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26.セティのものになりたい

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 宿のお風呂は前と違った。狭いけど、部屋の扉の向こうにある。上からお湯が降ってくる金属の筒があって、その奥に小さいけどお湯を入れる箱があった。

 湯船だよね、僕はちゃんと覚えてる。そこにお湯が溜まる様子は初めて見た。白い煙は湯気、ふわふわして掴めないけど温かい気がする。

 湯船の縁で増えていくお湯を見ていると、セティに呼ばれた。

「おいで、イシス」

「うん」

 大急ぎで立ち上がると、転ぶからゆっくり歩いてこいと言われた。お風呂は転びやすい場所なのだと説明される。濡れてるから? 急に怖くなって四つん這いで近づくと、くすくす笑うセティに膝の上に乗せられた。

「よし、髪から洗うぞ」

 言われなくても目を閉じる。頭の毛を洗う時に泡が目に入ると痛い。丁寧に洗うセティが、体も洗ってくれた。

「お湯も溜まったな、先に入るか?」

「待ってる」

 セティも体を洗うんでしょ? ズルをして消したけど、赤いのがついたもん。背中を泡で擦りながら、セティが洗い終わるのを待った。

 抱き上げられて湯船に入る。前の広いお風呂と違って、ここは狭かった。だから僕はセティの上に乗る形で座る。膝を抱えて丸くなったら、セティが後ろから抱っこしてくれた。

 本当は顔が見たいから前向きがいいけど、足で蹴っちゃうといけない。お腹を蹴られると痛いから。さっきの痛みを思い出しながら腹を触る。

「まだ痛いのか?」

「ううん。痛くない」

 そう、痛くなかった。蹴られたり殴られたりすると何日も痛いんだけど、セティがおまじないをしてくれた。そうしたら痛くない。だから首を横に振ってお湯の中を見つめる。セティの手足、長くて硬くて強い。僕も強くなれるのかな。

 セティと一緒にいるために強くなりたい。そう願った心を知ってるみたいに、セティが僕の向きをくるりと回した。

「イシスは強い。痛みも我慢できたし、オレのために神に祈ってくれただろ? だからすぐにイシスの場所がわかったんだ」

「聞こえたの? タイフォン様、セティを守ってくれた?」

「そうだ。イシスの祈りに守られた」

 嬉しくなる。よかった、お祈りの方法はお爺ちゃんに教わったけれど、久しぶりだから間違ってないか心配だった。でもちゃんと神様に届いたんだね。

 セティを助けてくれて、僕を見つけてくれてありがとう。心の中でお礼を言った。額にちゅっと唇が触れる。

「セティ?」

「イシスは本当に純粋で可愛い。どうだ? オレのものになるか」

「うん! 僕、セティが好き」

 聞いてくれたのが嬉しい。一緒にいられるのも好き、セティはもっと好きで大切。首に手を回して抱き着く。こんなことするのも、セティだけだよ。だって他の人は僕が触ると殴ったり払うんだもん。

 優しくてカッコいいセティ。キスみたいに気持ちいいことして、抱っこして、僕を許してくれたのはセティだけ。だから全部セティにあげる。僕は全部セティのものだ。

 触れたセティの肌が気持ちいい。このまま溶けちゃったら、もう捨てられる心配はないのかも。置いていかれる怖さもなくなる? 僕はセティの一部になりたいな。

「のぼせるぞ」

 機嫌のいいセティが笑う。それに笑い返せる自分が少し誇らしくて、体を密着させた。
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