【完結】愛してないなら触れないで

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
81 / 112

80.挽回も切り捨ても許さん――SIDE ヴィル

しおりを挟む
 ビッテンフェルト公爵は、にこやかな笑みを貼り付けて現れた。作り笑顔であっても、様になっている。だが室内の状況を確認すると青ざめた。

「これはこれは。ビッテンフェルト公爵殿、随分遅かったではないか」

 にやりと笑って先制攻撃を仕掛ける。室内では、ローザと侍女がマダムとお茶を楽しんでいた。見本を見ながら、衣装のここを変更して欲しいと要望を出す。マダムもにこやかに応じた。

 平和な光景の脇、部屋の片隅に騎士アルノルトに剣先を突きつけられた女が一人。間違っても令嬢ではない。躾のなっていない犬のように吠えかかり、獣の形相で噛み付く野生動物だった。いや、目の前の男が生みの親で飼い主だったな。

「申し訳、ない。これでも急いだのだが……」

 イザベルが何かしたのか? この状況はどういうことだ。問いただしたいことが喉に詰まったらしい。ぱくぱくと口は動くが、声が出てこなかった。

「ああ、これか? 頭の悪い獣に吠え掛かられてな。どうも躾をされなかった野犬のようだ」

「大公閣下、野犬に失礼です」

 お前も大概失礼だが、まあアルノルトらしい言い分だ。くつくつ喉を揺らして笑い、座るよう指示した。空いた向かいのソファに座ろうとした男を、叱責する。

「駄犬が噛み付いた被害者に対し、加害者の飼い主が同じ高さの椅子に座る気か」

 見下す俺の目は冷えているだろう。びくりと肩を揺らした後、ビッテンフェルト公爵は迷って床に屈んだ。座らず、膝をついた状態で耐える。

「イザベルと名付けられた雌犬に、我が妻が噛みつかれてな。牙を抜いて躾け直す必要がある。もちろん、躾の後はお返しするが……引き取る気はあるか」

「申し訳ございません。引き取りは出来ませんので処分をお願いいたします」

 思わぬ回答に、イザベルが叫んだ。身を乗り出したため、首の皮膚が薄く切れる。それでも声を張り上げた。

「お父様、それはどういう意味? 私は公爵令嬢で、お父様の次に偉いのよね? そうよね!」

 お茶を楽しんでいたローザが不安そうに振り返るので、微笑んで足を組み直した。問題ないと口を動かせば、声にならない言葉を読み取ったローザが微笑む。やはり可愛い。こんな面倒がなければ、ドレスを選び終えて一緒にお茶を飲んでいたのに。

「答えてやれ」

 黙って脂汗を垂らす公爵へ吐き捨てた。こういうのは、親に言われる方が堪えるだろう。そもそも、教育や躾の終わっていない駄犬を外に放つなど、蛮行に等しい。

「公爵令嬢の定義だ。まさかお前も知らないのか」

 馬鹿にした口調に、おずおずと小声で公爵が口を開く。小心者で野心だけ大きい男のようだ。ビッテンフェルト公爵家の内情など、聞かずとも知っている。先日、この女が姉に縁切りされたことまで。

「子爵家当主と同等です」

「嘘っ! 私はお父様の娘なのに」

「罰を与える必要があるはずだ。我が婚約者アウエンミュラー侯爵に楯突き、護衛を務めるシュトルツ伯爵を騎士風情と罵った。たかが、公爵家の令嬢如きが」

 区切って言い聞かせる。震える公爵は何も答えられなかった。ビッテンフェルト公爵家の命運が尽きた瞬間だ。

「公爵令嬢イザベルは平民に降格とする。あれだけ見下していたんだ。さぞ敵が多いだろうな」

 今までどう振舞ってきたか。手に取るように理解できるからこそ、一番堪える罰を与える。令嬢ではなく、貴族でさえない。罵り蔑んできた平民として生きよ。この命令を遂行するのは、アルノルトの差配に任せるとしようか。項垂れる公爵を放置して立ち上がり、思い出して付け加えた。

「そうだった。ビッテンフェルト家の処分については、我が友から話を通すとしよう」

 がくりと崩れ落ちた公爵は、わずかな時間で老けたように感じられた。
しおりを挟む
感想 288

あなたにおすすめの小説

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです

天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。 その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。 元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。 代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。

完結  やっぱり貴方は、そちらを選ぶのですね

ポチ
恋愛
卒業式も終わり 卒業のお祝い。。 パーティーの時にソレは起こった やっぱり。。そうだったのですね、、 また、愛する人は 離れて行く また?婚約者は、1人目だけど。。。

9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から言いたいことを言えずに、両親の望み通りにしてきた。 結婚だってそうだった。 良い娘、良い姉、良い公爵令嬢でいようと思っていた。 夫の9番目の妻だと知るまでは―― 「他の妻たちの嫉妬が酷くてね。リリララのことは9番と呼んでいるんだ」 嫉妬する側妃の嫌がらせにうんざりしていただけに、ターズ様が側近にこう言っているのを聞いた時、私は良い妻であることをやめることにした。 ※最後はさくっと終わっております。 ※独特の異世界の世界観であり、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

処理中です...