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100章 幸せになろう

1377. 繋いだ手は離さなかった

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「そういえば、なぜリングピローはハートなのかしら」

 この形でなければならないとアンナに力説され、徹夜作業で縫い上げたアデーレが首を傾げる。ベールとルキフェルは顔を見合わせるが、すぐに思いついた理由を口にした。

「小説でハートだったから、ではないでしょうか」

「イザヤに聞いた話では、ハートは愛情を示すマークなんだってさ」

 なるほどと納得したアデーレが残っているリングピローを見つめる。指輪を渡した後、一度は回収して持ってきた。だがリリスからは「後でちょうだいね」と強請られている。おそらく大公女達もそうだろう。手縫いで時間がかかったが、手元にずっと置いてもらえるのは嬉しい。

「そろそろ私の番ですね」

 鳥人族のシトリーが緊張した面持ちで舞台へ向かう姿に気づき、ベールがローブの裾を翻して歩き出す。光を抑えた銀地に赤い裾模様が美しい。先に舞台に立ったシトリーは、腕を絡めたグシオンを嬉しそうに見上げた。

 見つめ合う二人に向かい、ベールは足を踏み出す。大公女とその夫が主役の場なので、公式行事のように翼を出して目立つ必要はなかった。穏やかな微笑みを浮かべて二人の前に立つ。

「あなたがたの未来が輝かしいものであるように。幸せになってください」

 声を掛けると、シトリーは嬉しそうに笑みを深めた。小麦色の肌に銀の髪を持つ彼女は、特別な能力はない。大公女達の中でも控えめで、目立つ方ではなかった。先導役のルーサルカ、知識を持つルーシア、活動的なレライエ。この3人はともすればスタンドプレーが目立つ。それを間で繋ぐのが、彼女だった。

 ベールと同じように普段は裏で手助けをするだけのシトリーは、その落ち着いた雰囲気故に魔王城内での評価も高い。夫になるグシオンは温泉街を管理するデカラビア子爵家の息子で、やんちゃな面があった。きっと上手に夫を煽てながら操るのだろう。

「ありがとうございます。私は夫となるグシオンを大切に、魔の森に還る日まで愛することを宣言します。大切にしてくださいね」

「もちろんだ。エリゴス子爵家の令嬢シトリーを妻として、一生大切に愛すると約束する。幸せになろうな」

 リングピローは淡い黄色だ。乗せられた指輪は銀色に輝く白金細工だった。小さく埋め込まれた赤い宝石は色が濃く、だが透明感も兼ね備えた逸品だ。よく見ると紅石の隣には白濁した宝石が並んでいた。

 夫婦は対であると考えるベールは、シトリーとグシオンをイメージする宝石を並べて埋めたのだ。普段使いを意識して、爪のない埋め込みを選んだところが実用性重視の彼らしい。嬉しそうに互いの左手に嵌めた二人はベールに礼を告げた。接吻けは触れる程度、すぐに離れて顔を真っ赤にする。だが繋いだ手は離さなかった。








「僕が最後だね、よしっ」

 気合を入れたルキフェルがリングピローを見つめる。オレンジに近いが艶のある生地の上に、用意した指輪が光っていた。結婚指輪の概念を聞いたら、普段嵌めたままにすると言う。ならば生活に不便がないデザインをと考えた。ほとんどの大公が同じ結論に至ったのは、同じ相手に相談したせいだろう。

 リングピローの上で輝くのは金色の指輪だ。どちらもリングの一部が細長い宝石にしてあった。削り出した宝石に合わせて、残りの合金を作ったのだ。オリハルコンだけだと銀に近い金色になってしまい、仕方なく黄金を練って混ぜた。

 会心の出来である指輪を乗せたリングピローを掲げ、ルキフェルは金地に緑の刺繍を施したローブを揺らして進む。自らの特徴である青を封印し、翡翠竜に合わせた形だ。ドラゴン最高の地位にいるルキフェルの姿に、アムドゥスキアスは目を見開いた。

 レライエに抱きかかえられて登場した翡翠竜は、ぺちぺちと彼女の手を叩く。緩められた腕から抜け出たミニドラゴンは、翼を水平に広げて深く頭を下げた。
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