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外伝(次世代)
第6話 ラベンダーの庭(SIDEアグニ)
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*****SIDE アグニ
ティタンの帝都の中心部から少し山に寄った広い敷地に、赤い鱗を輝かせて着地する。庭の奥にある丘は竜が降りる広さがあり、頂上の大木を避けて羽を畳んでから人化した。
お気に入りの執事服の襟を直し、すたすたと芝の上を足早に移動する。胸元の手紙をエミリオに届けるのが、竜妃エステファニア殿下からの仕事だった。
執事といっても、気まぐれに行っている仕事の一環なので、日がな一日執事をしているわけではない。竜帝テュフォンが他国を訪問する際は騎士としてついていく事もあるし、何もない日は趣味の焼き菓子を作ったりした。寿命が長い竜にとって、時間の流れを気にして生きる感覚はない。元が人間だった記憶を持つため、俺は竜の中でも変わり者だった。
「アグニ! 早くぅ」
手招きするのは、エミリオとフランシスカの間に生まれた嫡男クルスだ。先日4歳になったばかり、皇女クラリーサの1歳年下の従兄弟だった。父親譲りの色合い、母親そっくりの顔立ちの銀髪の子供は無邪気に駆け寄ってくる。
空を舞う竜の影で、俺が来たと屋敷を飛び出した。目覚めた25匹の竜の中で、赤い鱗を持つのは俺だけだ。青い空に映える赤はさぞかし美しかっただろう。
だが……これはフランシスカの説教が待っているぞ。俺は苦笑いして幼子を受け止めた。抱き付いたクルスを片腕で抱いて肩に乗せれば、興奮して手を叩く。
「お父様はどこだ?」
エミリオと名を告げても、まだ幼いクルスは首をかしげる。そのため彼にわかりやすい表現で尋ねた。子供は体温が高いと言うが、本当に温かい。ぺたりと両手でしがみつく手のひらは、いつも体温が高く、熱があるかと疑うほどだった。
「お母様とお庭だよ」
ならば話が早い。空を舞う俺の姿にも気付いたはずだ。友人のエミリオは、つい先日2人目の子を授かったばかり。ちょうど国外にいた俺は、まだ赤子の顔を見ていない。折角尋ねたのだから、元妹の子を祝福して帰ろうと、クルスが示す中庭へ足を向けた。
美しい花が彩る庭は、薔薇を中心に整えられている。俺はあまり花に詳しくないが、前世の妹カリンは花が好きだった。イングリッシュ風ガーデンだと言って、青い草花を庭に植えていたのを思い出す。足元で揺れる小さな花は、ラベンダーだったか。
今でも彼女は青い小さな野花を好むらしい。薔薇の根元に白や青の小さな花が揺れていた。
「あら、アグニ兄様に抱っこしてもらったのね」
くすくす笑う公爵夫人フランシスカは、前世アオイだった時の妹カリンだ。いつの間にか兄と呼ぶようになり、誰も指摘しないまま定着してしまった。
親しみの裏返しだと貴族達は深く考えないが、実際に兄だった過去を共有する竜達は俺を散々からかった。いつの間にやら、皇女のクラリーサ姫まで俺をアグニ兄様と呼び始める。まあいいけどな、可愛い子供に懐かれて悪い気はしないし。
死んで生まれ変わった後は割り切っていたこともあり、前世はあまり重要視していない。それでもフランシスカや彼女の子を可愛いと感じるのは、過去の記憶があるからだろう。様々な仕草や癖に、カリンが重なる。俺にとっても、兄と呼ぶ彼女の声は好ましかった。
「アグニ、よく来たね」
「ああ、邪魔をしているぞ。エミリオ、クルスは大きくなったな」
肩に乗せた子供の銀髪を撫でて褒めると、嬉しそうに声を立てて笑った。クルスをエミリオに返し、赤子を抱いたフランシスカの向かいに腰掛ける。家族同然の付き合いを楽しむ俺の前に、小さな手でカップが用意された。精一杯背伸びした不安定な姿勢を、気づかれないように魔力で支える。
このくらいの年齢の男の子は、文字通り背伸びをしたがるものだ。何かを成し遂げる体験を重ねながら、成長する時期だった。
ティタンの帝都の中心部から少し山に寄った広い敷地に、赤い鱗を輝かせて着地する。庭の奥にある丘は竜が降りる広さがあり、頂上の大木を避けて羽を畳んでから人化した。
お気に入りの執事服の襟を直し、すたすたと芝の上を足早に移動する。胸元の手紙をエミリオに届けるのが、竜妃エステファニア殿下からの仕事だった。
執事といっても、気まぐれに行っている仕事の一環なので、日がな一日執事をしているわけではない。竜帝テュフォンが他国を訪問する際は騎士としてついていく事もあるし、何もない日は趣味の焼き菓子を作ったりした。寿命が長い竜にとって、時間の流れを気にして生きる感覚はない。元が人間だった記憶を持つため、俺は竜の中でも変わり者だった。
「アグニ! 早くぅ」
手招きするのは、エミリオとフランシスカの間に生まれた嫡男クルスだ。先日4歳になったばかり、皇女クラリーサの1歳年下の従兄弟だった。父親譲りの色合い、母親そっくりの顔立ちの銀髪の子供は無邪気に駆け寄ってくる。
空を舞う竜の影で、俺が来たと屋敷を飛び出した。目覚めた25匹の竜の中で、赤い鱗を持つのは俺だけだ。青い空に映える赤はさぞかし美しかっただろう。
だが……これはフランシスカの説教が待っているぞ。俺は苦笑いして幼子を受け止めた。抱き付いたクルスを片腕で抱いて肩に乗せれば、興奮して手を叩く。
「お父様はどこだ?」
エミリオと名を告げても、まだ幼いクルスは首をかしげる。そのため彼にわかりやすい表現で尋ねた。子供は体温が高いと言うが、本当に温かい。ぺたりと両手でしがみつく手のひらは、いつも体温が高く、熱があるかと疑うほどだった。
「お母様とお庭だよ」
ならば話が早い。空を舞う俺の姿にも気付いたはずだ。友人のエミリオは、つい先日2人目の子を授かったばかり。ちょうど国外にいた俺は、まだ赤子の顔を見ていない。折角尋ねたのだから、元妹の子を祝福して帰ろうと、クルスが示す中庭へ足を向けた。
美しい花が彩る庭は、薔薇を中心に整えられている。俺はあまり花に詳しくないが、前世の妹カリンは花が好きだった。イングリッシュ風ガーデンだと言って、青い草花を庭に植えていたのを思い出す。足元で揺れる小さな花は、ラベンダーだったか。
今でも彼女は青い小さな野花を好むらしい。薔薇の根元に白や青の小さな花が揺れていた。
「あら、アグニ兄様に抱っこしてもらったのね」
くすくす笑う公爵夫人フランシスカは、前世アオイだった時の妹カリンだ。いつの間にか兄と呼ぶようになり、誰も指摘しないまま定着してしまった。
親しみの裏返しだと貴族達は深く考えないが、実際に兄だった過去を共有する竜達は俺を散々からかった。いつの間にやら、皇女のクラリーサ姫まで俺をアグニ兄様と呼び始める。まあいいけどな、可愛い子供に懐かれて悪い気はしないし。
死んで生まれ変わった後は割り切っていたこともあり、前世はあまり重要視していない。それでもフランシスカや彼女の子を可愛いと感じるのは、過去の記憶があるからだろう。様々な仕草や癖に、カリンが重なる。俺にとっても、兄と呼ぶ彼女の声は好ましかった。
「アグニ、よく来たね」
「ああ、邪魔をしているぞ。エミリオ、クルスは大きくなったな」
肩に乗せた子供の銀髪を撫でて褒めると、嬉しそうに声を立てて笑った。クルスをエミリオに返し、赤子を抱いたフランシスカの向かいに腰掛ける。家族同然の付き合いを楽しむ俺の前に、小さな手でカップが用意された。精一杯背伸びした不安定な姿勢を、気づかれないように魔力で支える。
このくらいの年齢の男の子は、文字通り背伸びをしたがるものだ。何かを成し遂げる体験を重ねながら、成長する時期だった。
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