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30.怖くて強請れねえよ
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動けなくなるほど貪られるのが日常になったある夜、珍しくアザゼルが抱き締めるだけで何もしない。具合でも悪いのかと真剣に心配した。
「本当になんでもないのか?」
「明日、ハヤトを滝のある森に連れて行く。今夜はしっかり休め」
驚くセリフだった。外に出たいと頼んでから、その話題はまったく出なかったのに。子どもの頃、遠足の前の日に眠れなくなっただろう? あんな感じでわくわくした。
外に出られる。危険だと理解したので逃げ出す気はないが、気分転換が嬉しい。何より、アザゼルが俺との約束を覚えていて、実行するつもりだったと知れて顔が緩んだ。もぞもぞと動き、いつまでも眠らない俺に、アザゼルはとんでもないことを提案してきた。
「眠れないなら、疲れて眠れるよう運動させてやろうか?」
「いえ、結構です」
ノーサンキュー。全力でお断りだ。明日動けなくなる予感しかない。折角外へ出られるのに、自分の足で歩けない状態は勘弁だった。本気で断ると、くすりと笑ったアザゼルはまた腕の中に俺を抱き寄せる。びくりと硬らせた俺を気にせず、彼は穏やかに寝息を立て始めた。
本当に寝てるのか? 振り返りたいがそんなことをしたら、強制的に夜の運動になだれ込みそうで怖い。あれこれ悩んでいる間に、規則正しい呼吸音に誘われて目蓋が重くなってきた。逆らわずに目を閉じ、体の力を抜いていく。
「ゆっくり休め」
耳元でそんな声が聞こえた気がしたが……幻聴かも知れない。俺は久しぶりに熟睡した。
「すげぇ! 大きい滝だな」
叫んだ自分の声もかき消されてしまう。見上げると首が痛くなる高さから落ちる水量は多く、水音がすべての音を上書きしていた。自分の声もきちんと聞こえない。遠くまで透き通った空は、青ではなく黄色だ。この世界で空は黄色いらしい。夕焼けは同じ赤なのに、昼間の色が違った。
この世界に来てすぐの頃、人間の国で見ていたと思うが、まったく記憶にない。不安だったし混乱してたし、空の色に気を払う余裕なんてなかった。水の色はほんのりピンクで、これはどこの池や湖で同じらしい。木々の色は幹が紫で、葉は水色だった。
なんていうか、あれだ。俺inワンダーランド。まさに異世界といった景色だった。地面も水色の草が生えてるせいで、違和感がすごい。空と大地が逆転した、万華鏡の世界に迷い込んだみたいだ。草の下に見える土が、茶色なのだけ同じだった。ほっとする。
「これで声が聞こえる」
アザゼルが俺の手を掴んで繋いだ。声がクリアになる。なんらかの結界か魔法なんだろう。
「俺が知ってる世界と色が違う」
「ここは魔王の庭のひとつだからな。植物ひとつ取っても、人間どもの暮らす地域とは違う」
ん? そういや、俺が拉致された草原は緑だった。空の色は覚えてないが、他の部分で違和感を覚えた記憶がない。ってことは、この幻想的でカラフルな風景は地域性があるってことか。今のアザゼルの説明だと、人間が住んでる地域は俺が知ってる風景に近いと言ってるように聞こえた。
「人間が住んでる地域は、緑の葉だったよな」
「緑がよければ、あの地域を制圧してやろう」
「何のために?」
「ハヤトが散歩する庭にするためだ」
この魔王、俺を溺愛してるつもりか? お姫様じゃないから感動なんてしないぞ。散歩する庭を得るために、人間を攻め滅ぼしそうな男の肩を、ポンと叩いた。
「とりあえず、庭はいらね」
「わかった。欲しくなればいつでも強請るがよい。ハヤトの望みはすべて叶えてやりたい」
逆にこええよ。
「本当になんでもないのか?」
「明日、ハヤトを滝のある森に連れて行く。今夜はしっかり休め」
驚くセリフだった。外に出たいと頼んでから、その話題はまったく出なかったのに。子どもの頃、遠足の前の日に眠れなくなっただろう? あんな感じでわくわくした。
外に出られる。危険だと理解したので逃げ出す気はないが、気分転換が嬉しい。何より、アザゼルが俺との約束を覚えていて、実行するつもりだったと知れて顔が緩んだ。もぞもぞと動き、いつまでも眠らない俺に、アザゼルはとんでもないことを提案してきた。
「眠れないなら、疲れて眠れるよう運動させてやろうか?」
「いえ、結構です」
ノーサンキュー。全力でお断りだ。明日動けなくなる予感しかない。折角外へ出られるのに、自分の足で歩けない状態は勘弁だった。本気で断ると、くすりと笑ったアザゼルはまた腕の中に俺を抱き寄せる。びくりと硬らせた俺を気にせず、彼は穏やかに寝息を立て始めた。
本当に寝てるのか? 振り返りたいがそんなことをしたら、強制的に夜の運動になだれ込みそうで怖い。あれこれ悩んでいる間に、規則正しい呼吸音に誘われて目蓋が重くなってきた。逆らわずに目を閉じ、体の力を抜いていく。
「ゆっくり休め」
耳元でそんな声が聞こえた気がしたが……幻聴かも知れない。俺は久しぶりに熟睡した。
「すげぇ! 大きい滝だな」
叫んだ自分の声もかき消されてしまう。見上げると首が痛くなる高さから落ちる水量は多く、水音がすべての音を上書きしていた。自分の声もきちんと聞こえない。遠くまで透き通った空は、青ではなく黄色だ。この世界で空は黄色いらしい。夕焼けは同じ赤なのに、昼間の色が違った。
この世界に来てすぐの頃、人間の国で見ていたと思うが、まったく記憶にない。不安だったし混乱してたし、空の色に気を払う余裕なんてなかった。水の色はほんのりピンクで、これはどこの池や湖で同じらしい。木々の色は幹が紫で、葉は水色だった。
なんていうか、あれだ。俺inワンダーランド。まさに異世界といった景色だった。地面も水色の草が生えてるせいで、違和感がすごい。空と大地が逆転した、万華鏡の世界に迷い込んだみたいだ。草の下に見える土が、茶色なのだけ同じだった。ほっとする。
「これで声が聞こえる」
アザゼルが俺の手を掴んで繋いだ。声がクリアになる。なんらかの結界か魔法なんだろう。
「俺が知ってる世界と色が違う」
「ここは魔王の庭のひとつだからな。植物ひとつ取っても、人間どもの暮らす地域とは違う」
ん? そういや、俺が拉致された草原は緑だった。空の色は覚えてないが、他の部分で違和感を覚えた記憶がない。ってことは、この幻想的でカラフルな風景は地域性があるってことか。今のアザゼルの説明だと、人間が住んでる地域は俺が知ってる風景に近いと言ってるように聞こえた。
「人間が住んでる地域は、緑の葉だったよな」
「緑がよければ、あの地域を制圧してやろう」
「何のために?」
「ハヤトが散歩する庭にするためだ」
この魔王、俺を溺愛してるつもりか? お姫様じゃないから感動なんてしないぞ。散歩する庭を得るために、人間を攻め滅ぼしそうな男の肩を、ポンと叩いた。
「とりあえず、庭はいらね」
「わかった。欲しくなればいつでも強請るがよい。ハヤトの望みはすべて叶えてやりたい」
逆にこええよ。
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