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37.届かなかった罰ならば――伯爵

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 第二王子の側近である騎士が周囲を取り囲み、ホールズワース侯爵令嬢を床に倒した。か弱いご令嬢になんということだ。

「なんてこと!」

「第二王子殿下は、国を滅ぼすおつもりか」

 俄かに戦争の単語が現実味を帯びる。このままでは強大な軍事国家ブラッドリーが攻め込み、ろくに戦えないこの国を支配するだろう。その程度の見通しもできない王子に舌打ちしたり、止めようと動く者が現れた。だが駆け寄るホールズワース侯爵やその子息も止められ、数人が揉み合いとなる。

 第二王子の放った罪状は、明らかに言いがかりだ。冤罪だと叫ぶ人も出てきた。最初は噂話のようにひそひそと交わされた声が、徐々に大きくなる。劣勢に立たされたと思ったのか、王子はひとつの指示を出した。振られた手が示す行為は!

「まさか?!」

 叫んだ私は妻を置いて走り出す。騎士達は他の貴族と揉めていた。今なら隙間を縫って、侯爵令嬢を掴む男の一人も突き飛ばせるだろう。その後のことは、考えなかった。自分の動きがやけに遅く感じられ、必死で手を伸ばすも届かない。

 目の前で切り落とされた令嬢の首が、ごろりと転がった。悲鳴が上がり、泣き叫ぶ人々の声が乱反射する。広間は一瞬で地獄と化した。

 硬直する人々の中から、失神する者が何人も出る。届かなかった私もその場に膝をついた。後ろで妻の悲鳴が聞こえ、倒れる姿に慌てる。力の抜けた腰と膝を無理やり動かし、妻の元へ戻った。

 その間に後ろで何が起きたのか。まったく知らなかった。聞こえたのは、血を吐くような叫び。

「滅びてしまえ!」

 こんな国、滅びろ。誰も生かしておかない。愚かな不貞者も動けなかった貴族も、すべて不要だ。断じる声に滲む怨嗟は黒く、耳にした私の心まで染め上げた。これがもし我が子だったら、私は敵わぬまでも王家に剣先を向ける。それだけの覚悟と憎悪が滲む響きだった。

 王城の広間は爆発し、大量の破片が飛び散った。咄嗟に妻を庇う。背中や手足に降り注ぐ瓦礫が痛みを生み出すが、頭部は温かな何かに包まれた。爆風が収まったところで、顔を上げる。妻はなぜか傷だらけの腕を伸ばして、私を抱きしめた。

「なぜ、おまえがケガを?」

「あなたが私を庇うからよ」

 どの返しで理解した。全身で庇った妻も、私の頭を守ろうと腕を伸ばしたのだと。互いに庇いあった私達のケガは、幸い軽いものばかりだった。動けない程の傷はない。数日痛むだろうが、その程度だろう。

 恐る恐る振り返ったホールの中央で、侯爵夫人が娘を抱き寄せていた。駆け付けた兄君や侯爵が慌てて連れ出す。それを見送り、慌てて私達も逃げ出した。こんな王族に従えない。助ける義理も感じなかった。恐ろしい惨劇を、忘れたかったのかも知れない。



 数日後、この国は他国に蹂躙された。といっても、すぐに隣国ブラッドリーが軍を動かす。王都はぐるりと囲まれ、逃げ場はなかった。飢えて死ぬよりマシだと降伏の旗を掲げる。筆頭のターラント公爵家が先陣を切ったことで、他家も素直に従った。

 地方の都市は酷い攻撃を受けたが、ブラッドリー国のお陰で切り取られずに済んだ。王族はすべて処刑が確定し、王城は廃墟となって晒される。属国となった王国は滅びるのだ。覚悟を決めたというのに、爵位の剥奪はなかった。それどころか生活はどんどん豊かになっていく。

 アクロイド伯爵家も以前より生活が楽になった。つまり王家に搾取されたのは民だけでなく、貴族も同様だったということか。

 今でも時折夢に見る。首を落とされた一人のご令嬢の表情を……何度も、繰り返し。それが助けられなかった私への罰ならば、生きる限り謝り続けよう。
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