・・・けど、お前にとって必要な事だったんだろ。俺は生きてるしな。実際、ヒヤヒヤはしたけど、俺は随分安全な立場だったよ。」
そう言いながらお兄さんは私に自販機で買って来たであろうお茶を差し出して来た。
私は、体を起こしてお茶を受け取る。けれど、飲む気分じゃなかったから、そのまま、冷たいペットボトルを足の上に置いた。
「俺も自分の生きる意味なんて分かんないし、そんなのは、生きてるうちになんか気付いたら出来てるもんなんだよ。多分な。」
「そんな適当な・・・」
「適当で良いんだよ。生きる意味なんて、大抵の人間が見つからないって事、中学生ぐらいなら大体、分かってんの。選ばれし力とかそんなものがあって絶対に救うべき人間がいるなら、そりゃあ、勇者にならないといけないかもしれないけどさ。あいにくと、この世界は、本来なら魔法も怪物も妖怪もいない世界なもんで、絶対に魔女が人の記憶を消さないといけない訳じゃないんだ。」
「じゃあ、やっぱり、私の存在って無意味じゃ・・・」
「お前が無意味と思ってるうちは無意味だよ。きっと、何があっても。お前の意味を決めるのはお前自身なんだから」
「私、自身?」
「そう。お前の事はお前が決めるの。誰かに決められた意味なんて本当の意味でのお前の生きる意味なんかじゃない。それを探すのも人生ってものだと俺は思うよ。」
私のことは私が決める。決めていいのだろうか、自分は、作られた存在なのに・・・
「ユキの記憶、ほとんどなくなってるんだろ?」
「うん。もう、綺麗さっぱり無くなっちゃった。」
「そっか。なら、なんでも出来るな。」
お兄さんがそんな事をさらっと言うので「え?」という間の抜けた声が出てしまった。
「ん? だって、全部、嫌な過去を消して新しい道に進むのがお前の方針だったんだろ? これから、好きなことが出来るじゃん」
「え? お兄さん、私の行動を止めに来たんじゃ・・・」
だから、私達は戦っていたのだ。そして、負けたのだ。なのにそれを肯定するような事を言うのはおかしい。
「俺は結局、嫌な記憶を消して回るお前を本当の意味で否定しきれなかった。受け入れるべき事もある。とか自分の糧にとか色々頭には思い浮かぶけどさ。お前のやってきた事は、悪いとは言い切れないと思ってる。今回の件だって、リューが止めようとしていなければ、俺は凛の件が片付いたら手を引いていたかもしれない。」
「じゃあ・・・」
「けど、魔法で誰かの記憶を消すのは、もうやめた方がいいとは思う。だって、それじゃあ、お前の記憶も消えちゃうからさ。自分が傷付かないといけないような意味ならない方がいい。」
私の頭を軽く撫でてお兄さんは笑った。なんだか、涙が出そうだった。誰かに優しくされた。自分を大切にしてくれたそんな優しさがとても嬉しかった。
きっと、記憶を捨てる前の私も私の事をこうやって真剣に想ってくれる人がいたら、記憶を捨てるなんてことしなかったのかもしれない。
「好きに生きていい。ただ、もし、まだ、やりたい事が見つからないなら、あの魔女の家で働くっていうのはどうだろう? 一応、君を勧誘するのが、君を助ける条件だったからさ。形式的にも説得はしてみるんだけど・・・」
お兄さんが先ほどとは打って変わって、緩い説得をするのが妙におかしくて声を出して笑ってしまった。
「お兄さん。説得下手だなぁ。けど・・・うん。あの人にも迷惑かけちゃったし、それに関してはきちんと償いたいから・・・。」
私は、お兄さんに笑って「勿論、お兄さんも会いに来てくれるよね?」と言葉を続けた。
「ああ、なんだかんだ。常連客だからな。仕事でも行くし・・・」
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全てがなくなった。それは変わらない。だけど、胸の中にあった虚無感はもうだいぶ薄れていた。
今日からは、私は私のために生きようと思った。もう、私は自由だ・・・。
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