42 / 321
41.絵本を買おうか(SIDEセティ)
しおりを挟む
*****SIDE セティ
昨夜のアトゥムの訪問を引きずったせいで、イシスを不安にさせた。不甲斐ない。感情ひとつ抑えられない男だったか? それ以前に、人間らしく装うことはあっても、実際に感情に揺らされたのは記憶になかった。
こんなに儘ならないものが感情なら、人間が不安定なのも理解できる。慰めて歩く間に、イシスが頭の中でオレを呼ぶ。声に出さない理由は、後ろの追跡者に気づかれるからか。物は知らないが賢い子だ。追跡者には、宿を出る前から監視されていた。
イシスが気付いたなら、頃合いだ。裏路地へ入って叩きのめした。監視や暗殺を請け負う者は、命乞いしないし叫ばない。そんな不文律を平然と破った素人を殴り飛ばし、イシスに見せないよう隠した。
唇を尖らせた姿が、キスを強請るみたいで可愛い。もういいと伝えようとして、耳も目も塞いだ状態に気づいた。背を叩いて合図しても動こうとしない。悪戯とオレの役得を合わせて、キスで気づかせることにした。
イシスは絵本が好きだ。文字は読めないが、絵を見るのが楽しいらしい。あの洞窟の神殿から持ってきた絵本を何度も眺め、あれこれと考えを巡らせていた。いつか字を教えるつもりだが、そのために今日は絵本を買い与えるつもりだ。
いつまでも目を閉じて耳を塞いでいては、何も手にできない。ふと、この子の人生はずっとこうだったのかと思い至る。寂しいのに手を伸ばせず、怖いから我慢して、ずっと目も耳も口も塞いできた。そう思ったら愛しさが溢れる。触れるだけのキスに想いを乗せて、額、頬、鼻、唇と順番にたどった。
「もういいぞ。よく出来たな」
褒めるささやかな言葉に目を輝かせて、嬉しいと心の中を喜びで埋め尽くす。可愛くて哀れで、どこまでも愛しかった。これが愛情ならば、確かに狂う奴もでる。この子が望んだら、他の神をすべて敵に回しても戦えるだろう。
「絵本を買わないか? せっかくだから文字を覚える本も探そう」
「絵本? いっぱい色がある本がいい」
外見は12歳だが、おそらく16歳前後か。本当なら文字の読み書きや計算はもちろん、さまざまな知識を蓄えている年齢だ。だが何もわからず、無垢で純粋な子供は色の名前すらろくに知らなかった。
これが慈愛や共存共栄を説く教会のやり方なら、残酷にも程がある。生命も身体も心も、神に捧げる為に閉じ込められた贄――オレだけの存在だった。もしオレが気紛れを起こさず、あの日迎えに行かなければ、まともな食事も与えられないこの子は死んでいた。
教会や大司教との面会は明日にしよう。もう1日、イシスのこの笑顔に免じて命を伸ばしてやる。
口角を持ち上げて笑ったオレは、目をつけていた本屋がある通りへ向かって足を踏み出す。細くて痩せた子供を抱っこして移動するオレは目立つだろう。他の追跡者や監視者も手を出しづらい状況を作り上げ、オレはイシスが満足する絵本を探すために本屋の敷居を跨いだ。
昨夜のアトゥムの訪問を引きずったせいで、イシスを不安にさせた。不甲斐ない。感情ひとつ抑えられない男だったか? それ以前に、人間らしく装うことはあっても、実際に感情に揺らされたのは記憶になかった。
こんなに儘ならないものが感情なら、人間が不安定なのも理解できる。慰めて歩く間に、イシスが頭の中でオレを呼ぶ。声に出さない理由は、後ろの追跡者に気づかれるからか。物は知らないが賢い子だ。追跡者には、宿を出る前から監視されていた。
イシスが気付いたなら、頃合いだ。裏路地へ入って叩きのめした。監視や暗殺を請け負う者は、命乞いしないし叫ばない。そんな不文律を平然と破った素人を殴り飛ばし、イシスに見せないよう隠した。
唇を尖らせた姿が、キスを強請るみたいで可愛い。もういいと伝えようとして、耳も目も塞いだ状態に気づいた。背を叩いて合図しても動こうとしない。悪戯とオレの役得を合わせて、キスで気づかせることにした。
イシスは絵本が好きだ。文字は読めないが、絵を見るのが楽しいらしい。あの洞窟の神殿から持ってきた絵本を何度も眺め、あれこれと考えを巡らせていた。いつか字を教えるつもりだが、そのために今日は絵本を買い与えるつもりだ。
いつまでも目を閉じて耳を塞いでいては、何も手にできない。ふと、この子の人生はずっとこうだったのかと思い至る。寂しいのに手を伸ばせず、怖いから我慢して、ずっと目も耳も口も塞いできた。そう思ったら愛しさが溢れる。触れるだけのキスに想いを乗せて、額、頬、鼻、唇と順番にたどった。
「もういいぞ。よく出来たな」
褒めるささやかな言葉に目を輝かせて、嬉しいと心の中を喜びで埋め尽くす。可愛くて哀れで、どこまでも愛しかった。これが愛情ならば、確かに狂う奴もでる。この子が望んだら、他の神をすべて敵に回しても戦えるだろう。
「絵本を買わないか? せっかくだから文字を覚える本も探そう」
「絵本? いっぱい色がある本がいい」
外見は12歳だが、おそらく16歳前後か。本当なら文字の読み書きや計算はもちろん、さまざまな知識を蓄えている年齢だ。だが何もわからず、無垢で純粋な子供は色の名前すらろくに知らなかった。
これが慈愛や共存共栄を説く教会のやり方なら、残酷にも程がある。生命も身体も心も、神に捧げる為に閉じ込められた贄――オレだけの存在だった。もしオレが気紛れを起こさず、あの日迎えに行かなければ、まともな食事も与えられないこの子は死んでいた。
教会や大司教との面会は明日にしよう。もう1日、イシスのこの笑顔に免じて命を伸ばしてやる。
口角を持ち上げて笑ったオレは、目をつけていた本屋がある通りへ向かって足を踏み出す。細くて痩せた子供を抱っこして移動するオレは目立つだろう。他の追跡者や監視者も手を出しづらい状況を作り上げ、オレはイシスが満足する絵本を探すために本屋の敷居を跨いだ。
235
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました
水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。
新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。
それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。
「お前は俺の運命の番だ」
彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。
不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました
【本編完結済】神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる