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第1章 笑顔のないエガオ

笑顔のないエガオ(6)

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「きぁぁぁぁっ!可愛いわよ!エガオちゃん!」
 マダムの黄色い声が公園中に響き渡る。
 いつ間にか晴れた空の下、私は顔を真っ赤にして俯いていた。
 あの後、私はマダムに引っ張られるように公衆浴場に連れて行かれた。奇しくもそこで人生初めてのお金を払い、お湯を浴びて、身体を洗った。
 メドレーの浴場とは雲泥の差の広くて綺麗な浴場に身体が溶けてしまうかと思った。
 マダムにはゆっくり入ってねと言われたが待たせるのも悪いので早々に出て、鎧を纏ってマダムの待つ広間に行くと、ウフフと含み笑いをして沢山の見たことのない道具を持ったマダムが待ち構えていた。
「さあ、やるわよ」
 マダムのギラついた目に私は戦場でも感じたことのない恐怖を感じた。
 その結果・・・。
「もう綺麗!可愛い!食べちゃいたい!」
 マダムは、狂ったように私に賛辞を飛ばす。
 私は、マダムに好き放題に弄られた。
 髪をこれでもかと櫛で解かされて綺麗に結い上げられ、顔中に白粉を塗り、口紅を差し、アイシャドウというものを目の周りに塗られた。
 そして出来上がったのはまるで別人の私。
 そしてメイクが終わると公衆浴場を飛び出し、カゲロウの元に戻ると意気揚々と彼に向かって。
「ステキなウエートレスさんを連れてきたわよ!」
 唖然とするカゲロウ、スーやん、そして黒い犬。
 そして私は、鎧越しに白いフリルの付いたエプロンを括り付けられ、銀色のトレイを持たされ、現在に至る。
「お金が駄目なら働いてお礼しないとね」
 マダムは、そう言ってウインクする。
 私は、羞恥で顔を真っ赤にしながらカゲロウの方を見る。
 カゲロウは、無精髭を摩りながらじっと私を見ていた。
 羞恥心がさらに増す。
「変・・・ですか?」
 私は、恐る恐る彼に聞く。
 彼は、顎に皺を寄せる。
「いや、可愛いんじゃね?」
 彼は、空が青いねとでも言うように自然と口に出す。
 私は、頬から火が飛び出すのではないかと思った。
 マダムは、私達のやり取りを満足そうに見る。
「さあ、晴れたしお客様がたくさん来るわよ。準備しないと」
 まるで自分が店主かのようにマダムが号令を出す。
 カゲロウは、今だ濡れている石畳の上に白い円卓と椅子、そして色とりどりの大きな傘を指していく。
 私は、緊張のあまり心臓が破れそうだった。

 マダムの言う通り、晴れるとお客さんがたくさんやってきた。
 小さい子どもを連れた母子おやこ、老夫婦、そして私と同じ年くらいの制服を着た四人の女の子達。
 彼らは、笑顔を浮かべてキッチン馬車にやってきて、私を見て驚いた。
 そりゃ化粧を塗りたくり。鎧の上にエプロンを付けた女がいれば何の冗談かとびっくりするのは当然だろう。
「分からないことがあったらフォローするから頑張ってね」
 マダムは、優しく私に囁き、自分の席で紅茶を飲んでいた。帰らなくていいのだろうか?
「ご注文は?」
 私は、母子おやこの前に行き、辿々しく注文を聞く。
 小さな女の子がじっと私を見る。
「あの・・」
 母親がびっくりしながらもメニューを見る。
「私はミルクティー、この子には何かお菓子が欲しいんですけどお薦めはありますか?」
 お薦め⁉︎
 いきなりの巨大なハードルに私は心臓が痛くなる。
「えっと・・ですね」
 私は、困り果てながらもメニューを見る。
 コンコンッ。
 何かを叩く音が聞こえた。
 私は、反射的に顔を上げて音の方を見るとカゲロウが作業台を叩きながら私を見て口を動かしている。
 私は、読唇術でそれを読み取る。

 ぷ、り、ん。

 プリン!
 私は、急いで母親に言おうとすると再びコンコンと音がする。
 振り返るとカゲロウがまた口を動かしている。

 あ、れ、る、ぎー、が、あ、る、か、き、け。

 アレルギー?聞く?
 私は、カゲロウの言葉を紡ぎ、言葉にする。
「お薦めはプリンですがアレルギーはありますか?」
 私がそう言うこと母親は目を丸くし、そしてにっこりと微笑む。
「いえ、特にありません」
 私は、カゲロウの方を向く。
 カゲロウは、両手で小さな丸を作る。
 マダムも手で丸を作っていた。
「承りました」
 私は、ほっと胸を撫で下ろしながら次の円卓に向かう。
 老夫婦は、もうメニューが決まっていたみたいでスムーズに対応することが出来た。旦那さんの方が耳が遠いみたいで奥さんが耳が裂けるくらい大声で叫んで伝えるが中々伝わらずにイライラしていたがその様子が私には仲睦まじく見えた。
 そして最後に言ったのは私と同じ年くらいの四人の女の子達。
 円卓を囲みながらメニューと睨めっこしていた彼女達は私が近づいた瞬間、一斉にこちらを見る。
 私は、少し気圧されしながらも「ご注文は?」と聞く。
「私、アイスティー」
「私、ドーナッツ」
「ホットドッグ」
「オレンジジュース」
 彼女達は、各々違うものを注文してくる。
 私は、しっかりとメモを取り、その場を去ろうとすると彼女達がおずおずと声を掛けてくる。
「ねえ、あなた幾つ?」
 眼鏡を掛けた子が訊く。
「?十七歳ですが」
 その瞬間、他の三人がおーっと声を上げる。
「その格好は?」
 ショートヘアの子が訊く。
「国の部隊にいたものでその名残です」
 再びおーっと声が上がる。
「ここで働いてるにゃ?」
 猫の獣人の子が訊く。
「・・今日限りです」
 えーっと少しがっかりしたように言う。
 一体何なのだ?
 そして最後にエルフの子が訊く。
「その・・・何でそんなに可愛いんですか?」
「へっ?」
 その瞬間、彼女たちは一斉に身を乗り出して私に迫ってくる。
「ねえ、その化粧ってどうやるの?」
「姿勢が綺麗!何か秘訣があるの?」
「いつも何してるにゃ?」
「趣味は?部隊で何してたの?」
 彼女達は、目を輝かせて次々と質問してくる。
 私は、どうしたらいいか分からず、カゲロウとマダムに助けを求めるが二人とも楽しそうに笑ってるだけだった。
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