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26章 禁じられた魔術

342. 見たことがない小さな種族

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 見覚えがある。きょろきょろと見回し、目の前の整った顔を見上げた。

「ねえ、パパ。前にここに来たことある?」

「ん? 保育園に通っていた頃に遠足で来た場所だぞ」

 遠足……その単語にリリスの脳裏に記憶が蘇った。忘れていたというより、普段必要ない記憶を深くにしまい込み過ぎたのだろう。最後に見た記憶は、大量のゾンビの焼死体と濁って異臭を放つ水たまりだった。水量が半分以下に減ったため、かなり悲惨な姿になっていたはず。

「ゾンビが出たところ?」

「そうだ、よく覚えてるな」

 抱きしめて髪を撫でるルシファーが説明してくれた。この湖はアスタロトに与えた領地の一部で、大公領として管理される。長寿のアスタロトにとって、数十年単位で自然が元に戻るなら放置する方針だったが、養女を取ったアデーレがこの場を整えたらしい。

 ずっと娘が欲しかったアデーレだが、アスタロトとの間にできたのは息子が2人。そのため念願の娘ルーサルカをとても可愛がっている。一緒にピクニックがしたいと、領地内の湖を復元した。

「リリスの想い出の場所だから、オレも多少なりと協力したぞ」

 尽力したことをさりげなくアピールするルシファーの背に手を回し、頬をすり寄せたリリスが「ありがとう」とお礼を口にした。抱き合っている2人の下で、ヤンはちょっと居心地が悪い。だが大好きな2人が仲良しなのはいいこと――身じろぎせずじっと我慢した。

 同じ姿勢で動かずにいるのが苦痛になる頃、ようやくルシファーの声がかかった。

「さて、下りて休憩しようか」

 早かったのか、遅いのか。疲れ切ったヤンが湖に近づき、水を飲み始める。そんな彼の目に複数の魚影が移った。魚影を追って目を動かすと、左の小川から水が流れ込んでおり、湖の水位を保つ形らしい。溢れないよう、湖の水はまた小川に戻されていた。これならば湖がよどむ心配もない。

「姫様! 魚がおりますぞ」

「本当に?」

 お茶の道具を用意するルシファーの隣から立ち上がり、リリスは軽やかに駆け寄った。湖のほとりから覗くが、よく見えない。隣で丸まったヤンの背中を踏み台に、高いところから覗いた。銀色に光を弾く流線型の魚を見つけ、目を輝かせる。

「パパ、魚が……あれ? 何か流れてきたわ」

 小川からの流れに乗って、蓋がない瓶が浮き沈みしている。ヤンの上から魔力の網を投げて瓶を回収したリリスは、瓶を目線の高さに掲げた。瓶は透明だが、中の水が濁っている。バシャバシャと表面が波立つ様子に目を凝らす。

 曇った空の鈍い陽光が照らしだしたのは――小さな人に似た生き物だった。

「あなた、だあれ? 溺れてるのかしら」

 瓶の口を手で塞いで、瓶を傾けようとして……下の毛皮に気づいた。このままではヤンがびしょ濡れになってしまう。

「ヤン、下りたいの」

「どうぞ」

 滑り台のように体を傾けてくれるヤンは、この10年程で子育てに慣れ過ぎた。勢いが付きすぎないよう、滑り降りる角度を調整しながら身をくねらせる。

「きゃっ。ありがとう!」

 瓶の中を確認し終えたら、あとでもう一回頼もう。リリスがそう決意するくらい、久しぶりの滑り台は楽しかった。何とか手のひらで蓋をして零さずに滑り下りると、地上で待ち構えていたルシファーが抱きとめる。

「おかえり、お転婆姫……それは何だ?」

「湖に流れてきたのよ。溺れそうだから助けようと思って」

 説明しながら、瓶を傾けようとするリリスの動きを止めたルシファーが、魔力で瓶の中身を摘まんで手のひらに乗せた。魔王の結界を破る危険物ではなかったらしく、ぐったりと倒れ伏した生き物は人族に似ている。しかしサイズが小さすぎた。

「人族じゃなさそうだな」

「パパ、リリスにも見せて!」

「ごめんね、お姫様。どうぞ」

 かろうじて息をしているが、魔力はほぼ感じない。危険はないと判断したが、一応結界に包んでから渡した。魔族にも小人系の種族はいるが、手のひらに乗るサイズだとかなり限られる。小人妖精族グレムリン獣小人族ホビットぐらいか。

 思い浮かべた種族はどちらも外見に特徴がある。グレムリンは小さな角があるし、ホビットは尻尾や耳がついていた。体毛が一切なく、つるんとした人族に似た外見は初めて見る種族だった。この生き物は、どちらの種族にも分類されない。

「新種?」

「うーん」

 リリスの可愛い手のひらの上に収まる小人を見ながら、種族の選別を始める。大型犬サイズに縮んだヤンが近づいてきた。大きすぎると小さなものが見えづらいのだろう。横から覗き込んだヤンは臭いを嗅いで顔をしかめた。
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