上 下
10 / 47

10.初の街デートですから

しおりを挟む
 クロエに起こされ、急いで支度をする。今日はエル様と街でデートだった。朝食も街で食べると聞いて、大急ぎで玄関ホールへ向かう。

 エル様はすでに待っていた。慌てて駆け寄ると、あと三段のところで抱き上げられる。

「おはよう、アン。あまり慌てると落ちてしまうぞ」

「あ、おはようございます。エル様」

 そのまま抱き上げて移動しようとするので、歩けますと訴えた。アルドワン王国を出てから、ほとんど自分の足で歩いていない気がするわ。なぜかエル様は悲しそうなお顔をして、私を見つめる。

「私が触れるのは嫌か?」

「いいえ、嬉しいです」

「だったらこのままで行こう」

「……はい、?」

 とんでもない発言を否定して、うっかり頷いて。そこで疑問が浮かんだ。抱っこで移動するのは決定なのかしら。

 後ろに従う騎士や侍従も変な顔をしていないから、モンターニュの習慣かもしれない。あまり否定して婚約者に恥をかかせるのは、マズいわよね。抱っこで庭を抜け、門もくぐった。

 騎士達は周囲に散らばって警護するようで、さっと姿を消す。侍従や侍女は後ろにいるけれど、距離を空けた。街の中は安全みたい。

 エル様は目的地が決まっているようで、足を止めずに一軒の店に入った。お店の入り口は少し低くて、エル様は頭を低くする。と同時に、私の頭を優しく手で包んでくれた。

 お礼を言った私は、薄暗い部屋を見回す。たくさんの椅子や机が並ぶ店内で、奥からいい匂いがした。

「開店前だ! ん? 領主様か。いらっしゃい、好きなところに座ってくれ」

 店が開く前だと叫んだあと、顔を見せたのはガタイの大きな男性だった。年齢は私のお父様より上かも。彼はごつごつと筋肉が立派な腕に、フライパンを持っていた。体が大きいせいで、フライパンがやたら小さく見える。

 話す間に、ひょいっとフライパンの上で何かがひっくり返った。じっと見つめる私に気づき、男性はぱちくりと瞬きする。

「こりゃ失礼した。綺麗なお嬢さんだが、この辺の人じゃなさそうだな」

「はい、アルドワン王国から来ました」

 名前はまだ言わない。彼の疑問にだけ答えて、私はにっこり笑った。王侯貴族相手ではないのに、ついやってしまった。失言を防ぐための会話術は、たぶん一般の方に対して必要ないのよね。

「くくっ、これなら王城でも立派に振る舞えるな」

 エル様は嬉しそうに笑った。私は試されたの? こてりと首を傾げる私の前に、大きなお皿が置かれた。先ほどの男性が作っていたのは、パンケーキらしい。丸いお皿に丸いパンケーキ、たっぷりと果物のジャムが添えられていた。

「美味しそう!」

「彼の料理は本当にうまいぞ。頂こうか」

 これが朝食だと示され、ちらっと侍女のクロエを見てしまった。いつもなら、食事の時に甘いものを先に食べたら叱られる。彼女は何も言わずに頷く。どうやら問題なさそう。

 神様に祈りと感謝を捧げて、カトラリーに手を伸ばす。エル様が先に拾い上げ、パンケーキを切り分けた。質問されるまま、好みのジャムと量を告げる。目の前に「ほら」と差し出されて、赤面した。

 小説で読んだ「あーん」だと思う。これって思い合った恋人同士がするのよね。照れながらも大きな口でがぶりと食べた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

チートなタブレットを持って快適異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,143pt お気に入り:14,313

虚しくても

Ryu
ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:7

優秀な妹と婚約したら全て上手くいくのではなかったのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:129,285pt お気に入り:2,399

突然の契約結婚は……楽、でした。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:90,061pt お気に入り:2,566

悪役令息の花図鑑

BL / 連載中 24h.ポイント:4,828pt お気に入り:1,234

転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,170pt お気に入り:7,501

王子に転生したので悪役令嬢と正統派ヒロインと共に無双する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:681pt お気に入り:276

大賢者の遺物を手に入れた俺は、権力者に屈せず好きに生きることに決めた

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:2,080

【R18】お飾り妻は諦める~旦那様、貴方を想うのはもうやめます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,057pt お気に入り:461

処理中です...