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第4章 奪われる恐怖

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 吸血鬼としての生命維持の限界に近い血を失ったシリルだったが、十分過ぎる量を受け取ったので、日常生活に支障がない程度の倦怠感しか残っていない。逆に、死なないからと大量の血を与えすぎたライアンの方が、動けなくなっていた。

 アイザックにまで血を与えたのが影響しているかも知れないが、じっと休息を取るのが回復への一番の近道だ。

「平気、そっちにいくよ」

 シリルの手を握ったまま、笑顔を向けた。

 隣の部屋のテラスに面した窓が全開になっており、そこからは先程までライアンが感じていた優しい風がカーテンを揺らしている。

 先にテーブルについていたアイザックとリスキアが、わざわざ立ち上がって迎えてくれた。椅子に落ち着いたライアンの前に、小ぶりの箱が置かれる。真っ白な箱は軽くて、持ち上げたライアンは首を傾げた。

「何? これ……」

「開けてみろ」

 つっけんどんなリスキアの言葉に、ライアンは不思議そうな顔をしながら箱を開ける。じつを重んじる黒髪の青年らしく、包装紙もリボンもない箱は―――。

「……え?」

「シリルとアイザックを救った礼だ」

 ぽつりと告げたリスキアの顔と、箱の中の小さなピアスを見比べる。リスキアがプレゼントを用意したのは知っていたが、中身を見ていなかったシリルが隣から覗き込み、得心がいったように頷いた。

ギョクか……」

 耳慣れない響きに説明を求めるライアンの眼差しに、アイザックが口を開いた。リスキアと一緒にいるうちに覚えたらしい。

「それは翡翠という宝石だ。リスキアの一族では、翡翠を贈るのは『一族の恩人』や『新しく一族に迎え入れた者』だけと聞いている。だが、この色は珍しいな」

 薄い紫色は乳白色と混じって、わずかに縞模様が浮かんでいる。小粒ながら丁寧に磨かれた球体を加工したピアスを摘み上げ、ライアンは笑顔で耳に通す。今まで着けていたピアスを箱に放り込み、金髪を掻き上げた。

「サンキューな、リスキア」

 彼の気遣いが嬉しかった。

 無言でお茶を差し出すリスキアの照れた頬に笑みを深める。

 時間という制限に束縛されない4人は、今までにない信頼感で結ばれていた。心地よい空間は、互いが互いを認めているが故に生まれるもので、初めて得た仲間を護り切れたことを、誰もが感謝している。もうこの幸せな時間が壊れないように願いながら、3日前に中断されてしまったお茶会は和やかに始まった。

「愛してるよ、シリル」

「俺もだ」

 零れ落ちた告白を当事者以外に聞いたのは、カーテンを揺らす晩夏の風だけだった。
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