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第三章

95.魔王城を包む死の気配

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 魔王城へ戻ったオレは、すぐにケガ人の治癒に協力した。重傷者の大半は応急処置が終わり、治癒の使えるエルフがついていた。魔術と違い相手の体力や魔力を消費しないので、重傷でも使えるのが利点だ。床に倒れた巨人族の若者の体に、治癒の魔法を施していく。巨体なので大量の魔力を必要とした。エルフでは数人掛りだっただろう。

 最前線に立った巨人族と獣人達を中心に治してまわり、一段落ついたところでリリィを探した。この状況に陥った全体像が掴めるのは、彼女くらいだろう。魔王城周辺の浄化に魔力を注ぐ今の彼女は、無力な長寿の女性でしかない。圧倒的な魔力量を誇るだけに、戦えない状況は苛立ったはずだ。

「どうした、サクヤ」

「リリィは?」

「地下に行ったぞ」

「わかった」

 そういえば、さっきから吸血種を見かけない。長であるヴラゴが倒れたため、彼を守るために地下に篭ったのか。薄暗い階段を降りるオレの後ろに、双子がついてきた。

 エイシェットは不安そうに袖を握って、時々オレを確認する。口を開きかけては閉じる彼女の様子に首を傾げたオレだが、声をかける前に異常に気づいた。巨大蝙蝠が地に寝そべっている。いや、倒れているのか!

「どうした?」

 ぱくぱくと口は動くので生きているが、何も話せない状態だった。隣の蝙蝠も確認するが、やはり動けない。蝙蝠は通常、上から逆さにぶら下がる。地上に体を預けることはなかった。手足の震えを見れば、痺れか痙攣。

「アベル、カイン、ここを頼む」

 上はまだ戦いの騒動が収まらない。助けを求める余裕はなかった。双子にこの場の蝙蝠を保護するよう頼み、人化する彼らを残して奥へ進んだ。

 ぼんやりと浮き上がる人影に、思わず腰に差した短剣の柄に手をやる。ほっそりした腰の人影は振り返り、手招きした。青ざめたリリィの前で血を流すのは……ヴラゴだ。蝙蝠ではなく、人化した彼は目を閉じている。

 青白い彼の横顔に、両手が震えて全身に広がった。恐ろしい、近づきたくない、何も知りたくない。そう思うのに、足は手招きに従って進んだ。袖を掴むエイシェットも不安そうだ。

「ごめんなさい、守れなかったわ」

 蝋のように白い顔が、薄暗い地下の闇に浮かぶ。血の気が失せたヴラゴの頬に手を触れ、硬く冷たい感触に目を見開いた。何が起きた? この場所は魔王城の地下、もっとも安全な場所だ。外で戦う魔族と違い、蝙蝠は己の一族の長を守っていた。ここに侵入されたのか?

「ここに来た時はまだ温かったけど」

 今のリリィは治療が出来ない。魔力をすべて浄化と結界に注いでいた。もし使えたとしても、ヴラゴの体力や魔力が弱まっていたら、魔術による治療はトドメとなる可能性があった。だから……でも、こんな……。

 混乱したオレは頬に触れていた手で、ヴラゴの襟元を掴んだ。あんなに偉そうに、強者だと口にしたくせに、オレより先に死ぬのか? 圧倒的な強さと寿命の持ち主が、こんなに呆気なく?

 じわりと胸に恐怖が広がる。今、腕を掴んでいるエイシェットも……大切な兄弟のフェンリルも、リリィやイヴも簡単に死ぬ、のか。一度は遠ざけた死という絶対的な支配者が、再び降臨する。その恐ろしさに、オレは膝を突いて顔を覆った。

 この手から、もう何も奪わないでくれ。触れた指先を濡らす涙が、ひどく温かく感じられ気持ち悪かった。
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