【完結】虚

綾雅(りょうが)今年は7冊!

文字の大きさ
39 / 135
第一章

39.卑怯な作戦ほど効果的だ

しおりを挟む
 魔王を倒す軍に兵を出しながら、隣国バルトで勇者が殺されそうになっても黙認した――アーベルライン。あの国には仲のいい騎士が数人いた。だから助けて欲しいと手紙を書いたが、きっと届いていないだろう。何しろエイブラムに配達を頼んでしまった。

 仮に本人に届いていたとしても、動けなかった可能性も高い。そう考えながら、リリィの指が置かれた文字を睨んだ。

「気が引ける? 魔王代理のサクヤ」

「サクヤって呼べよ。人間に気兼ねする必要はないだろ」

 魔王代理という肩書じゃなく、親友をこの手で殺し、己も殺され掛けた男として。オレが人間を守る理由は皆無だ。嫌な役をオレに押し付け、終わったら退場を促すような連中に、何も遠慮はなかった。

「オレはもう魔族だ」

 お前らが拒まずに受け入れてくれたから、5年前のオレは生き延びた。その恩返しをするのが当然だ。言い切ったオレに、巨人族のおっさんが目頭を押さえた。涙もろくていい奴だ。体が大きいから、多少乱暴だけどな。

「こちらから攻め込むなら、バルトのが近いんじゃないか」

 地図に記された隣国を指さす。個人的な恨みは……尽きないほどあるが、それを置いても離れた国を先に襲う理由がわからなかった。浅はかな知識だが、占領地域ってのは隣接地から増やしていくものじゃないのか?

「簡単よ、やられたらやり返す。魔族の領域を侵して殺した償いはしてもらう……バルトは食後のデザートでしょう?」

 きっぱり言い切った後、最後に付け加えて笑うリリィ。美しい顔が悪魔のように歪んだ。

 ぞくっと背筋を恐怖と快感が走る。そうだな、周辺を潰して最後に絶望に塗れた顔を踏みつけてやりたい。5年前のオレの苦しみと痛みを、そっくり返すのも悪くないか。

 魔族は弱者を労わることを知る種族だった。強さを尊ぶが、己の誇りを傷つけられたら強者にも全力で反撃する。それが勝利に結びつかなくても、彼らはその潔さと心の強さを評価した。オレはもう魔族の一員だ。オレ達を獲物として追い立てる人間に、同等以上の苦しみを返してやる。

「さすがリリィ」

「褒めても何も出ないわ。私は魔王城から動けないの、指揮はあなたが取るのよ、サクヤ」

「わかった。カインとアベルを借りていくぞ」

 頷くリリィに、各種族の長が援軍を申し出た。巨人もエルフも獣人も、血気盛んな若者の名を挙げる。

「助かる。有り難く借りて必ず返すよ」

 魔族にこれ以上の犠牲は出せない。だが断れば、彼らが弱いと侮辱するのと同じだった。だから借りた若者は、無事に返す。それがオレに出せる最良の答えだ。

 ぐるるぅ、後ろから唸るドラゴンに襟を噛まれながら、オレは引きずられて後ろに転がった。不満そうな声を出す彼女の鼻を撫でて、離してもらう。

「わかってる、エイシェットも一緒に行こう」

 嬉しそうなエイシェットの頬擦りを受けながら、オレの頭の中は作戦を組み立てていく。アーベルラインは何度か訪れ、王都の地形もおよそ覚えていた。

 こちらから攻めるなら、向かい風になる。火を使うとこちらに延焼するため、別の方法を……そういや、この季節は麦の刈り取りがあったな。二毛作の麦は春と秋に収穫され。そろそろ備蓄されるはず。

「兵糧攻めは卑怯?」

「好きにやりなさい、どうせ人間の敵なんだから」

「わかった」

 脳裏に浮かぶのは、江戸時代の一揆を描いた挿絵だ。協力を申し出たラミアとエルフを見ながら、オレは泥臭くも汚い作戦を立案し終えた。

 卑怯だと罵られる作戦は、それだけ効果が高いって意味だろ。使わない選択肢はない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...