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第二十一章 寿命という概念

第96話 隠し続けたズレ(2)

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「そうそう。そんで住民に優しい治世をされてのぉ。この収穫祭も、宰相様の提案だと言われとる」

「ご老人、大変勉強になりました。ありがとうございます」

 引きつりながらも笑顔で礼を言ったルリアージェは、口をきゅっと引き結んで歩き出す。無言で先を急ぐ彼女が向かったのは、誰もいない街外れだった。

 街の中心は大きな広場になっている。円形広場から放射状に広がる街の通りは、多くの屋台と人々が埋め尽くした。しかし端の外壁に近い辺りは、ほぼ人通りがない。

 ぴたりと足を止めたルリアージェが振り返ると、顔色が蒼白の5人が俯いていた。まるで死刑宣告を受けた囚人のようで、恐る恐るこちらの様子を窺って目を伏せる。

「状況を説明しろ」

 切り出したルリアージェに、リシュアが口火を切った。

「ジル様がこの都ジリアンを薙ぎ払った事件から、今年で68年経過しています」

 人間の平均寿命に近い年月を告げられ、予想はしていたが驚きを隠せない。ジルは下を向いたまま顔を上げず、ライラは斜め下に目を逸らしていた。パウリーネは申し訳なさそうに両手を揉んでいる。

「そんなに時間が経った感覚はないぞ」

「……実はジル様の城がある空間は、時の流れから隔離されます。城内にいる時間が長いほど、人の世界の時間からズレてしまうのです。黙っていたことをお詫びいたします」

 知らなかった事実に目を瞠るが、彼らも頭から隠そうとしたわけではない。魔性にとって当然すぎる状況だったことと、人族の時間感覚を気にする習慣がなかった。そのため、本当に気づかなかったのだ。

 遊び半分である国の政に手を出し、そのあと忘れて気付いたら百年単位で時間が経っている。そんな経験も珍しくない彼らは、数十年経っていた事実に気づくのが遅れた。

 最初に指摘したのはリシュアだ。人族の間で1000年を生きたリシュアは、サークレラの王族に連なる公爵家の財産や地位の管理をするために地上に降り、数十年経っている事実を把握した。慌ててジル達に報告したものの、時間を戻す方法がない。

 ルリアージェが地上に残した家族がいなかったことも、発覚を遅らせた一因だった。上手くすれば気づかれずに過ごせるんじゃないか。そんな思惑で、彼らは全員口を噤んだ。

「ジル」

「……ごめん」

 黙っていた負い目から詫びるジルは、まだ顔を上げない。他の4人も視線を逸らしたり、俯いているので誰も気づいていなかった。

 苦笑いするルリアージェがさほど怒っていないことに。
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